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第15回:目黒 考二さん (めぐろ・こうじ)

目黒考二

まさに、この『WEB 本の雑誌』で、『中年授業』を連載中の目黒考二さん。やはり『WEB 本』上での連載だった『今週の一冊』が『だからどうしたというわけではないが。』として本になったばかりでもあります。
蔵書については「2万冊を越えたのが15年前。それ以来、数えていない」とか。そんな言葉に裏打ちされた遥かな読書道と、人生を変えた本についてお聞きしました。

(プロフィール)
1946年東京生まれ。明治大学文学部卒。75年椎名誠らと「本の雑誌」を創刊。同誌の発行人に。2001年から顧問。また、北上次郎として冒険小説を中心に評論を発表。主な著書に『冒険小説の時代』(集英社)、『活字三昧』『活字学級』(角川文庫)等がある。

【読書のはじまり】

だからどうしたというわけではないが。
『だからどうしたというわけではないが』
目黒考二(著)
本の雑誌社
1,680円(税込)
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点と線
『点と線』
松本清張(著)
文芸春秋
3,150円(税込)
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黄土の奔流
『黄土の奔流』
生島治郎(著)
双葉社
800円(税込)
※品切・重版未定
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聖少女
『聖少女』
倉橋由美子(著)
新潮社
460円(税込)
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――このWEBで連載されていた『目黒考二の今週の一冊』が『だからどうしたというわけではないが。』というタイトルで本になったばかり(2002年10月25日)ですが、実際の読書歴はどのようにはじまったのでしょう?

目黒 : 最初は中学の頃、野球がらみだったんです。学校の野球部とかじゃなくて、友だちとチームを作って管轄の警察の少年課に届けを出せば、その地区の大会に出られるというのがあった。僕は池袋のほうだったから、東長崎にあった立教大学の野球部のグラウンドで練習してて、ちょうど長嶋が巨人に入った後だったから直接は会ったことはなかったけど、同じグラウンドで練習してたわけですよ。それで、その野球チームに入れるのは中学までで、だから中3の春休みに最後の練習を終えて友だちとだべりながら帰ってたら、その中に小説の話をするやつがいてね。

――それまで小説との関係はどうだったのでしょうか?

目黒 : 何にもない。本なんて読んだことなかった(笑)。野球と映画ばっかりで。西部劇が好きで、ジェームズ・スチュワート主演の『ウインチェスター73』なんかをリバイバルで見てた。だから小説の話だって、一緒に野球やってた友だちの話だから興味をもったけど、他のやつだったら「何、言ってんだ」って感じだったかもしれない。

――チームメートと何の本について話していたのですか?

目黒 : 近所に貸本屋っていうのがあるとか言ってて。それで、行ってみたんです。最初に借りたのが松本清張の『点と線』。これが中3の少年にはおもしろくて。店には古い本が多かったけど、それまで本を読んでないこっちにとってはどれも新刊みたいなものだったし。笹沢佐保、黒岩重吾、源氏鶏太をよく読んでたのを覚えてます。通ううちに、目に飛び込んできたのが生島治郎の『傷痕の街』で。横浜が舞台で、僕が読んだ版には写真がいっぱい入ってた。生島さんは海外のハードボイルドを日本に持ちこもうと努力した人で、『黄土の奔流』もよかったな。その後、僕は冒険小説に深入りするようになるんだけど、それも生島治郎の影響だったと思う。

――同時に翻訳ものも読まれていたのでしょうか?

目黒 : その貸本屋に翻訳ミステリーはあまりなかったから、読んでなかった(笑)。

――高校時代はまさにその貸本屋さんに入りびたっていたわけですね。

目黒 : そう。だから、まだ本を買うということを知らなかったんだよね(笑)。池袋の本屋に行くことはあったけど、参考書を買うだけ……。貸本屋は本当にせまい店で、2人ぐらいしか店に入れない。3人目の客が来ると、あんまり来ないんだけど、誰かひとりでなきゃいけない(笑)。そこで店のオバちゃんと話したり、常連と話したりしてた。でも、世間的には貸本屋は冬の時代で、その店も組合を抜けてしまって、新刊がまったく入ってこなくなった。それが僕が大学に入った頃かな。そこで、オバちゃんと契約をしたわけ。

――契約ですか、どのような?

目黒 : 大学が明治で毎日、神田に通ってたから、そこの本屋で新刊を買い付けて、オバちゃんに渡す。渡すまでは僕がタダで読んでいいっていうのが契約。倉橋由美子の『聖少女』が読みたかったんだけど、高くて自分では買えなかった。それで、僕が買いつけて店に入れてもらうことにしたり。その後も、27、8歳ぐらいまでその店に通ってたかな。でも、その間に『聖少女』を借りていった客は2、3人しかいなかったって言われたけどね(笑)。

――大学時代には読書はどう広がっていったのでしょう?

