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沖で待つ
沖で待つ
絲山秋子
【文藝春秋】
定価1000円(税込)
2006年2月
ISBN-4163248501
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清水 裕美子
  評価:★★★

 すべての働く人にー。表題作も併録『勤労感謝の日』も人生と人間関係が主に職場にある女性が主人公。あ、後者はそれを失った失業中のお見合い話です。
『沖で待つ』に登場するのは同期の太っちゃんこと牧原太。住宅設備機器メーカーの同期入社、福岡に配属され営業マンとしてバブル期を共に働いた仲間。恋愛関係はないけれど「仕事のことだったら、そいつのために何だってしてやる。同期ってそんなものじゃないか」という仲間。
(話は飛びますが)人気占星術師・鏡リュウジが脳科学者の茂木健一郎と『オール讀物』で紙上対談。負け犬女性はなぜスピリチュアルに走るのか?というテーマが発展し、社会の構造が生み出した負け犬(30代以上、未婚、子ナシの女)に残されたソリューション(解決・解答)は年下と外国人なんだとか。もしくは着飾ったままで恋愛しない聖なる領域(花屋・小料理屋・出家など)の提案を、と。同じ働く女を語るのにこんなに乖離があるとはな。いや同じなのか?しかし、太っちゃんの幽霊は断じてそのスピリチュアルじゃないと思うのですが。

  島田 美里
  評価:★★★★

 2編とも主人公は女性だけれど、気持ちいいくらい性別を感じない。彼女たちは、ひとりの女である前に、ひとりの人間として生きているのだなあと思う。
 芥川賞受賞の表題作は、同期入社の太っちゃんが急逝した後、主人公の「私」が、生前に彼と交わした約束を果たす物語だ。絶対に果たさなければ!といわんばかりの覚悟が、ちょっと侍っぽい。ふたりの間に男女の関係はないけれど、恋愛に発展しないというよりは、お互いに言い出さないだけのような気がする。夫婦にも恋人にも親友にもなろうと思えばなれるからこそ、あえてどれにもなろうとしないのでは?なんて深読みをしてしまった。
 一方、併録の「勤労感謝の日」の恭子にもまた、女を感じない。失業中の36歳の女が義理でお見合いをし、傲慢でブサイクな男に小馬鹿にされる話なのだが、見合い後の荒れっぷりがいい。ちっとも女々しくないのだ。
 著者の作品を読むと、身ぐるみをはがされた気持ちになる。男も女も意識していない「素」の状態にリセットされて、いろんなしがらみから自由になって、そして楽になるのだ。

  松本 かおり
  評価:★★★

 表題作よりも、併録の『勤労感謝の日』のほうが好きだ。断然おもしろい。読みどころだらけなのだが、特に「トンチキ野郎」相手の見合い場面は痛快そのもの。
 36歳の「私」は「にへらり」と歯茎を剥きだすブオトコ野辺山氏・38歳を前に思うのだ。「コイツトヤレルノカ?」。でたーっ。コレは私も考えますねー、重要問題ですねー、ヤルなんて想像もできない、したくもない男に恋愛感情なぞ持てませんからねー。スリーサイズを聞かれたお返しに「よっぽど、ちんこの長さと直径を聞いてやりたかった」って、聞いてほしかったなあ。ひょっとして、ミリ単位で答えたりするかも。ウヘッ。
 真面目な話、装丁の写真には見惚れた。カバーの海、この深い青と陽射しのコントラストは文句なし。カバーと本体の写真が違うのも気が利いている。扉には、海を遠望する駅のホーム。3枚とも、おそらく同じ海を撮ったものだろう。いい雰囲気の場所だ。

