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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

ヌルイコイ
ヌルイコイ 
【光文社文庫】
井上荒野
定価480円(税込)
2005/10
ISBN-4334739504
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  北嶋 美由紀
  評価:★★★
 銭湯にハマってしまった主人公。入るのはいつもぬるい方の湯船。それは彼女そのもののようだ。挫折しかけた童話作家のなつ恵は夫ともスレ違いの日々で、同じ作家でも大作家で妻子持ちの男性と不倫している。ところがこの不倫相手、まことに自分勝手なイヤな奴で愛情のカケラもない。体だけが目的なのだが、どんなにひどい扱いを受けても彼女は彼を微笑んで見つめる。死に至る病と宣告されても淡々と受け入れ、嘆いたり、ヤケになったりしない。銭湯の前で見かけた「鳩」(若い男性)になつ恵は惹かれてゆくのだが、恋愛も不倫もワクワクするものではない。正にぬるま湯にとっぷり浸かったような彼女の生活。決して幸福ではない日々を彼女は感情的になることもなく丸ごと容認してゆく。醒めているというか、人生あきらめきっているというか、読んでいるこちらまで気だるくなるようなキャラのなつ恵を作者は不思議な印象の残る文体で表現する。共感など要求していない、といった感じである。ふつうの恋愛小説とは一味違って、眺めている分にはおもしろい。終わり方が妙にハッピーで、少々拍子抜けなのだが、やはりぬるま湯は冷水にはならなかったらしい。

  久保田 泉
  評価:★★★★
 一読して、かなり書評しにくい小説だなともう一度ぱらぱらと読み直す。間違いなく、再読に値する不思議な魅力で覆われた物語だ。この感覚は、著者の他の作品『だりや荘』や、『もう切るわ』を読んだときと同じだ。売れない童話作家のなつ恵は、すれ違いの夫と売れっ子作家の愛人がいて、通い始めた銭湯で不思議な青年の「鳩」と出会う。ある日なつ恵は不治の病を宣告されて…。主人公が身を置く状況は、決してお気楽でも順調でもないのに、奇妙に俯瞰的な視点があって、それが魅力であるようなないような。井上荒野の小説を読んでも、なんだかよく分からない人もいると思う。最近よく見かける“泣けます!感動しました!”みたいなコピーが全く当てはまらないから。けれど、私はこの作家の小説をつい手にとってしまう。人間の分かりやすい感情と遠くて近い、他では味わえないざわざわとした感覚に魅入られて。読了して、思いがけない自分の感性に出会えるかもしれない一冊だ。

  林 あゆ美
  評価:★★★
 ぬるいという形容詞は水溶性のものに使うのだと思っていたが、いまでは関係をあらわしたり、人を形容したり、状態をあらわすものにも使われている。私も最近になってようやく使えるようになってきたところ。
『ヌルイコイ』はその「ぬるさ」を言葉と裏腹に鋭く書いている恋愛物語だ。
 主人公のなつ恵さんはマンションの給湯設備が壊れたため、銭湯通いをすることになる。設備がなおったあとも、銭湯通いをつづけるうちに、いままでの日常とは違う世界に出会っていく。夫とは生活時間帯が違うので、日々顔をあわす時間も短い。だからというわけではないが、性格のよくない不倫相手もいる。主婦の合間に童話を書き、銭湯に通い、不倫をする、その巡回にもうひとつ「鳩」が加わる……。
 湯気や霧のように見通しのあまりよくない所で、人間たちの泥くさい感情が行き交っている。その見通しの悪さはぬるく、泥臭さは洗練した筆で淡々と書かれる。なつ恵さんは幸福になれるかしら。

  手島 洋
  評価:★★★
 芸能マネージャーをしている夫とすれ違いの生活を送りながら、売れっ子童話作家と不倫を続けているなつ恵は近所の銭湯に通うようになり、そこで「鳩」を思わせる青年を見つける。病院で自分が重病であることを知らされたなつ恵は「鳩」のような青年と知り合いになり……。
 自分の日常にうんざりしているが、そのぬるま湯のような現状を崩さないまま、何かを求めずにはいられないなつ恵。不倫も銭湯通いも「鳩」との関係もすべてなつ恵にとってはその何かなのかもしれない。書き方によっては非常に生臭くて緊張感ただよう作品になるところを、非現実の世界のような銭湯や「鳩」、おばあさんたちの存在で、それを緩和しようとしている。読んでいるうちに、現実のバランスが崩れ、全てが崩壊しようとしている人の心の中というのは、こんな風になっているのではないだろうか、とちょっと怖くなった。
 「ヌルイコイ」というタイトルだが、話の方はちっともぬるくなくて、「ヌルイコイ」や銭湯のぬるいお湯につかるしかない女性の物語なのだ。
 重病や死を持ち出した話は普通、嫌いなのだが、この場合はそれさえ怖い話の緩衝材になっている気がします。

  山田 絵理
  評価:★★★★
 話の展開も突拍子ないけれど、ストーリーで惹きつけるというよりも、この作家のつくりだす独特の空気感がこの小説を読ませるのだと思う。まさに“ヌルイ”感じの、つかみどころのない雰囲気。主人公のわたしもまさにそのような印象だ。
 すれ違いばかりが続く夫への愛情はもはや無い。愛人関係にある男性とはセックスだけの関係だ。わたしは何も望まず、何も声をあげたりしない。ただあきらめたように生きている。おまけに残りわずかな時間しか生きられない。でも、わたしは銭湯で印象的な瞳を持つ青年“鳩”に出会った。そして“鳩”に魅かれた。
 ずっと正気と狂気の狭間を漂うわたしの感情にひきつけられていた。つまらない世俗的な感情に同化することなく、自由に水の中を泳ぐように描かれた心のゆれと、淡々と描かれるあきらめの感情。読んでいて悲しくなる。そして読後、とても美しい恋愛小説なのだと改めて思った。

  吉田 崇
  評価:★★★
 エリオットなのか? と、どうでもいいひと言で字数を稼いでおいて、本書を評するならば「生臭くない恋愛小説」。そんなものが面白いのかどうかは、各自、自分で確かめる様に、以上。
 と言うふうに終わる訳にはいかないので、以下、偏った意見を述べさせて頂くが、この作品、途中まで主人公の淡い恋愛対象には『鳩』と言う記号が与えられていて、だから不思議と童話の様な茫漠感が生まれて、あんまり、恋愛小説という感じがしなかった所が好きです。読んでる方の思惑が常に少しずつ裏切られていく感覚というのも、恋愛小説っぽくなくて、好感が持てます。不条理物(そう言うジャンルはないかもしれませんが)かと言えば、そこまで壊れてなくて、リアルとファンタジーの境界、の様な、夫と不倫相手がリアルな世界の代表で、鳩を中心にその他のキャラクターがファンタジーの住人。その間を主人公が滑り落ちていく、あるいは駆け上っていく、そんなお話です。
 しかし、この医者、はた迷惑ですな。

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