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勝手に目利き
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細野 淳の<<書評>>

マルコの夢
マルコの夢
【集英社】
栗田有起 (著)
定価1365円(税込)
ISBN-4087747883
評価:★★★★

 キノコって奇妙な存在感を持つ。ニンジンやキャベツが、ある意味、人間に手なずけられた、安心できる食べ物だとしたら、キノコには人智を超えた何かをもつような、独特の魅力があるのではないか??……何だか自分でも言っていることがよく分からないけど、そんなキノコを題材にした、不思議な雰囲気の物語。
 主人公は、大学を卒業したものの、就職できずブラブラと日々を過しているカズマという青年。彼は姉の紹介で、パリにあるレストランで働くこととなる。そして、そこで出会ったマルコという名のキノコ……。
 このキノコこそが、実は真の主人公とも言うべき存在なのかも知れない。いや、ある意味では、マルコとカズマの恋愛物語か?とも言えないことは無いのかも知れない。でも、最後は不気味な予感を漂わせる結末。一人の男がキノコに運命を翻弄される、可笑しくてコワイ、そんな複雑な気分になることができます。



魔王

魔王
【講談社】
伊坂幸太郎 (著)
定価1300円(税込)
ISBN-4062131463

評価:★★★

 普通の人は、なかなか政治については表立って語りたがらない。そのことを批判的に捉えることもできるけど、政治のことをあれこれ言う必要が無いほど、平和な世の中だと言う事もできる。
 だから、皆が皆、政治に積極的に関心を持ち出す世の中は、ある意味、緊迫したものであるのではないか? この小説の舞台はまさしくそのような世界。カリスマ的な人気を持つ政治家の登場により、世の中が変わってゆく姿は、妙にリアリティーがある。
 そのような政治家に対して、立ち向かって行くためには、どの様な「武器」を持てばよいのだろうか? 小説では、超能力がそこで、いきなり登場することになる。そんな非現実的なモノがいきなり出てきて、少し面食らってしまうが、このような手段を登場させた作者の真意は何なのだろう? 思わず考えさせられてしまう。文章はいたって読みやすいが、読後には、なんとも言えない、しこりのようなものが残った。


ネクロポリス(上下)

ネクロポリス(上・下)
【朝日新聞社】
恩田陸 (著)
定価1890円(税込)
ISBN-4022500603

評価:★★★★★

 ともかく小説の世界観に圧倒されてしまう。舞台は日本とイギリスの文化が絶妙に交じり合っているファーイースト・ヴイクトリアン・アイランドなるところ。ヒガンという期間中は、そこの聖地アナザー・ヒルなる場所へ、住民は繰り出す。ヒガンと言っても、十一月に二週間ほど行われる行事であり、目的も先祖のお墓参りではなく、死者に出会うため。アナザー・ヒルは死者が実在として、生きている人間たちと再会することのできる場なのだ。
 そんな神秘的な場所の描写を読んでいるだけでも楽しいが、謎めいた殺人事件がそこで次々と起こる。そして、やがて知られてくる、アナザー・ヒルの実態……。
 二巻に渡る長編小説であり、やや冗長なところもあるが、どっぷりと小説の世界に漬かりながら、グイグイと引き込まれるようにして読んでしまう。まるで、遠い異国で壮大な冒険をしているような気になりながら……。読了後は、そんな冒険を終えた気がして、思わず感傷的になってしまった。


ワルボロ

ワルボロ
【幻冬舎】
ゲッツ坂谷 (著)
定価1680円(税込)
ISBN-4344010434

評価:★★★★

 本を一目見た瞬間からインパクト抜群。オビには、リーゼント姿の二人がこちらを見ている写真が……。題名も凄い。ワルくてボロいから「ワルボロ」。板谷さんの中学時代では、不良といえばそんな感じだったのだろう。最近の不良は、何だか小奇麗な格好しているのが多いけど。
 でも、不良って結構義理堅かったり、友情に厚いところがあったりするものだ。ひとたび仲間に加われば、いつでもどこでもつるんでいるし、仲間に困ったことがあれば、必ず助ける。そして敵がくれば、皆一枚岩となって戦う。そんな話を、その当時の言葉のままで書いているから面白い。
 中でも最高なのは、ラップの悪口バトル。読んでるだけでも頭の中に勝手にリズムが流れてきて、思わず爆笑。かなり俗っぽいけど、浅薄だったり、鼻についたりすることのない板谷さんの文章も、きっとそんなラップ体験を通して生まれたのだろう。