目黒 : やはりミステリーが多かったけど、横溝正史とか古いものも読んだり。それまで、まったく読んでなかったいわゆる文学も読むようになった。ちょうど注目されていた「第三の新人」の中では安岡章太郎をいちばん熱心に読んだかな。日曜日には10冊ぐらい本を読んでたし、映画は1年に365 本見るようにしてた。でも、本は今のほうが読んでるな。

――エンターテイメントが中心で、そこに「文学」が加わっていったわけですね。

目黒 : 当時は、まだエンターテイメント小説という言葉がなくて、娯楽小説とか中間小説とか呼ばれてたけどね。それで、大学の先輩に時代小説に詳しいのがひとりいて。菊池仁といって、今も『本の雑誌』に書いてもらってるんだけど。それで、菊池仁に読むべき時代もののリストを作ってもらったんですよ。それを頼りに読んでみたら、全然おもしろくなくて(笑)。リズムが間延びしてるみたいで全然ついていけなかった。彼は初心者向けのおもしろいのじゃなくて、いい作品を選んでしまったんだろうね。柴田錬三郎だって、時代小説初心者もおもしろく読める『赤い影法師』とかじゃなくて、『剣は知っていた』だったし。

――では、初心者向けのものを自分で見つけたのですか?

目黒 : 菊池仁のリストのせいで、時代小説からは遠ざかってしまって(笑)、本格的に読むようになったのはそれから15年経って、隆慶一郎に出会ってからになっちゃった。

――読書の紆余曲折ですね。

目黒 : それと、大学時代にもうひとつ覚えたのは古本屋通いでしたね。やっぱり大学の先輩たちと古本屋に行って、その後、喫茶店で買ったものを批評しあう。それが楽しかった。僕にとっては通い慣れてる貸本屋と同じぐらいの値段で本が自分にものになるっていうのが驚きだったし。谷崎潤一郎や横光利一を最初に読んだのも古本屋で買ってだった。

【人生を変えた本たち】

刑事の誇り
『刑事の誇り』
マイクル・Z・リュ−イン(著)
早川書房
861円(税込)
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――これまでの人生に大きな影響を与えた本を挙げていただけますか。

目黒 : 何だろう? まず思いつくのはマイクル・Z・リューインの『刑事の誇り』かな。リューインの作品に登場してたリーロイ・パウダー警部補が主人公になったシリーズの第二作だけど、パウダーってイヤなやつなんだよ。仕事はちゃんとやるんだけど、愛想がなくて、ゴツゴツしてて。でも、それが胸にしみちゃって。僕は「気難しい余計者」って名付けました。読んだのは30代後半ぐらいで、それまで僕にも人に理解されたいって気持が強かったようで、人に会うとすごく疲れてたんですよ。それが、パウダーを読んで他人にどう思われてもいいやって思えるようになった。

――作品としてはハードボイルドになりますよね。

目黒 : 僕の場合、冒険小説は読めてもハードボイルドがちょっと苦手だったりしたんです。観察者の文学なんて呼ばれたりして、大人向けのイメージがあったんです。それがパウダー警部補で胸にしみるようになった。エンターテイメント以外では、草森紳一『底のない舟』、今江祥智『子どもの国からの挨拶』、春日井建『未成年/行け帰ることなく』……。

――『底のない舟』というのは?

目黒 : これはエッセイ集です。ただ、説明がむずかしい。迷っていた自分がこれを読んでふっきれたというところがあったけど。

――肩を押してくれたわけですね。

目黒 : そうかもしれないですね。その意味では『子どもの国からの挨拶』も同じです。児童文学の評論集なんだけど、これもやっぱり『本の雑誌』を作ろうとしてた頃に読んだから、本を評価する基準について考えてる自分と重なって、とても刺激的な本でした。春日井建の『行け帰ることなく』は歌集です。日々の乱読の中で手に取ったんですが、すごくしみました。

機械の中の幽霊
『機械の中の幽霊』
アーサー・ケストラー(著)
筑摩書房
1,529円(税込)
※品切・重版未定
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――エンターテイメントあり、児童文学あり、歌集あり。

目黒 : こんなのもありますよ。アーサー・ケストラー『機械の中の幽霊』。進化について書かれた生物学の本です。椎名誠とも生物学への興味は一致するんです。僕は生物学への興味がまずあって、そこからSFに入っていった口です。

――今、現在の読書についても教えてください。新しい読書の傾向みたいなものは出てきていますか?

目黒 : 青春小説を読まなくなりましたね。というか、共感できなくなった。今、胸がキュンとなるのは、佐江衆一『花下遊楽』だったりする。ガンを宣告された50代の男が、やはり死を宣告された女性と出会う話……。何も起きないんだけど、すごくいいと思ってしまうんですよ。中年ものといえばいいのかな。

――まさにこのウエブ上でも、『目黒考二の中年授業』という新しい連載が始まっていますね。(注:2006年10月終了)ところで、今、蔵書は何冊ぐらいあるんでしょう?

目黒 : 2万冊を越えたのが15年前で、それ以来、数えていません(笑)。

――本を買われる場所は決まっているのですか?

目黒 : 地元の本屋さんも行くし、神田にも通ってます。古本屋を何軒かのぞいて値段を比べたり(笑)。何冊買っても、本だけは重さが気にならないんですよ。

(2002年11月更新)

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