  佐久間 素子
  評価:★★★★

 芥川賞受賞の表題作もあたたかくておかしくて、本当に好きなのだけれど、ここはやはり併録の『勤労感謝の日』について書きたい。へそまがりへそまがり。
 父親の通夜の席で、母親にセクハラを働いた上司を、ビール瓶でなぐってリストラされた36歳の恭子。裏の長谷川さんの仲介で、見合いをする羽目になった一日がえがかれる。それは、荒んだきもちになるのももっともな、さえない一日で、だから、この短編のほとんどは恭子の吐く毒でできあがっている。的確な悪口や、うっとうしくないグチは、誰もが言えるわけではない。マイナスの言葉でつむがれた、マイナス思考の小説に、こんなにも笑わせられ、また、しんみりさせられるのは、稀有なことではないかしら。恭子は、焦りやあきらめに立ち向かう意思をみせるでなく、だからといって屈してしまうわけでもなく、続いていく明日のために夜を買う。誰もが許されるような、静かな夜が優しくて、こちらの心もしずまっていくのだ。

  延命 ゆり子
  評価:★★★★

 絲山秋子は戦っている。何に。理不尽な会社の常識に。有能な人間が潰されていく社会に。
 二編収録。表題作ではない『勤労感謝の日』に胸を打たれた。父親の通夜の席で母親にセクハラを始めた上司にビール瓶で殴りかかり、会社を辞めざるを得なかった女、36歳。いまや無職の婚期遅れだ。「総合職をやめた女に共通する脱力じみた孤独感」を抱え職安に通う日々。しがらみで、勤労感謝の日にしたくもないお見合いをするものの、来たのは開口一番スリーサイズを聞き出す最低男だった。
 一言で言えばバブル世代の悲哀である。女子の総合職とおだてられ、馬車馬のように働かされて、プライドは高く頭もよく、結婚に逃げることも出来ずに身動きが取れない主人公。
 絲山秋子の作品はいつでもやりきれない。それは人間の俗悪な汚い部分をも包み隠さずにそのまま描き出すからだ。主人公の汚さを私も抱えているから、こんなにもやるせないのだ。同じ価値観を持つ人たちとの会話が主人公を救う。そして戦い続ける絲山秋子の存在こそがいつも私を救うのだ。

  新冨 麻衣子
  評価:★★★★★

 表題作はとてもシンプル。事故で死んだ同期入社の「太っちゃん」とのある約束を果たすため、荷物を運び出す前に彼の部屋へ侵入した「私」。同期としての「太っちゃん」と「私」のたくさんのささいなエピソードが積み重なって、唯一無二な信頼関係を浮かび上がらせる。
<仕事によって培われた関係>を正面からシンプルに描いたこの作品はとても新鮮だ。家族でも友人でも恋人でもないけど、必死になったり、ともに達成感を味わったり、一緒に酒飲みながらグチを言って憂さ晴らししたり……、家族にも友達にも恋人にも見せない一面を見せる。そこから生まれる信頼関係は、確実に自分の人生において重要な人間関係に他ならないはずだ。
 もうひとつの短編『勤労感謝の日』も、スコーンと突き抜けた感じが気持ちいい。「母は強し」ならぬ「いっぺん必死に働いた女は強い」ってかんじでしょうか。心強いっす。

  細野 淳
  評価:★★★★★

 表題作の「沖で待つ」は、単なるサラリーマン小説としては片付けられない、妙な感覚を抱いてしまうものだった。もちろん、作者が元会社員ということもあり、作品にリアリティーがあるのは当然のことだ。そんな仕事の世界というものに、「人間の死」という人間的・文学的なテーマを巧みに取り入れていること。それこそがこの作品の最大の魅力であるような気がする。
 この作品で、一番印象的だったのは、パソコンのハードディスクを主人公が傷つける場面。コンピューターの世界って、何だか「物体」というものがまるで無いように思われるけれど、実際にそれを支えているのはハードディスクという「物体」そのもの。そんな「物体」を傷つけることによって得られる、死の感触。その部分の描写が、妙に生々しかったのが印象的だった。
 現在の会社や仕事の世界にも、人間的な感情が入り込む余地は、もちろん沢山ある。でも、それって一体どういう意義があるのだろうか? ともかく色々と考えさせられる作品だ。

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