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荒木 一人

荒木 一人の<<書評>>



小春日和

小春日和
【集英社文庫】
野中柊 (著)
定価540円(税込)
ISBN-4087460266

評価:★

 ふうぅ〜わり。ほのぼの回想録仕立ての一冊。ノスタルジック・ストーリー。徐々に音が小さくなり、消えるような終わり方。印象が薄くモヤッとしたままの読後感。
 三月生の双子姉妹。逗子海岸から歩いて三分程の所、母方の祖母の家で暮らしていた。脳天気な父に、姉は小春・妹は日和と名付けられる。映画好きの母の影響で習い始めたタップダンス。突然舞い込んできた、二人への出演依頼。トマトケチャップのCMが大ヒットしたのをきっかけに、閑かな家庭が狂想曲を奏で出す。
 全体的に心理描写が甘く、のめり込み難い部分もある。双子の歌手、ザ・ピーナッツの「可愛い花」の歌詞をはさむ所は、それなりに面白く、微笑ましい。少女が子供から大人へ、成長する時の、心の揺れが読み手にしみじみ伝わる。

リアルワールド

リアルワールド
【集英社文庫】
桐野夏生 (著)
定価500円(税込)
ISBN-408746010X

評価:★★★★★

 巧みで掘り下げた心理描写、妙に現実感の乏しい主人公達。大人には踏み越えられない世界で生きる高校生達が織りなす世界。一気に読み切った後の、奇妙な徒労感と不思議な背中の冷や汗。桐野ワールドへようこそ。
 高校三年生の夏休み、私の隣家に住む超難関K高校に通うミミズが母親を撲殺し逃走。些細な好奇心から、事件に巻き込まれていく、私を含めた女子高生四人組。ホリニンナ、テラウチ、ユウザン、キラリン。
 ごく平凡に見える高校生達。大人には理解できない、心の奥底にある葛藤。
 偶然なのか?必然なのか?若者達の過度の好奇心や探求心は、時に、その身を滅ぼす。情報過多の現代。人は複雑に成り過ぎたのかもしれない。生きる事はもっと単純で力強い事では無かったのか。全ての行動には責任が伴う、その行動に潔さと覚悟はあるのか?一時の感情や、一方的な価値観の押しつけの代償はあまりに高い。
 そう、取り返しのつかないことは… 確かにある。

いらっしゃいませ

いらっしゃいませ
【角川文庫】
夏石鈴子 (著)
定価540円(税込)
ISBN-4043604041

評価:★★★

 おもしろ受付嬢奮戦記……風小説。格別に上手い、と言う文章では無いが、軽快で読みやすい、数時間もあれば完読。後味は意外とすっきり。
 入社するつもりでは無かった、出版社。しかも、希望していた職種でもない、受付。
 鈴木みのりは、予定とは違う会社で、予定とは違う仕事を始める。毎日、戸惑うばかりの彼女。根が真面目で正義の味方の彼女。「いらしゃいませぇ」になってしまっていた彼女。そんな、みのりが理不尽な会社に対し疑問を持ち出す。
 等身大の受付嬢というと言い過ぎかも(笑)。平凡なOLの平凡な悩みを、日常として綴っている。
 いちいち悩むことは無いのだと、周囲に流されれば良いのだと、世慣れた人は言うけれど。それが、本心なのだろうか。分別くさい顔をして、分かった振りをしていないだろうか。もう一度、自分を振り返ってみるのも悪く無いだろう。

ジャンヌ・ダルクまたはロメ

ジャンヌ・ダルクまたはロメ
【講談社文庫】
佐藤賢一 (著)
定価600円(税込)
ISBN-4062753189

評価:★★

 短編七編から成る、ヨーロッパを舞台にした歴史小説。史実を織り交ぜているのだが、全体的に流して読める。それ故、作品自体が印象にあまり残らず残念な気がする。好みは人間くさいヴェロッキオ親方。主人公達の感情部分にのめり込み難く、登場人物達があまり魅力的に映らない。

救世主ジャンヌ・ダルクとフランス王家の暗部が絡み合う。表題の「ジャンヌ・ダルクまたはロメ」。
勇気凛々、百年戦争に参戦する若者二人が互いに交わした契約とは?!「戦争契約書」。
紀元一四三一年、ラ・ピュセルを裁く陪審員に抜擢された修道士の苦悩とは「ルーアン」。
カスティーリャ国の由緒有る貴族カルデナス家の家紋にある二つのS「エッセ・エス」。
良き師は、良き弟子を育てる。芸術家とし、弟子の才能に嫉妬しながらも……「ヴェロキオ親方」。
築城技術の腕だけを頼りにアントニオはフランス軍と対峙する「技師」。
万能の天才をも、芸術の魅力は狂わせる「ヴォラーレ」。


