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第37回:角田 光代さん (かくた・みつよ)

角田光代さん

一途に恋する女の子の心理、恋人同士のリアルな会話、家族たちの微妙な関係性…。そしてのびやかに綴るエッセイの数々。とにかく、何を書かせてもうまい!というのが角田さん。ちょっぴり毒気のある視点の持ち主でもありますが、実際お会いしてみると、ご本人は非常に腰が低くて、可愛らしい人。そんな彼女、お話もやっぱり面白かったのでした。

(プロフィール)
1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。90年「幸福な遊戯」で「海燕」新人文学賞を受賞しデビュー。96年「まどろむ夜のUFO」で野間文芸新人賞、98年「ぼくはきみのおにいさん」で坪田譲治文学賞、「キッドナップ・ツアー」で99年産経児童出版文化賞フジテレビ賞、2000年路傍の石文学賞を受賞。2003年「空中庭園」で婦人公論文芸賞を受賞。著書に「みどりの月」「これからはあるくのだ」「エコノミカル・パレス」「愛がなんだ」「トリップ」など多数。

【本のお話、はじまりはじまり】

長くつ下のピッピ
『長くつ下のピッピ』
アストリッド・リンドグレーン (著)
岩波少年文庫
714円(税込)
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ちいさいモモちゃん
『ちいさいモモちゃん』
松谷 みよ子 (著)
講談社
1,050円(税込)
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いやいやえん
『いやいやえん』
中川李枝子/さ
大村百合子/え
福音館書店
1,260円(税込)
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坊ちゃん
『坊ちゃん』
夏目漱石 (著)
日本文学館
840円(税込)
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――読書に目覚めたのはいつ頃ですか?

角田 光代(以下角田) : 私、小学生低学年の時が、人生で一番本を読んだと思うんです。

――なんと。その頃は何を読みました?

角田 : 幼稚店の頃は絵本で、小学校に入ってからは幼年童話ですね。『ちいさいモモちゃん』とか『長くつしたのピッピ』とか『メアリ・ポピンズ』とか。国内外問わず、子供向けのものを片っ端から読んでいました。あと、『小鳥の飼い方』なんていうハウツーものも(笑)。親に勧められたわけでなく、自発的に読んでいましたね。

――文学少女だったんですね。

角田 : 昼間は野山を駆け回っていて、夜になるとひたすら本を読むという。

――本が好きになるきっかけはあったのでしょうか。

角田 : 私は早生まれなので、保育園に行くとみんなよりも小さくて。他の子ができることもできなくて、うまく喋れなくておしっこが言えなくておもらしするような子だったんです。それで、他とのコミュニケーションは取れないけれど、本を開いていればとりあえず時間が過ぎる、ということを知って、読むようになったんです。

――消極的な理由だったんですね…。

角田 : はい。

――特に好きだった本は?

角田 : 小学校1年生の時に読んだ『いやいやえん』とか『ちいさいモモちゃん』ですね。モモちゃんのシリーズは特にものすごく好きで、好きなあまり大きくなったら作家になろう、って決めたんです。

――そんな小さい頃に決意を…。ちゃんとなったんだから偉い!

角田 : 執念深いんです(笑)。

――やっぱり児童文学の作家になろうと?

角田 : そうですね、その頃は児童文学しかしらなかったので、そう思っていました。成長してから大人の小説を読んでからは、ああ、こうなりたいと思うように。

――その頃から創作活動もしていたりして…。

角田 : 小1の頃から作文をよく書いていて、その中でお話風のものもありました。今でもとってありますけれど、アホくさい話です(笑)。

――その後はどんなものを読んだのですか?

角田 : 夏目漱石の子供向けのものですね。『坊ちゃん』とか。それと、少年少女シリーズみたいなものを読んでいました。小学6年生の時に、宮沢賢治の童話が好きになりました。

――国内の作品に限定されてきましたね。

角田 : 高学年になるにつれて、海外ものは挫折しまして。分からない単語が出てくるんですよ。グレービーソースとかピーカンパイとか。どういうものか想像できないのが嫌だったんです。ピーナツバターも私たちが知っているものと違うものみたいだし。日本語のものだと、言葉がわらからなくても想像できますから。

――読む本はどうやって決めていたんですか?

