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勝手に目利き
単行本班
文庫本班
ひなた
ひなた
吉田 修一
【光文社】
定価1470円(税込)
2006年1月
ISBN-4334924832
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清水 裕美子
  評価:★★★

 吉田修一が女性誌『JJ』で連載した小説なのだそうだ。読者層の(?)興味の対象であろうアイコンが華やかにふんだんに散りばめられている。楽しい。
 フランスのブランド・Hに就職したレイとその彼氏の大学生・尚純。地方銀行で働きながら趣味の劇団活動を続ける浩一(尚純の兄)と雑誌編集者の妻・桂子。浩一の長年の友人で離婚問題勃発中の男・田辺。彼らを中心に描かれる毎日は『さらけださない、人間関係』と帯の言葉でくくられる。
 1つブランド礼賛のエピソードが入ると、1つ驚きの人間関係や過去の秘密が暴露される。物語の中、登場人物がどんなに孤独を感じていても秘密は守られ、その生活スタイルは破綻しないように維持される。
 さらけださない事は何を守るのか? 生活スタイルか、プライドか、もっと別な物なのか。階段で座り込む桂子の母のエピソードは寒々しい。吉田修一がJJ読者に埋め込んだメッセージは「10年殺し」なのだろうなと思う。どう咲くのか興味深い。
読後感:ちゃぶ台をひっくり返さない小説

  島田 美里
  評価:★★★★

 最初は明るい印象だったのが、いつの間にか憂いを含んだ色彩に変わってしまい、えっ?と、とまどってしまう。そういえば、「パレード」を読んだときも、似たようなことを思った。登場人物たちの秘密の1つ1つが折り重なり、悲しい色がブレンドされていく様子を見届けている気分になるのだ。
 この物語の主要人物は、有名ブランドの広報に就職が決まったレイと、その彼氏の尚純、そして尚純の兄夫婦たちだ。兄嫁の桂子は、夫の両親との同居を提案したりして、初めの部分はアットホームな家族の物語にしか見えない。しかし、それぞれの人物がローテーションで語り手となり、各々の身の上を明らかにするにしたがって、薄暗い色をしたフィルターがどんどんかけられて、まるでひなたがひかげになる。
 だけど、人に言えないような秘密をたくさん見せられても、不思議と暗い気持ちにはならなかった。誰もが不安や秘密を抱えていると思うと、むしろホッとさせられた。この作品は、いざというときに不安でグラついた体を支えてくれる、安全ネットのような役割を果たしてくれそうにも思う。

  佐久間 素子
  評価:★★★

 有名ブランドの広報に就職した元ヤンの女の子と、フラフラ中の彼氏、信金勤めのその兄と、編集者の妻、それぞれの一年が一人称で交互に語られる。微温な感じがイマドキ〜なんて、ぼうっと読んでいると、じわじわ毒気にあてられる。 
「さらけ出さない、人間関係」という、帯の惹句がすべてを物語っているかのよう。何もかもぶちまけたりしない大人びた自制は、相手を守り、自分を守り、日常を守るけれど、どうしようもなく手からこぼれおちてしまうものがある。 おだやかな毎日の、おだやかな心の、その奥深くに、うっすらとつもっていく絶望のようなもの。すべてを引き受けて、おだやかであることを選ぶのも、また修羅だと思うのだ。実際のところ、愛し合う二人に秘密なんて御法度よ的な姿勢と比べて、どちらが愚かなんだろうと考えてしまったりする。人はきっと、さらけだしすぎるか、さらけだせなさすぎるか、そのどちらかしかできないのだろうけれど。

  延命 ゆり子
  評価:★★★★★

 お互いを思いやりながら、オシャレに普通に暮らしている若い二組のカップル。4人の視点からある一つの幸せな家族の姿が語られてゆく。けれどそれぞれに秘密がある。それぞれに後ろ暗いものを抱えている。幸せな家族は非常に危ういバランスの上に存在していた。それが表立って語られることはないのが、なんとも巧い。
 そして兄嫁の痛々しさに激しく共感。誰もが羨む雑誌の編集者。仕事は出来て、やりがいもある。優しい夫。理解のある舅と面白い姑。それなのに何となく疲れていて、満たされない。夫の家と同居をしてみる。したくもない浮気をする。専業主婦になってみる。静かにもがき続け、救いを求める姿が哀しい。「自信なんかなくてもいいよね?」そのひとことに泣きたくなる。
 はっきり言って私は吉田修一が好きではなかった。やるせなさ過ぎるのだ。人生の辛い部分をえぐりとりすぎるのだ。けれどこの作品にはやるせなさの中にただ一筋の希望がある。信じられる何かがある。疲れている人にそっと寄り添うようなこの小説。吉田修一の紛れもない最高傑作、だと思う。

  新冨 麻衣子
  評価:★★★★

 素人劇団が唯一の趣味である信用金庫職員の浩一、ファッション雑誌の編集として毎日多忙な日々を送る浩一の妻・桂子、浩一の弟で将来に迷う大学生・尚純、尚純の恋人で某有名アパレルの広報の職に採用されて毎日がてんやわんやのレイ。この4人を視点に、見え隠れするそれぞれの人間関係が繊細に描かれる。
 現代的な人間同士の距離感が絶妙。それぞれのパートナーや家族、友人に対して、そして自分自身に対してもこの4人はとても誠実だ。誠実だけど、言わなくていいことは言わない。そしてその「言わなくていいこと」にそれぞれの陰がある。
 今の関係を保ちたいがために、相手の「陰」に踏み込まないし、自分の「陰」も捨てない。それがすべて大事な人のためだと言い切ってしまえば図々しい言い訳に聞こえなくもないが、半分は自分自身のためだというところが何より、共感できる。傷つきたくない、というより、傷つけたくない。そして自分に嘘をつきたくない。そんなよく似た4人の人生が、細い糸で丁寧に絡めとられたような小説だった。とても良かったです。

  細野 淳
  評価:★★★

 本書の静かな描写が、何とも言えずに心を安らかにしてくれる。もちろん、物語であるから、登場人物たちの間に、何らかの出来事が起こり、様々に展開していく。この物語りでは、そのような出来事が起こる瞬間を、巧みに隠したり、描写を避けたりしているのが印象的。春夏秋冬、時を変わるにつれて、人間はもちろん変化していく。でも、季節ごとに区切られている章が進むにつれて、何となくに登場人物たちは、いつのまにか住む場所を変えたり、仕事を辞めていたり、と様々な変化を体験している訳。
 物語の中で比重が置かれているのは、そんな劇的な変化の瞬間の直接的な描写よりも、どちらかといえば主人公たちの内面部分。四人の別々の人物の視点から、その描写が、何だかひっそりと、静かに描かれていく。
 登場人物の多くが自分と近い年齢であり、それぞれが日々の生活で何となく心の中にもっている、不安や憂鬱さのような感情を、何となく同感しながら読むことができた。人間なんて、毎日何かしらの劇的な体験をしていくわけではなくて、気づけば何となく変わっていくものなのかなぁなどと、思ってしまうような作品だった。

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