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第74回:万城目学さん (マキメ・マナブ)

万城目 学さん 写真

京都の大学生たちが、小さなオニを操って戦うという奇妙キテレツなホルモーなる競技。奇想天外な青春譚『鴨川ホルモー』で06年第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞してデビューした万城目学さん。この作品が各メディアで話題となり、07年発表の第2作『鹿男あをによし』は直木賞候補に。あっという間に人気作家となった青年は、どんな読書遍歴を辿ってきたのか? とっても気さくな万城目さん、読書話も愉快です!

(プロフィール)
1976年大阪府出身。京都大学法学部卒。
2006年、『鴨川ホルモー』で第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞しデビュー。第2作『鹿男あをによし』は直木賞候補に。

【デパートの本屋で】

――万城目さんは大阪出身ですよね。幼い頃はどんな本を?

万城目 : 幼稚園の頃は、なんていうんだろう、横に細長い絵本が家にいっぱいあって、それが好きだったことを覚えています。覚えているのは『はじめてのおつかい』『しょうぼうじどうしゃじぷた』『だるまちゃんとてんぐちゃん』『たんたのたんけん』『ぐりとぐら』…。『ひとまねこざる』のシリーズや、人間が落とした手袋に、動物たちがどんどん入っていくという『てぶくろ』なども読みましたね。

はじめてのおつかい
『はじめてのおつかい』
筒井頼子(作)
林明子(絵)
福音館書店
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しょうぼうじどうしゃじぷた
『しょうぼうじどうしゃじぷた』
渡辺 茂男(作)
山本 忠敬(絵)
福音館書店
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だるまちゃんとてんぐちゃん
『だるまちゃんとてんぐちゃん』
加古里子(著)
福音館書店
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ぐりとぐら
『ぐりとぐら』
なかがわ りえこ (著)
おおむら ゆりこ (著)
福音館書店
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たんたのたんけん
『たんたのたんけん』
中川李枝子(作)
山脇百合子(絵)
学研
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ひとまねこざる
『ひとまねこざる』
H.A.レイ(著)
岩波書店
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てぶくろ
『てぶくろ』
エウゲーニー・M・ラチョフ(著)
福音館書店
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――どれもロングセラーで懐かしい! その頃、好きなテイストなどはあったんでしょうか。

万城目 : 絵柄を覚えていたりしますね。ひとまねこざるのジョージがスパゲティを食べているシーンの絵を見て、おいしそうだなあと憧れて、あの時からスパゲティが好きになりました(笑)。『ちびくろさんぼ』のパンケーキがものすごくおいしそうに見えるのと一緒で。絵は、線が細くてちゃんと造形があるものが好きですね。輪郭がぼやっとした抽象的な絵よりも、縁取りがちゃんとあるもの。

――自主的に本を読んでいたんですか。

万城目 : 当時は穏やかな世情で、百貨店とかに行くと、母親が子供を本屋において1時間や2時間、買い物していたんです。その間に僕は絵本を選んでいました。絵本コーナーに、昔の江戸時代に描かれた地獄絵図が載っている本もあって、たまに人間が鬼に粉みじんにされている絵とかを見て「うっひょー、なんてこったい」と思っていました(笑)。

――怖くなかったんですか。

万城目 : 本は大丈夫でした。ホラー映画は絶対ダメです!

【青い鳥文庫&ポプラ社文庫が双璧】

車のいろは空のいろ
『車のいろは空のいろ』
あまんきみこ(著)
ポプラ社
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――小学校の頃は。

万城目 : 『車のいろは空のいろ』というのが好きで。タクシー運転手の話です。そのへんから、好みは今と変わらないです。日常の生活のなかで、ひょんとした拍子にヘンなところに行って、夢かどうか分からないまま、戻ってくる、という話が好きでした。

――まさに万城目作品に通じる設定。

万城目 : あとは『消えたおじさん』とか『消えたぼくをさがせ』とか…。たぶんもう入手できないと思うので、今日は持ってきました。“消えた”とつくものが好きだったんですよね。