角田 : 学年が下の頃は図書館にあるものや親が買ってくれたものなど何でも手近にあるものを読んでいました。高学年になると、少年少女シリーズのような、同じ版型のものに心を奪われて。同じ作家のものを、というより同じ版型のものを読んでいました。

【中学、そして高校時代】

走れメロス
『走れメロス』
太宰治 (著)
偕成社
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人間失格
『人間失格』
太宰治 (著)
小学館
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――中学生になってからも日本文学中心で?

角田 : そうですね。相変わらず本は好きだったんですが、1年生の頃は何を読んだらいいか分からなくて。でも中2、中3で太宰を読んでいましたね。『走れメロス』は1番はじめに読んだのでよく覚えています。自覚的に好きだったのは短編集の『女生徒』とか、『人間失格』

――多感な時期に『人間失格』を読んだわけですね。

角田 : そうですね。ガーンときました。分かってくれている、とか思いましたね。

――太宰以外は?

角田 : 古典的名作を中心に読んでいました。教科書に出てきて名前を知って、そこからちょっと読んでみるパターンが多かったですね。

――当時、国語は得意だったのでは?

角田 : 国語と作文は出来て、あとは全滅でした(笑)。中学生になってからは作文に心を砕いていたんです。私は中高一貫教育の学校に通っていたんですが、学校全体で年に一回、よく書けた作文を集めて本を作っていて。それに結構載っていたんです。最後のほうは作文が載ることを1年の目標にしていたくらい。

――高校時代はどんな読書を?

角田 : それが、本を読まない時期もあったんです。何を読んでいいのか、分からなかったんですね。今でいうヤングアダルト小説もなかったし、実生活のほうが忙しいこともあって。忙しいといっても、内面的にすごく揺れ動いていてウツウツとしていて、自分の悩みを悩むことで忙しかったんです。

――読書を復活したきっかけは。

角田 : 高校三年生で進路を考えた時、やっぱり作家になりたいと思って、世の中にどんな作家がいるのか気になって、名前の知らない現代作家のエッセイなどを読んでいました。タイトルも内容も忘れてしまいましたが、読み出したらやっぱり読書が好きなんだという気持ちに戻って、また太宰を読んだり、梶井基次郎を好きになったりしていました。

【大学でカルチャーショック】

――大学は早稲田ですよね。どの学部に?

角田 : 第一文学部の文芸専修というところ。創作科ですね。読書よりも書くほうに重点をおいていて、宿題が小説だったり詩だったり。私は小説家になりたかったので、宿題以外にも、ものすごく書いて先生に「読んでください」って送りつけていました。

――同級生と文学談義をしたり…?

角田 : それが、最初の年は専修に分かれず一般教養を受けているんですが、その、1年次のクラスコンパに参加したら、みんなが文学談義をしていて。私は田舎の女子校で、本当に狭い世界で育ったので、みんなの話していることが1個も分からなかったんです。私が読んできたのは教科書に載っているような人たちなんですが、みんなが話しているのは大江健三郎とか中上健次とか武田泰淳とか。あと当時宮本輝がすごく人気があって、名前が挙がっていましたね。でも私にはちんぷんかんぷん。2度とクラスコンパには出ないぞと思いました(笑)。

――「大江ってさあ〜」なんて、偉そうに話したりしてたんでしょうね、きっと。

角田 : そうそう!! それで、私は頭の中で「誰?誰のこと?」って思っていて。でも聞けない雰囲気があって、辛かったですね。

――それで慌てて大江を読んだとか?

角田 : いえ、読まずじまいです(笑)。

――じゃあ、大学時代も現代作家はあまり読まなかった?

