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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

東京奇譚集
東京奇譚集 
【新潮社】
村上春樹
定価1470円(税込)
2005/9
ISBN-4103534184
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  清水 裕美子
  評価:C
 奇妙な味と呼ばれる短編はふいに驚かせたりバランスを崩して読者をグラリと揺さぶる。意外な結末や隠された事実の種明かし、悪意のスパイス、語り口に仕掛けがなされていることもある。
 このグラリ感が醍醐味の「東京奇譚集」。のっけから語り手の僕=村上として筆者が登場する。あれれ、そんなキャラだった? 驚きをよそに筆者は不思議な出来事を語るよと口上を述べ、ジャズを巡る不思議な体験から友人から聞いたという「偶然の符合がかさなり思いも寄らない場所へ導かれた」話を披露する。まずはシンプルに偶然を感じる物語。そして徐々にグラリ感の振幅の大きい最終話まで5編が続く。
 中でもハワイのカウアイ島の物語、サーフィン中の事故で息子を亡くしたピアニストの物語『ハナレイ湾(ベイ)』が好み。ウィスキーを口の中で転がすかの如くこの湾の名前を味わうことになる。ハナレイ・ベイ。ハナレイ・ベイ。
 読後感:ガクンと小さなエアポケットくらい

 
  島田 美里
  評価:B
  一時期、中毒になったみたいに村上春樹の作品を読んでいた。どの話にも作者の気配を感じられるところにハマったのだと思う。この短編集もまた例外ではない。「どこであれそれが見つかりそうな場所で」は、馴染みの店を訪れたかのように和むことができた。しかし、「偶然の旅人」は他とちょっと違う。冒頭に登場した著者は、この話が知人の体験した実話であると述べた後、姿をサッと消してしまう。著者の気配はもうない。いきなり知らない人を紹介されて「それじゃあ僕はここで」と置き去りにされた気分だが、著者のフィルターがかかっていない分、知人の話がダイレクトに伝わってくる。帯にある「あなたの近くで起こっているかもしれない」という言葉に一番マッチしているのは、この話かもしれない。
 日常に、ふと顔を出す偶然の一致が、単なる偶然ではないことに気づかされる。不思議な出来事と、それを受け取る人との間をつなぐ何かがたぶんある。その姿の見えない何かが、奇跡を運ぶ使者のように思えてならない。

 
  松本 かおり
  評価:C
 いきなりで申し訳ないのだが、私は昔から、村上春樹氏の作品が苦手だ。氏の、ナニカヨクワカラナイ話には違和感を覚える。今回の全5作の短編集も、「『あなたの近くで起こっているかもしれない物語』(これは帯の言葉だ)といかにゆうても、それはやっぱり、ないやろ〜」と、ついついツッコミたくなることしばしば。それでも、空から魚が降ってくるような某作よりは、はるかにマシだ。
 特に、冒頭「偶然の旅人」は、なかなか素敵だ。洒落ている。確かに「内容的にはとるに足りない出来事」であっても、「ある種の不思議さに打たれる」ことはある。これは神様のイタズラか? そう思ったことがあるひとは、きっと多いだろう。「ジャズの神様」「ゲイの神様」しかり。個人的にはオートバイの神様もいる、と信じているがね。「ハナレイ・ベイ」も悪くない。後半3編はいかにも春樹風で、ファンにはこちらのほうがお好みかも。

 
  佐久間 素子
  評価:B
 こんなハルキ節炸裂の、ハルキ的短編集について、今更何を語れというのかしらと困っているのだけれど、実はすごく久しぶりの出版なのではないかと思い当たる。暗い世界を照らす「神の子どもたち〜」とはちょっと性格がちがうし、しんしん怖い「レキシントンの幽霊」は邪悪な方のハルキっぽかったし。というと、あれあれ本当にひさしぶりだ。ていうか、こんな、いかにもハルキ的な短編集、ひょっとしてはじめてと言ってしまってもよいのでは? 軽くて心地よくて、ちょっと奇妙。何か深遠なことを語っているようでも、それは決して明確にされず、さまざまに解釈を許してしまう。そう、まさにイメージどおりなのだ。ちょっと過不足なさすぎるくらい。今まで食わず嫌いをしてきたけど、やっぱり一冊くらいというハルキビギナーには、ちょうどよいとっかかりになるのではないかしら。

 
  延命 ゆり子
  評価:B
 不思議な話を集めたこの短編集。その中でも秀逸なのは『偶然の旅人』ではないだろうか。しかし秀逸にして異質。これまでの作品とは少し毛色が違う。村上春樹と言えば読者をケムに巻くことで有名な作家だが(決め付けた)、この短編は今までになく誰が読んでも泣けるせつなさ直球ど真ん中! な作品に仕上がっているのだ。
「僕=村上はこの文章の筆者である」という独白で始まるこの短編。冒頭部分から読者の心を鷲づかみだ。本当に起きた些細な、でも不思議な話をいくつか紹介した後でこのゲイのピアノ調律士が体験した不思議な話が始まる。仲違いをしていた姉と心を通わせるシーンではせつなくて号泣! 良い! 良いよこの小説!
 しかし・・・何かが引っかかる。なんであの村上春樹がこんなわかり易い小説書いてんだ? 何か裏があるような。微妙に大衆受けを狙ってる気がするのは気のせいか。
 もちろん素直に読んでせつなさに心を震わせるのもよし、深読みしすぎて唸るのもまたよし。どう転んでも誰が読んでも楽しめる一級の短編集であることは間違いがない。

 
  新冨 麻衣子
  評価:B
 わたしはあまり村上春樹のよい読者ではない。既刊の作品も半分も読んでないし。ときどき読むと「やっぱ上手いなぁ」とは思うものの、作品世界と春樹ファンによる確固とした輪には入りこめないというか…。で、この人の短編を読むのははじめてなんだけど、この作品は、そんなわたしのような読者とか、村上春樹読んだことない人とかには、ぴったりな作品かもしれない。
 最後の「品川猿」をのぞけば、決して新鮮味のあるストーリーではないんだよね。でも、それがすごくいいの。どれもとっつきやすいから。読みはじめると、実力あるストーリーテイラーによって、すぅっとその世界に誘われていく。印象は薄い感はあるが、読んでいてすごく気持ちよかった。

 
  細野 淳
  評価:A
 久しぶりに刊行された村上春樹の短編小説集。一番面白かったのは、唯一の書き下ろし作品である『品川猿』。
 時折テレビで話題になるように、最近の猿は人間の住むテリトリーにたびたび出現しては、食べ物を盗んだりするなど、様々な悪事を働かせるようになった。品川区の下水道に潜んでいる品川猿も、人間にとってとても大事なあるものを盗む癖を身につけてしまったために、役人によって捕まってしまう。どうにか釈放してもらおうと、必死になって許しを請う姿は、なんとも滑稽で哀れ。
 昔は滅多に人間と鉢合わせすることもなく、神聖な動物と崇められてきた猿だが、最近ではすっかり厄介者の役目を負わされてしまっている。野性の動物たちと人間との住み分けが上手くできなくなってしまった今の世の中は、双方にとって住みづらいものになってしまったのだろう。人に危害を与える存在であるとはいえ、都心の下水道に住まざるを得なくなってしまった品川猿の境遇には少し同情してしまう。

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