写真

――ああ、『消えたおじさん』の著者は推理作家の仁木悦子さんではないですか。

万城目 : 有名な方だと最近知りました。どちらもめちゃくちゃ面白いですよ。『消えたおじさん』は普通の推理小説。仲のよかったおじさんが失踪して、少年が探しにいく。これ、ちょっと怖い感じなんです。それまで助けてくれていると思っていた刑事が実は悪者で。信頼していた大人がいきなり悪くなるなんて、子供向けの本にはない展開ですよね。だから当時、これがすごく怖かった。小学校2年か3年くらいだったんですが、まわりの大人がみんな悪く見えるほど(笑)。今思うと、そのへんは仁木さんの主戦場としているところだったのでしょう。絵も黒くて不気味な感じだし。『消えたぼくをさがせ』は、中学生の夏休みの話です。日曜日の朝に「ズームイン朝!」みたいなテレビの生放送を見ていたら、公園を映していて、そこを自分が歩いているんです。あれっと思って探しにでかけても当然いなくて、うちに帰ってきたら、見知らぬ男の子と家族が住んでいる。話を聞いてみると、その子も自分と同じ中学のクラスの人で、他のクラスメイトも同じ、でも集合写真を見ると自分だけが存在していない。

――自分の存在だけ入れ替わっている、パラレルワールドなわけですか。

写真

万城目 : お母さんとそっくりな人もいるんだけれど、女優になっていて、主人公は雑誌やテレビで不思議な少年として紹介される…という感じで。最後は、冒頭に出てくる朝のテレビを見ていたら、今度は父親に似た人が通って、それでもういっぺん公園に行くと誰もいなくて、家に電話をしたら、元の世界に戻っている。

――まさに日常から始まり、日常に戻る。

万城目 : これ、大好きな話なんです。「戻ってきたヤッホー!」で終わるところが(笑)。

――どちらも青い鳥文庫ですね。このシリーズはよく買ってもらっていたんですか。

万城目 : そうですね。あとポプラ社文庫が双璧ですね。『青葉学園物語』のシリーズがすごく好きで。『まっちくれ、涙』とか『さよならは半分だけ』とか…。戦後の孤児院の話ですよね。僕が読んだのは、挿し絵が『こいぬはうめ吉』のシリーズを書いている中島潔さんで。線の細い、やわらかい筆致の少女や子犬をよく描かれている方です。金子みすずさんの世界を絵にした画集があって、たまたま京都に行った時に、その本を買うと1時間後の中島さんのサイン会に参加できると告知されていて。うおーっ!と思って買って、サインをしてもらう時に「『青葉学園物語』の、はちみつの中でねずみが死んでいる絵が大好きでした!」って言ったら、「??」という感じで(笑)。こっちの思いは募っているのに、電流が通じない。恥ずかしかったですねえ。しばらくしてから「…ああ、そんな絵を描いたね」って無理矢理、言ってくださって。まあ、20年以上前の絵なので、いきなり言われたってわからんでしょうが。

――はちみつの中でねずみが?

万城目 : 孤児院の子たちが、棚の中にはちみつの壺があるのを発見して、ヤッタ!ってなるんですね(笑)。でも残りわずかというときにねずみがその中で死んでいるのを発見する。怖い絵じゃないですよ。目がペケになっているようなやつ。

――かすかにでも思い出してもらえてよかったですよね(笑)。青い鳥文庫やポプラ社文庫を持ってらっしゃるということは、本は買ってもらうことが多かったんですか。

万城目 : 買ったり、学校の図書館で借りたり。毎日1冊借りて読んで翌日返す、ということをやっていました。だいたい1日で読めましたね。

――インドアな子供だったんですか。

万城目 : 小学校から私立だったんで、家に帰ってきても近所に友達がいないから、誰とも遊ぶことができなかったんです。一人で本を読むことぐらいしかなくて。

――小学校から私立だったんですかー。英才教育とか。

それいけズッコケ三人組
『それいけズッコケ三人組』
那須正幹 (著)
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こちらマガーク探偵団
『こちらマガーク探偵団』
E.W.ヒルディック(著)
あかね書房
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万城目 : 小1からネクタイしめて電車で通っていましたよ。英才教育より、僕は近所の子と公園で遊びたかったですけどねえ……。おかげで、小学生のときから通学時間に電車で本を読んでました。小学校では、他にシリーズものをよく読んでいましたね。「ズッコケ三人組」シリーズとか、ルパンや江戸川乱歩という王道も読みました。『マガーク探偵団』というシリーズがあって、それも好きでした。