角田 : 1、2年の時に村上春樹を読んで、同じ言葉で話す人の文章をはじめて読んだ、と思いました。それまではほとんど旧かなづかいの人の本ばかりでしたから。あとは、やっぱりあまりにも知らないことが多すぎると思って、一生懸命いろんな本を読んでいましたね。澁澤龍彦とか。大学生になったって感じですよね(笑)。大学の後期になってからは、内田百閧ニか尾崎翠、梅崎春生なんかを読んでいましたね。クラスコンパで「内田はさあ〜」なんて言うようにはなりませんでしたけれど(笑)、自分には好きな作家がいる、という思いは強かったです。

冥途
『冥途』
内田百 (著)
パロル舎
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サラサーテの盤
『サラサーテの盤』
内田百 (著)
筑摩書房
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――内田百閧ヘ何を?

角田 : 最初に読んだのはエッセイで、こんなに面白いものがあるんだ、と思いました。小説は『冥途』『サラサーテの盤』なんかが好きですね。今ここに現実があっても、次の角を曲がった瞬間まったくの異界が広がっているかもしれないっていうような小説。私も、今私は生きているけれど、この足の下ではまったく違うことが進行していて、いきなりスポッとはまってしまうかもって考えていたので、そうした突然異界に入る小説って、すーっと自分の中に入ってきました。

【作家デビューの頃】

――作家デビューは23歳の頃ですよね。

角田 : はい。卒業して1年後にデビューしました。23歳の頃は、村上龍さん、山田詠美さん、吉本ばななさんとかを読んでいましたね。それこそ、小説家になるためにはどの文芸誌に応募するべきか探るために、各賞の出身者たちの作品を読んでいました。もちろん、海燕の代々の受賞者の作品とかも。

――そして海燕で新人賞を取るわけですが、海燕に決めた理由は?

角田 : 傾向と対策で見ていくとですね(笑)、海燕って若い女性の受賞が多かったんです。それに、比較的緩やかというか、23歳の私が23歳の目線で狭い世界のことを書いても、自分の言葉を持っていれば賞をくれる、と感じました。

――素晴らしい読みですね。受賞してからは、読書道に変化は?

角田 : 授賞式の二次会に行ったら、みんな年上の作家さんたちばかりで、そこでも私はバカでみんなが喋っていること何ひとつ分からなかったんです。それで「誰それは読んだ?」と聞かれて「それ誰ですか?」と答えて、「君は何も知らないんだね」と何十人にも言われたんです。もう、赤子状態で、何も読んでいないことに等しいくらいだって、気づいて、そこから一生懸命読み始めました。だから、作家として書き始めると同時に、読み始めたともいえますね。

――どんな作品を?

角田 : それが、覚えていないんです。名前をどこかで聞いた人の作品は片っ端から読むようにしていたんですけれど…。23歳から28歳まで幅を取っていいなら(笑)、好きな作家はたくさん見つけました。リチャード・ブローティガン、レイモンド・カーヴァー、チャールズ・ブコウスキー…。ミラン・クンデラも一時期好きでした。例えば、ブローティガンなら『東京日記』や『突然訪れた天使の日』といった詩集が好でしたね。それまで詩を読んだことがなかったのだけれども、言葉のフィット感がすごくありました。

――日本人作家では。

輝ける闇
『輝ける闇』
開高健 (著)
新潮社
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角田 : 開高健がすごく好きで。あとは武田百合子さんとか。開高健は『輝ける闇』をはじめて読んだ時のショックはものすごく大きかった。まず、著者の言葉に対する執念みたいなものに圧倒されました。ものすごい勢いで言葉というものに取り組んでいて、ハッとさせられる。それに言葉が動いている感じで、息苦しくて読めないくらいみっちりしていて、それでも読ませる力がある。あと、書く姿勢がものすごく誠実。そのことにびっくりしました。

――角田さん自身の文体に影響を受けたりは…。

角田 : 真似したくてもできないですよね。ただ、書くことに対する姿勢のあり方みたいなものは、近づきたいというか、そうありたいと思っています。

――さきほど23歳から28歳まで、と設定したのは?

