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アノヒトの読書遍歴 姜尚中さん(後編)

白土三平のマンガから
科学の限界を学んだ


 野球を熱中するスポーツ少年から、漱石を愛読する内省的な青年へと変わっていった姜尚中さんの青春時代。"難しい本を読む学者"というイメージがある姜さんですが、当時はマンガも熱心に読んでいたそうです。

 「マンガは貸本時代から読んでいました。好きだったのは手塚治虫(『鉄腕アトム』)と白土三平(『カムイ外伝』)。でも、このふたりの作品はテーマが正反対。自分でも『どうして好きなんだろう?』と思っていました」(姜さん)

 科学の発展をテーマに据えた手塚治虫に対し、白土三平は自然との共生。"科学の子"と"自然の子"の対立は、「今振り返ると、実に深遠な意味がある」と姜さんは言います。

 「それは、人間はやはり"科学の子"ではダメなんだということ。人間の歴史や社会を考えたときに、"自然"を置いていったことによる弊害を、白土さんは感じていたのだと思います。手塚さんの作品は確かに魅力的。『科学の力で人間はこれだけのことができる』という夢を見せてくれる。だからこそ、私も含めて、当時の子供たちは夢中になれた。反対に、白土さんのマンガは、『人間はしょせん自然の中でしか生きられない』ということを示していました。その気づきが、自分にとって大きな経験だったのです」

 近年、原発事故などで科学に頼った文明の問題点が次々と浮かび上がっています。「僕の直感的な印象では、"科学の子"というメッキが徐々にはがれてきている」と姜さんは今の日本を評しますが、そんな時代に求められる"知識人"の役割とは、どんなものなのでしょうか?

 「現代は情報化が進んだとはいえ、学者には何らかの専門家としての価値があると思われています。しかし、肝心の学者の方が、普通の人に分かる言葉で話そうとしていません。旧来のアカデミズムは自分たちの権威を守るために、ジャーゴン(専門用語)ばかり使ってきた。難しい言葉で話すから、周囲から権威と思われ、威厳を保つことができていた。ですが、学問の力は人に『見えないものの価値を伝える』こと。難しい言葉ばかりでは、世の中の人に伝わらない。もっと自由に、形式を問わず語ることで、普通の人には見えない社会の仕組みとか、世界の成り立ちについて伝えることができるはず。専門的ではないと批判されますが、私がエッセイや小説を書くようになったのは、そうしたものを通じて、広く学問の力を知ってもらう手助けになればと思ったのです」

 アカデミズムを超えて活動する姜さんの活動の根底には、「学問の力を世の中に伝えたい」という思いがあったのです。3月から朝日新聞社と集英社が合同で行う教育プロジェクト「本と新聞の大学」ではモデレーターも務めるなど、ますますその活動の幅は多岐に渡っています。

 最後に、姜さんから"知"を深める本の読み方についてアドバイスを。

 「『ふむふむ』と納得できるものばかり読まないようにする。納得できるということは、自分の世界の"中"で理解できてしまうということでもあります。『ふむふむ』ばかりでは、自分の世界はあまり広がっていきません。反発を感じる本にも触れてみることで、今までと違った視点を身につけることができるのです」


<プロフィール>
姜尚中(カン・サンジュン)

1950年、熊本県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。旧西ドイツ、エアランゲン大学に留学の後、国際基督教大学助教授・準教授などを経て、現在、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍する。近著に『あなたは誰? 私はここにいる』(集英社新書)など。3月からは、いま、世の中に必要とされる"知"を提供するプロジェクト「本と新聞の大学」のモデレーターを務め、白熱講義を展開する。
本と新聞の大学公式HP 

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