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さよならバースディ

さよならバースディ
荻原浩 (著)
【集英社 】
定価1680円(税込)
2005/7
ISBN-4087747719

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  朝山 実
  評価:B
 人と会話のできるサルがあらわれた。ホントカヨと見つめるギャラリーを前にして、力の入る実験室の若者たち。すぐに浮かんだのは「猿の惑星」でした。あっちは人とサルが逆でしたけど。常識を揺るがすプロジェクトに携わるうち、主人公は「バースディ」にサル以上のものを感じてしまう。読者としてもそう感じていく、ヒューマンな感動物語です。ありそうに思わせる細部の盛り込みは作者ならでは。ハリウッド映画を見るようで、ラストへのスパートは息をつかせぬ興奮状態。
 でも。でも……。読み終わり、時間が経つほど、ヒロインはなんでまたあの切迫した状況で込み入った仕掛けまでして(以下はネタバレにならないように端折りますが)……と考えはじめると、彼女に合点がいかない。前半がSFながらリアルなつくりだけに一女性の動きに齟齬というか無理を感じてしまいます。本格ミステリーふうな話ですからと言われたら、そうかと思いもするのですが。『明日の記憶』の作者だけに。オチを高めようとしたあたりが逆に減点ポイントに思われました。

 
  安藤 梢
  評価:B
 サルに言葉を教えるという研究は、今どれくらいまで進んでいるのだろうか。サルはどれくらい人間の言葉を理解できるようになったんだろうか。この話は、人間の言葉を理解しようとしたサル(正確にはボノボというらしい)の話であり、サルに人間の言葉を理解させようとした人間の話であり、恋人の死の真相を探るミステリーである。サルが恋人の死の目撃者となるという設定が面白い。
 プロポーズした翌日に恋人の自殺を知った主人公の苦しみがどれほどなものか、はかり知れないが、それは研究対象である、バースデーにそのまま向けられる。事件の真相を話させるという、主人公の個人的な目的のために使われるところに、人間の身勝手さが現われれている。全ての真相が明らかにされた時、足元から覆される結末にただただ驚くばかりである。これを読むと、サルに言葉を教えるということがいかに難しく、辛抱強くなければいけないかがよく分かる。

 
  磯部 智子
  評価:B-
 サルが人間の言葉をしゃべる?…いや話はしないが言語を習得しコンピューターを使って人間と対話するボノボ(ピグミーチンパンジー)バースディ(名前)が主人公。そういえば度々TVでも紹介された京大のアイちゃんがすぐ思い浮かび、あながちありえない話では無いようだが、研究員の不審な死をめぐりバースディだけが目撃者か?というミステリ展開を予想さす帯のうたい文句に際物の心配が付きまとう。導入部は流石に上手く、人間の3歳児程度の知能を有するバースディがいかに愛らしく賢い存在であるかが、もう一人の主人公である心理学者の田中との深い結びつきとともに、すんなりと納得できる。また事件の伏線ともいうべき大学内部の権力構造、怪しいライターの存在などが興味をひくのだが…。やはり田中が恋人の死の真相を探るあたりから強引な感じが否めず、結末に至っては感情過多な点と上手さゆえの作り物感で、いくらなんでもそりゃないだろうとツッコミを入れてしまった。

 
  小嶋 新一
  評価:B
 東京霊長類研究センターで進められるバースディ・プロジェクト。チンパンジーの一種であるボノボに、言葉を教え込もうとする実験がそれ。お猿の名前がバースディ、年齢は三歳。こいつがかわいい。好物はレーズンバター。実験で褒められたら「ホホッ」と叫んで、研究室の真ん中で得意そうにでんぐりかえりをする。
 まさかこの作品のために猿を飼ったなんてことはないんだろうけど、と思わせるほどバースディが丁寧に描かれている。生態やちょっとしたしぐさに至るまで、実に詳らかでびっくりしてしまった。それだけでも充分に面白い。
 センターの研究員である田中真は、謎の自殺で突如命を絶った助教授のあとを継ぎ、この研究を推進してきたが、恋人の由紀にプロポーズした夜、悲劇が訪れる……。
 恋愛×ミステリー×動物ものという、強力無比のコンセプトに加え、着想やストーリー展開もお見事。だが、欲を言うなら、人物造形にもう少し厚みがあれば。恋人に死なれた直後から酒びたりになる主人公、あまりに簡単に死を選ぶ登場人物、いかにもいかにもな教授たちなどなど。平板で類型的な登場人物像が少々気になった。

 
  三枝 貴代
  評価:B+
 猿が犯人!で始まったミステリも、猿が被害者?を経由して、現在のトレンディは猿が目撃者!?となりました。わたくしの知る限り、この設定の最初は北川歩実「猿の証言」(1997年)なのですが、要は「信用できない証人」というミステリの定番設定の一つで、実際の裁判でもよく問題となるところです。
 この話も、まずはそれが重要な争点であるのだと読者には思わせます。非常に丁寧に、その丁寧さ加減はちょっと科学に興味がある人間が見ればくどいと思うほどゆっくりと慎重に、どこまで猿が人間と同じかを説明していきます。そしてその丁寧さ加減が、非常にフェアなミスリーディングとなっているのです。
 終盤の謎解きで、猿の能力限界にばかり目を向けていた読者は、あっと驚かされることでしょう。
 余談ですが、次に来るのは、猿が探偵☆ですよ。
 え……? 猫が探偵の話がすでにあります……?

 
  寺岡 理帆
  評価:B
 キーボードを介して人間と簡単な会話をすることができるサルだけが恋人の死の真相を知っている、という設定にそそられた。研究対象のバースデイがとても魅力的だし! 真が真相に近づいていく途中で少しずつわかってくる大学の内情もドキドキするし、謎のライターがちょこちょこ現れては話を盛り上げる。エンタメのツボを押さえてるなあ、と思った。
 それにしても、事件の真相が…。最後の真相を明かすそのやり方には「おおっ!」と思ったけれど、そこまで凝ったことするんだったらその時間でもう少し話し合うとか何とかできなかったのか…。真相がわかってしまうとなんだか一気にこちらがトーンダウンしてしまった。さらに、その辺りでの真のバースデイに対する行動を見ていると彼の真意もちょっと疑ってしまった。何よりも実験動物の悲哀を一番に感じた…読み方間違ってる気がしますが。

 
  福山 亜希
  評価:B
 実験用の猿と女学生の心の交流を描いて、物語の始まりはほのぼのとしていたが、読み終えてみると心に切なさが残る一冊だった。物語の展開は早くて、一気に駆け抜けるように読み終えることができるけど、最初の牧歌的な雰囲気がすぐに消えてしまうのは少し残念だ。言葉を教えるという有益な目的ではあっても、やはり実験用の猿という立場は、哀しいものがある。そして、その実験用の動物に、心から向き合った女学生とのつかの間の安息が、更にその悲劇の度を濃くしている。女学生の死の真相を知っているのは、猿のバースディだけ。バースディは何を明かしてくれるのか。
最後のシーンは感動的なはずなのだが、動物実験という物語の設定自体が悲しいので、感動がややそがれてしまったようなところが惜しかった。


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