角田 : 開高健を読んだのが28歳なんです。

――エポックメイキングだったんですね。

角田 : そうですね。

――では、開高健以後は?

角田 : 何でもよく読むようになりました。それまでは死んだ人のものが多かったんですけれど、同世代も読もうと決めて。同世代の作家を読むようになって…。

――角田さんのひとつ下の、68年生まれの作家さんとか多いですよね。吉田修一さんとか、柳美里さんとか、戸梶圭太さんとか…。

角田 : あ、みなさん読んだことあります。全作品ではないですけれど。

――角田さんが戸梶さんを読むとは、ちょっと意外。

角田 : そうですか? 私、漫画家の根本敬さんが好きなんですが、この人は文学で根本敬をやろうとしてるんだなって思いました。あ、68年生まれといえば、森絵都さんもそうですよね。私、大好きです。

――森さんの魅力はどこに?

角田 : ものすごく強い肯定感。あるがままのものを肯定している人だなって思いました。『カラフル』『永遠の出口』が好きですね。

――ほかにはどんな作家さんを?

角田 : 新刊が出たら必ず買うのが藤野千夜さんと桐野夏生さん。藤野さんは『彼女の部屋』、桐野さんは『リアル・ワールド』が好きですね。私、1、2年前からミステリーを読み始めて。それまで全然読んだことがなかったので、もう、驚きの連続で。宮部みゆきさんの『火車』を読んで、1週間くらい人を語り合ったりしています(笑)。最近では野沢尚さんの『深紅』を読んで、人と語り合いましたね。そうそう、私、この年になって今年はじめてジョン・アーヴィングを読んだんですよ。『ガープの世界』『ホテル・ニューハンプシャー』。本当に、驚きました。あまりに面白くて!

カラフル
『カラフル』
森 絵都 (著)
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永遠の出口
『永遠の出口』
森 絵都 (著)
集英社
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彼女の部屋
『彼女の部屋』
藤野 千夜 (著)
講談社
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リアルワールド
『リアルワールド』
桐野 夏生 (著)
集英社
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火車
『火車』
宮部 みゆき (著)
新潮社
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深紅
『深紅』
野沢 尚 (著)
講談社
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ガープの世界〈上〉
『ガープの世界〈上〉』
ジョン・アーヴィング (著)
新潮社
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ホテル・ニューハンプシャー〈上〉
『ホテル・ニューハンプシャー〈上〉』
ジョン・アーヴィング (著)
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【読書スタイル】

庭の桜、隣の犬
『庭の桜、隣の犬』
角田 光代(著)
講談社
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対岸の彼女
『対岸の彼女』
角田 光代(著)
文藝春秋
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――角田さんは相当数書かれていますが、読む時間はあるのですか?

角田 : 仕事場のキッチンを喫煙所にしているんですが、そこに読みかけの本を置いておいて、煙草を吸う時に読むようにしていると、2、3日で一冊読み終わります。あとは電車に乗っている時と、お風呂場にいる時と、眠る前に読みますね。

――本を選ぶ基準は。

角田 : とくに何も参考にしていません。23歳の時に無知だバカだと言われたことの弊害か(笑)、未だ何も知らないので、好きなものだけ選んでいると偏ってしまう。なので、好き嫌いの枠を取り払っています。今ちょうどいいことに書評の仕事もいくつかしているので、何でも読んで合えば合う、合わなければ合わないと割り切ることにしています。その中で、ミステリーのようにすごく面白いものとの出会いもあるので。

――最後に、最近出された『庭の桜、隣の犬』は珍しく夫婦の話ですね。

角田 : 結婚に興味があって。

――ええっ!

角田 : いえ、私たちの世代の結婚観というものに、どちらかというと悪い意味で興味があって、それで書いてみようと思ったんです。

――そうでしたか。

角田 : あとは『対岸の彼女』も刊行されたばかりなんですが、はじめてすごくたくさん書いたんです。500枚。これは女性の友情ものです。

(2004年11月更新)

取材・文:瀧井朝世

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