夜市

夜市
【角川書店】
恒川 光太郎 (著)
定価1260円(税込)
ISBN-4048736515

評価:★★★★★

 ありそうだけど、実はほとんど聞いたことも見たことが無い言葉、「夜市」。どことなく怪しげで、日常とは根本的に違う空間を連想させるにはピッタリの言葉なのかもしれない。それはワイワイと賑やかな普通の市とは違い、人の声も音楽も聞こえない静寂な市。売っているものも根本的に違う。黄泉の河原で拾った石、一億円。ひょっとしたら効果があるかもしれない、老化を遅くする薬、百万円。野球が上手くなる才能、子供一人と交換……などなど。
 ただ、そんな描写ばかりでは、単なる怖くて気味の悪い話で終わってしまう。物語としても、実に巧みで読ませるものなのだ。何の気なしに、主人公にそそのかされ続けてしまう友人。また、徐々に明らかになってゆく、友人をそそのかし続ける主人公の本当の理由。初めの一ページから、その世界にどっぷりと漬かってしまった。デビュー作で、ここまで読ませる作品を書ける力量はスゴイ。文句なしの良作!!


虹色にランドスケープ

虹色にランドスケープ
【文藝春秋】
熊谷 達也 (著)
定価1650円(税込)
ISBN-4163244204

評価:★★★

 自分の場合は自転車に乗ってだが、長期の休みになると、北海道によく走りに行く。そうすると、バイク乗りの人が、いつも挨拶をしてくれるのだ。何だかその姿が颯爽としていて、自転車と対比させると、うらやましく感じるときもある。北海道をバイクで走るような人は、どちらかといえば年配の人が多いのだけれど、それでも何だか若々しい。そういえば、本書でも、バイク乗りは歳を取らない、などと書いてあったっけ。
 ともかくそんなバイク乗りたちが出てくる小説であるから、雰囲気も何だか爽やか。いや、爽やかというよりも、青春の面影がいつまでも残っている感じであるのかも知れない。自転車乗りの自分も、何十年後かには、そんな人間でありたいものだ。


ほとんど記憶のない女

ほとんど記憶のない女
【白水社】
リディア・デイヴィス (著)
定価1995円(税込)
ISBN-4560027358

評価:★★★★★

 読み始めたときは、彼女の描く不思議な作品に、正直どのように対処していけば分からなかった。多分、普通の小説を読むような感じで、この本も読んでいたからだろう。いわゆる起承転結のような構成をもつものはほとんど無いし、そもそも作品自体がとても短いものばかり。だが、その中からたった一つだけでいい、上手くハマれる作品に出会うと、他の作品も輝いて見えてくるから不思議だ。
 自分の場合は、「出て行け」という作品がそうだった。男が女性に言う、「出て行け、二度と戻ってくるな。」という言葉を、本心では男性はどう思って発しているのか、女性はどう思ってその言葉に傷ついているのかを、冷静に考察した作品だ。この作品に妙に納得してから、本全体が、断然面白く感じるようになってしまったのだ。
 ある意味、思っていることを、とても素直に書こうとしている作家だと感じる。だからこそ、文章が多少難解でも、その世界にふいに引き込まれてしまう魅力を持っているのだ。今までとは違った本の持つ味わいを、新たに見出すことができた気がする。何回も丁寧に読み直したい一冊。


メジャーリーグ、メキシコへ行く

メジャーリーグ、メキシコへ行く
【東京創元社】
マーク ワインガードナー (著)
定価2520円(税込)
ISBN-4488016448

評価:★★★★

 メキシコで野球。今となっては想像もつかないけれど、かつては一流の選手達が集まる、メキシカンリーグというものがあったらしい。それも、かなり盛り上がっていたようなのだ。
 物語の中心となる時代は1946年前後。その時期、メキシカンリーグを経営する大金持ちの人物が、アメリカから選手を次々とスカウトしたのだ。その時代に、その場所で、記者として取材活動をしていた、フランク・ブリンガー・Jrという人物の視点から描かれた、ルポ形式の小説。小説と言っても、出てくる人物や出来事は皆本当であるとのこと。
 メキシカンリーグへ渡ったある選手が、後に当時を回想して、ふと漏らした言葉が特に印象的だった。「何もかも思いどおりにってわけにはいかなかったが、けっこういいこともあったてことさ。」……いやいや、そんな風に思える体験ができる機会って、実はほとんどないですよ。男なら、誰だって一度はそんな体験、してみたいものなのではないのでしょうか?