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厭世フレーバー
厭世フレーバー
【文藝春秋】
三羽省吾
定価1680円(税込)
2005/8
ISBN-4163242007
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  清水 裕美子
  評価:A
 数ページでうんと若い作者かと騙された。少年ケイが同級生に毒づく。「・・・うぶ毛剃れよ! 十四歳で相田みつを読んでんじゃねぇ! バーカ、バーカ、ヴァーカ!」悪口も口調も可笑しくて、彼の苛立ちと豪快な父のエピソードがストンと胸に落ちる。
 ケイの父親はリストラされて失踪し、残された家族5人はバラバラになってしまったようだ。17歳の姉カナは深夜までこっそりアルバイト。女子高生の日常もブンブン頷きたくなる描写の上手さ。
 しかし大人世代が登場すると口あたりがガラリと変わる。そして家族の秘密が少しずつ明らかになる。稼ぎ手と家長を務めようとする長男、酒びたりの母、認知症進行中の祖父、随所に冗談あり。
 失踪した父は「手が届く所にある世界は救っておく」魅力的な男だったようだ。家族を作る求心力だった父が不在でも役割を継ぐ者が現れる。昼ドラ並の出生と生い立ちの秘密登場。「家族って言っても、色んなパターンがあるのねぇ」誰の言葉かは内緒だが、とてもとても良い気持ちになる。これはポップな相田みつを? まさか!
 読後感:全力失踪したい

 
  島田 美里
  評価:A
 例えていうなら、険悪なムードの家庭を訪問してしまい、お茶一杯でおいとましようと思ったらなんとなく居心地が良くなって、晩御飯まで食べて帰ったみたいな読後感だ。もっとお話してくださいとお願いしたくなるほど、この家族はおもしろい。
 リストラされた父が失踪して以来、家族は崩壊気味。末っ子で中学2年の少年はやけくそで陸上部を辞めるし、高校生の姉は斜に構えてるし、長男は空回りしてるし、母は酒浸りだし、じいちゃんはさらにボケる。食卓には味気ないスーパーの惣菜が並ぶ。なのに、悲壮感がないのが不思議。ちっともまとまりがない家族だけど、ひとりひとりはわりと懸命に生きているのだ。家族の絆が希薄に思えるのは、きっと彼らが不器用なせい。中でも、語りたいはずの苦労話をぐっとこらえるじいちゃんは一等輝いている。彼らを知っていくうちに、バラバラな家族を囲む大きな輪が見えてくる。まるで電車ごっこみたいに人と人を束ねる輪。どんどん読んでいくうちにその輪っかがはっきり現れて、思わず泣き笑いしてしまう。

 
  松本 かおり
  評価:C
 「父親リストラ、あげくに失踪」と聞けば、暗〜い家族崩壊モノを思いがちだが、意外や意外。カバー絵や、帯の惹句がオドロオドロすぎるんじゃないかと思うほど、読後感はいい。父親失踪の須藤一家、中坊息子も高校生娘も社会人長兄も、誰もが人生のなにかにウンザリしている。しかし、「もうダメ……死ぬしかない……」とまではいかない。だから厭世気分の「フレーバー」。日々のスパイス、風味づけ。この適度な軽さ加減が巧い。
 子供らはもっと派手に荒れてもよさそうなのに、妙に冷静。マイペースで動きつつも家族の結束を深めていくところが面白い。また、子供3人に母親と義父を加えて5人分、各々1章を費やして、それぞれの本音やウラ事情を徐々に暴露。知らぬが仏、ぎょっとする話もあって退屈しない。一番の読みどころは、シメの最終章「七十三歳」、義父新造の語り。まだらボケ気味とはいえ、伊達にトシ食ってないところはサスガ。

