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勝手に目利き
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早春賦
早春賦
山田正紀
【角川書店】
定価1785円(税込)
2006年1月
ISBN-4048736604
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清水 裕美子
  評価:★★★★

  時代小説。八王子郷では旧武田家臣団の小人頭、小人による千人同心が組織されていた。主人公・風一は卒中で不自由な体の父と二人暮し。武士の血筋といえども半農の生活を送っている。父には武士としての矜持が強く残り、農法に熱心な風一に声を荒げることもある。風一の幼馴染の名前には武田「風・林・火・山」の文字が一つずつ入る。
 大久保長安が駿府で没した後、彼らの身辺が騒がしくなる。爽やかな風と百姓・介護の苦労の場面からあざやかに鋼の音と金臭いにおいに変わる。幕府の思惑がどうであれ、斜面に立ち武士と戦う彼らは泥臭い。のんびりした方言の会話と太刀筋の描写が緊迫感をあおる。
ラスト、侍大将に取り立ててやると誘われた林牙の選択が心地よい。土地を踏みしめる強さがあるからだ。

  島田 美里
  評価:★★★★★

 牧歌的な風景の中でたくましく成長する少年たちが、あまりに素朴でさわやかで、泣けてくる時代小説だ。
 時代は徳川家康の頃。主人公の風一は半士半農の八王子千人同心の息子である。父親は武士の誇りを大切にしているけれど、風一は全く違う。わずかな田畑を耕して、農民として心静かに生きようとする慎ましさがすばらしい。八王子総奉行の没後、その直轄家臣と千人同心の対立により、幼なじみと争うはめになっても穏やかさを忘れない、成熟した人格にはほんとに17歳なのか?とうなってしまう。
 風一を始め、風林火山にちなんだ名の少年たちが登場するが、中でも山坊は主人公になってもいいほど魅力的な人物。力持ちで、ひょうきんで、慈悲深い寺の小坊主だ。「金剛像の立ち姿のよう」という描写があったけれど、ほんとにありがたいものに出逢った気がして、なんだか手を合わせたくなった。
 芽吹いたばかりのやわらかい緑を目にしたような作品だった。タイトルにある「早春」というみずみずしい言葉に似合うきれいな心根に触れられて、とてもうれしい。

  松本 かおり
  評価:★★★★★

 時代小説は苦手のハズだったのに、あれよあれよの一気読み。思う存分どっぷり浸った超快作! まずは方言丸出しの台詞がいい。「あばちゃばするでねえわさ」「はんでめたうっちろ」って、これ意味わかるべか? ほんで主役の風一、林牙、火蔵、山坊の幼なじみの少年4人と、火蔵の弟・火拾。この5人がまあ、なんと生き生きしていることか! 
 スピード感あふれるリアルな戦闘場面がまた凄い。特に後半、火蔵・火拾兄弟が八王子城の攻防で見せる近接戦は圧巻。猛獣のような眼差し、唸りを上げて頭上から迫る槍、艶めく銀光を放つ太刀、飛散る血しぶき。繰り出される超絶技の数々に、生唾ゴクリ。
 打って変わって自然描写も美しい。雑木林に眩いばかりに白々と射しこむ月光、川からたちのぼる陽炎、高く宙に舞う蒲公英の綿毛、山桜、天空を覆う辛夷の花……。血生臭さと山村ならではの長閑さが競い合う、見どころ読みどころ満載の贅沢な作品だ。

  佐久間 素子
  評価:★★

 前半のわくわく感に比べて、後半がずいぶん駆け足で、欲求不満におちいった。個性的な人物そろえて、設定を整えて、さてこれからというところで、あらすじになっちゃいましたよ?というような感あり。ちょっと大げさだが。
 徳川家康の時代、武田家の遺臣たちが集う八王子郷にて、家臣団と半士半農の郷士が反目、幼なじみの若者たちが敵味方になって戦うことになる。それぞれ風林火山を名前の一字にいただく四人の登場には高揚するが、主人公の風一と、行動をともにする山坊は別として、ひねくれものの林牙、敵方にまわる火蔵には結局焦点がほとんどあたらないまま。ある程度、火蔵にも感情移入させてもらわないとなあ。火蔵の弟・火捨と林牙のエピソードなど、ふくらませる部分はいくらでもあるように思うのだけれど。字数の制限があったのかと勘繰りたくもなる。家臣団のたてこもった八王子城に風・林・山が侵入するクライマックス直前までは、そんなこと気にならず、普通に楽しく読んでいたので、よけいに残念な気がしてならない。

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