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沼地のある森を抜けて
沼地のある森を抜けて
【新潮社】
梨木香歩
定価1890円(税込)
2005/8
ISBN-4104299057
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  島田 美里
  評価:A
 絶体絶命のピンチが訪れると、ご先祖様や神様に祈ったりするものだが、これからは自分自身の細胞に問いかけてみたいと思う。
 叔母の死をきっかけに、久美は「先祖伝来のぬか床」を譲り受ける。うめき声が聞こえるぬか床から卵が現れるなんて相当気持ち悪い。普通だったら失神することだろう。だけど、こんなに信じられないことが起こっても、普通に会社へ出かけられる久美って何者なんだろう? その肝っ玉、気に入った!と愉快に読んでいたが、ぬか床の秘密が解き明かされるにつれて、心にしわっとさみしい風が吹き抜けた。『からくりからくさ』では、魂という観点で自己と先祖のつながりを描いていた。一方、この作品では、細胞や遺伝子というレベルで、生命の連鎖を描く。未解明な部分をはらむ不思議な世界という点では同じであるが、こちらはかなり壮大な雰囲気。自分と他者の壁。自分と世界の壁。それらの壁をこわすことは、体中の細胞で葛藤することなのだと思い知った。頭というより、持っているすべての細胞を使って読んだ気分。心地よい疲労感がしばらく続きそうだ。

 
  松本 かおり
  評価:C
 コトの起こりは、先祖伝来、家宝の「ぬか床」。ぬか床管理には、毎日掻き回す手入れが不可欠。ゆえにそのぬか床には、「代々の女たちの手のひらがぬかになじんでいるせいで、念がこもっている」ときた。しかも、相性の悪い人間が手を突っ込もうものなら、とんでもない呻き声が……!「うひゃーっ!」。ツカミは十分。主人公・久美が、ぬか床の由来を探り始めるや、物語は多方面に急拡大。逃げられない。食虫植物にやられたハエの如し。
 酵母、胞子、花粉、さまざまな菌類たちの強烈な存在感。生命体の進化と退化。家系に秘められた謎。さまざまな素材が絡み合い、伝説的、神話的な匂いを醸し出す。あまりにも静かな展開ゆえに途中で睡魔に襲われることあれども、読み飛ばすには惜しい。
「自分って、しっかり、これが自分って、確信できる?」。この問いは、怖い。本作を読めば、理由がわかる。そう簡単に「できる」とは言えなくなるハズだ。

 
  佐久間 素子
  評価:A
 変なはなしだなあと思ってるうち、ずぶずぶとからめとられて、すっかりとらわれてしまった。先の読めない展開が気になってとか、それはそれとして確かにあるのだけれど、またちょっと別の次元で、純粋に読んでいるのが楽しくて楽しくて。これって読書の醍醐味っていうんじゃないの? 叔母からひきついだ家宝のぬか床は尋常のものでなく、あまつさえ人もどきの生物すら生み出したりする。そんなぬか床を返すため、私は一家のルーツである島へ旅立つ。とまあ、あらすじを語ってみたところで何のことやら。突拍子もない話なのに、不思議に現実的なのは、著者の得意とするところだろう。乾いたユーモアと知的な文章が飄々としてここちいい。『西の魔女が死んだ』を気に入った高校生なぞが、じゃ次にって手にしたらびっくりするのだろうなあ。豊かな語り口を恐れないで。根っこは同じなのだから。私たちの命はささやかだけれど、巨大な世界につながっているのよ。

 
  延命 ゆり子
  評価:A
 ススス凄い・・・。こりゃなんとも形容しがたい傑作を読んでしまっただよ。あわわわ。
 はじまりは「ぬか床」だった。先祖代々伝わるぬか床を受け継いでしまった久美。まずそのぬか床は、呻いた。そして卵を産んだ。卵は割れてそこからどんどん人が現れ始める。不審に思った久美は(当たり前だ)ぬか床を生物学的に調べ始め、故郷の島へぬか床の謎と先祖の秘密を探りに行く。
 こうしてあらすじを書いてもまったく訳がわからない。全然面白い話とも思われない。
 しかし。どう表現してよいかわからないけれども、紛れもなくこの人にしか出せない味というものがあって、滅茶苦茶な設定の中で主人公は飄々としているし、話はどんどん壮大になっていくし、収集がつかないくらいなんだけど・・・・。読んでいてワクワクする気持ちが止められないんだ。
 小説には現実からトリップする快感があると思うが、この小説はその醍醐味を存分に味あわせてくれる。久々に読んだ紛れもない傑作である!と言えよう。フンガー!

 
  新冨 麻衣子
  評価:A
 亡くなった叔母から、「家宝」を受け継ぐことになった久美。それは気に入らない人間が手を入れればうめき声を出し、不思議な卵を産み出す「ぬかどこ」…。孤独な単細胞から生み出されたこの世界のすべての命―そのたくましさと個々のつながりを、優しく幻想的に描いた長編ファンタジー。
 すべての動植物の起源をたどれば、ひとりぼっちの単細胞…そんなふうに想いを馳せれば、自分が存在するこの世界がとても愛しい。この小説は深くて、そして寛大だ。ちょっと違う視点で世界を見せてくれる、希有な小説だと思う。
 これまでの梨木作品に比べると濾過された感がある。「物語の雰囲気」より、「伝えたいこと」により重しが置かれた感じ。
 中性的な風野さんはじめ魅力的なキャラも多いが、幻想的な描写が多いため万人受けするものではないだろう。でも読む人によって様々な世界が広がるだろうから、いろんな人に読んでもらってその感想を聞きたいなぁ、と思った。

 
  細野 淳
  評価:A
 叔母が亡くなってしまい、彼女が所有していた、糠床を引き取ることになった主人公。それは先祖代々伝わるもので、毎日必ずかき回して手入れをしなければならないのだった。嫌々ながらも、主人公はその役を引き受ける。そして、毎晩かき回しているうちに、糠床から突如現れてきた二つの卵。一つ目の割れた卵から出てきたのは主人公の幼馴染フリオの死んでしまった親友だった…。
 奇抜な設定だが、最初の章であるこの部分までを読み終えた感じだと、何だか主人公の少女時代を回想した、微笑ましい物語であるように感じる。しかし、二つ目の卵から生まれてきた『カッサンドラ』という人物が、主人公にとって憎くもあり、また懐かしい感じがする人物であるのだ。愛憎が同居するこの人物の出現以降、物語は主人公自身の存在のルーツをたどる、深いものになっていく。
 作者の描く世界はかなり独特で、現実離れしたもの。しかし、その世界にハマる事ができれば、すごく読み応えのある作品だ。最後の方は、人間の誕生を描いた神話の創世記でも読んでいる気になった。ここまで描ける作者の力量にはただただ感服。
 

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