 
  佐久間 素子
  評価:C
 父親の突然の失踪で家族がゆるく崩壊。残された5人が一章ずつ独白するというリレー形式で話は進む。全員がそれぞれに拗ねたきもちを抱えているし、家族のことが疎ましい。で、テーマはもちろん、そんな家族の再生なのだが、おおかたの予想を軽く裏切って、この家族はちっとも互いに理解しあわない。正面切ってぶつかることもないし、そもそも全く理解しあおうとしてない。再生するには相当ちゃらんぽらんだし、展開は少々ご都合主義的。それでも、誤解に満ちた、ありがた迷惑な他人の善意に、なんだかわけのわからないまま救われたり救われなかったり。それがまた家族の関係に作用したりしなかったり。ぬるいような距離感が、かえってリアルだったりするのだ。家族なんて結局の所、偶然のよせあつまりにすぎなくて、でも無関係ではいられないものね。うざいけどしゃあないかって気持ちは、あきらめなんかじゃなくて、許しに近いと思えてくる。その明るさがくすぐったい。

 
  延命 ゆり子
  評価:B
 リストラされた父親が姿を消すところからこの話は始まる。
 残ったのは呆け始めているじいさん。アルコール依存症の妻。一家の主になろうとして空回りする兄。世間の厳しさに揉まれる姉。陸上部を辞めて新聞配達する弟。最悪な状況でそれぞれに不器用に、しかし懸命に生きている姿がいとおしい。ただのハートウォーミングな話になるのではなく、本当に少しずつゴツゴツとした家族の形ができあがっていく。その過程がいじらしくて泣けてくる。
 それから失踪した父親の存在感がすごい。万引きした息子に「この、下手くそぉ!」と叫びながらドロップキックを炸裂。娘には甘くて、お赤飯を炊いた日には「ちくしょー」と泣きながら酒を飲む。自分の器を考えず、世界を救うと大風呂敷を広げながら、取り敢えず手近にいた女を救う。なんつうストレートかつ魅力的なキャラクター。
 筆者の類まれな言葉のセンスも相まって、グイグイと引っ張られる勢いのある作品だった。

 
  新冨 麻衣子
  評価:B
 豪快で型破りな父親がリストラを機に失踪―。母親は酒に溺れ、長男はいきなり家長ヅラ、長女は真面目だったのにいきなり夜遊び? 次男は高校には進学しないと言い張り、祖父はボケが進行―!? 日常が崩壊した家族の、ふたたび現実に向き合うまでの混乱の日々を、5人それぞれの視点から描かれた家族小説。
 この家族のキャラがいい。仲いい家族じゃないんだけど、妙にみんなさばさばしてて、根っこのところでは無意識に信頼しあってる。だから変な悲壮感はないし、他の家族のことを真剣に心配してるわけでもない。だから家族小説といっても主に描かれているのは、それぞれの自分との闘いだ。そしてそんな家族の雰囲気をつくり出したのが、他ならぬ父親なのだ。家族たちの回想で描かれる父親は、昔から馬鹿なことばっかりしてて父親になってからも相変わらずで、でもすごく愛されるキャラ。
 言ってること超おもしろいし。
 で…問題は帯。もっといえばカバー絵とタイトルも違うんだけど。全然作品の雰囲気を現してない。面白いけどまだ二作目なんだし、パッケージは重要じゃない?

 
  細野 淳
  評価:B
 一家の大黒柱である父親が、突如失踪してしまう。原因はよく分からない。それでも残された家族は、どうにかして生きてゆかねばならない。皆、自分自身でどうすればよいのか、必死に考えている。でも、そんなときに限って自分だけ頑張って空回りしてしまい、他の家族が現状をどう思っているのか、ということまでは目が行き届かないもの。
 14歳の息子から、73歳のおじいちゃんまで、それぞれが抱いている愚痴ともつかない思い・考えを、五つの章で各自が吐露してゆく。少し方向性が違えばシリアスな作品になるのだろうが、作者のタッチはとても軽やか。グイグイと読むことができる。


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