青空の卵

青空の卵
【創元推理文庫】
坂木司 (著)
定価780円(税込)
ISBN-4488457010

評価:★★★★★

 明るくは無い!痛快でも無い!難事件でも無い! なのに……ものすごく面白く、興味深い作品だった。
 等身大のミステリ、とでも表現すれば良いのだろうか? 日常の些細な事件を、自分の友人が隣で謎解きする様な、異色のミステリ。
 凡庸な家庭に育った型通りのワトソンと、引き籠もり気味で人間嫌いなホームズ。外資系保険会社に勤務の坂木司、コンピュータ・プログラマの鳥井真一。愛すべき人間坂木。大人の視点で推理し、子供の純粋さで語る鳥井。登場人物達は非常に人間くさく、善悪両方を持ち合わせ、状況や気分で揺れ動く。そして、日常の些細な事件を解決していく。絶妙な二人が織りなすコンビ探偵シリーズ。
 人間達の社会は繁雑で悪意に充ちているのだろうか?良心も有ると思いたい。
 事件を解決する毎に、登場人物が増えてくるのも面白い。次のシリーズも是非読んでみたい!

わたしたちが孤児だったころ

わたしたちが孤児だったころ
【ハヤカワepi文庫】
カズオ・イシグロ (著)
定価987円(税込)
ISBN-4151200347

評価:★★★

 キーワードは「記憶」。ただ淡々と、主人公により語られる探偵物語。起伏は乏しい……なのに記憶には残る。時間軸の使い方が一定では無く、非常に興味深い。日本とイギリス、二つの文化を併せ持つ著者による、不思議な作品。
 ケンブリッジ大学卒業、クリストファー・バンクス。彼には探偵を目指す明確な理由があった。世界中から悪を葬り去ると言う理由が。前半では、誕生日に二人の友人から貰ったチューリッヒで製造された拡大鏡を武器に、探偵を志す。後半は、社交界で名声を得て一人前になったクリストファーが活躍する。日中戦争まっただ中、魔都上海に舞い戻り、自分が孤児になってしまった謎を探る。
 人は、他人から悪意を向けられても、存在しないかの様に無視されるより、少しはましなのかも知れない。最後は、消え入る様に…… 「わたしたちが孤児だったころ」この題名を繰り返し考えずには居られない。

地球の静止する日

地球の静止する日
【創元SF文庫】 
レイ・ブラッドベリ 、シオドア・スタージョン他 (著)
定価1050円(税込)
ISBN-4488715028

評価:★★★★

 六編(うち五編は本邦初訳)から成る、SF映画の原作短編集。なかなか面白かった。著者達はあまりに有名なので紹介の説明が必要無いくらい(笑)。SFファンには堪らない超有名どころによる、アンソロジー。
 趣味の問題(レイ・ブラッドベリ)、ロト(ウォード・ムーア)、殺人ブルドーザー(シオドア・スタージョン)、擬態(ドナルド・A・ウォルハイム)、主人への告別(ハリイ・ベイツ)、月世界征服(ロバート・A・ハインライン)
「閑かなる棲息」、「主観の相違」、「生命の定義」、「理性有る蛮勇」、「主従の逆転」、「悲惨な結末」。(目次通りの並びには、故意にしていませんので悪しからず。)
 単なる娯楽作品だと思い読むと、手非道い目を見る気がする。著者達が込めた思いは、啓示なのか?教訓なのか?それとも、シニカルな笑いが欲しかったのだろうか? 
 全作品を通し、人間を見つめ直すきっかけに成るかも。映画の「宇宙戦争」や、アニメの「風が吹くとき」を何となく思い出してしまった。

イノセント(上)

イノセント(上下)
【ランダムハウス講談社文庫】
ハーラン・コーベン (著)
定価819円(税込)
ISBN-427010029X
ISBN-4270100303

評価:★★★★

 上・下巻、二冊なので、ボリュームが有るのかと思いきや、登場人物の台詞が多く、軽く読める。アンソニー賞、シェイマス賞、エドガー賞の初のトリプル受賞作家。(中でもファン投票で決めるアンソニー賞受賞で一躍脚光を浴びた。) 
 マット・ハンターは、二十歳の大学時代に不運と不幸の双子により、正当防衛とはいえ、人を殺してしまう。判決は、四年の過酷な刑務所暮らし。兄バーニーの導きにより、法律事務所でパラリーガルとして平凡だがまっとうな生活を手に入れていた。最愛の女性と結婚し、幸せな生活がずっと続くと思っていた。携帯電話に送られてきた妻からの画像。再び、マットの運命を悪魔が弄ぶ。
 上巻は、リアリティが有りすぎて恐いくらい。誰にでも起こりそうな出来事。そう、そこのあなたにも! 下巻の最後の方は……ちょっと遣りすぎ。(私的には結構好きなのだが) 伊達に三賞獲ってないです。プロットの上手さと、スピード感は抜群。読後感は、幸せってこんな感じかなぁ。