――少年少女たちが探偵となって、近所の問題を解決するやつですね! 鳩を殺した犯猫を探すとか。

万城目 : そうそう。あ、でも、それは確か猫の仕業と見せかけ、犯人は別にいたはずです。“鼻のウィリー・サンドフスキー”とかいって、鼻の効く子がでてきたり。僕は自分の本のカバーの見返しを自分で書いているんですが、あれって『マガーク探偵団』の背表紙のマンガからきているんです。「ボンボコ マガーク探偵団♪ ペンぺコ仲良し五人組 ブンチャチャ難問即解決」…。ああいうリズムが楽しいなあって思っていて。

――よく覚えていますねー! 万城目さんの本のカバーの見返し部分って『ホルモー六景』だと「このごろ都にはやるもの、/恋文、凡ちゃん、二人静。」…というテンポのいいやつですね。ところで、そうした本は、学校で流行っていたんですか。

万城目 : 本について誰かと喋るという経験って、作家になるまでほとんどなかったです。一人で考えるものだと思っていました。流行っていたといえば、赤川次郎さんの本も、小学生高学年の頃ものすごく売れていたので読みました。絵のない大人向けの文庫も読めるんだ、とそれで自信をつけました。

――学校で、読書感想文などは書かされませんでしたか。

万城目 : そういう時に選ばれる課題図書って、死ぬほど面白くないんですよ(笑)。なので、全然覚えていないです。その時は苦しんで苦しんで、3枚のうち1枚半はあらすじでした。文章を書くのは大嫌いでした。

【歴史長編にハマる】

徳川家康(1)
『徳川家康(1)』
山岡荘八(著)
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三国志(1)
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吉川英治(著)
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宮本武蔵(1)
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宇宙皇子(1)
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帝都物語(1)
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――書くのは大嫌いだったんですか。中学に進んでからは、どんな風に過ごされたんですか。

万城目 : 小学校とはまた別の中高一貫の私立の進学校に行きました。ここは図書室が充実していなかったんです。そこで父親の本棚…というか、実際は風呂場の前に本棚があって、父親が読んだ本を片っ端からいれていただけなんですが、そこに、山岡荘八の『徳川家康』があって、中1の時にそれを読みました。

――膨大な巻数ですよね。時間がかかったのでは。

万城目 : 26巻です。これが楽しかったー! 両手首を骨折して、動けなかったので休み時間とか体育の時間に、ずっと教室にいなくちゃいけなくて、それでがっつりしたものを読もうと思ったんです。

――両手首を骨折?

万城目 : ちょっと運動用マットが何枚も重ねて置いてあって、いかにも飛び越えていけ!という感じだったので、ダーッと走って幅跳びみたいに越えようとしたら、最後につま先がひっかかって、コンクリートにそのままダイブしたんです。両手首を亀裂骨折しました。痛かったですねえ。3週間くらいで治りましたけれど。『徳川家康』は治るまでに読み切りました。そこから歴史小説を一気に読むようになって。中学の時は、吉川英治さんの『三国志』『宮本武蔵』を読みました。この3つが、僕の中で大きな存在となった歴史もの。あと藤川桂介さんの『宇宙皇子(うつのみこ)』が当時20巻くらいまで出ていて読んだし、『帝都物語』も20巻、面白かったですね。

――大長編が好きだったんですね。

万城目 : 『徳川家康』は、会話のやりとりなんかは半分以上分からなかったですよ。中1だし、読めない漢字も多かったです。山岡荘八さんの書く人物って、お互いはっきりものを言わないんですよね。ここで誰々を差し出せば申し出を受け入れてやる、っていうのを対面時に言わないで、「あの時彼はこういう謎かけをしたのでは」というのを持ち帰って探っていく。なんでこの人はあの一言で、ここまで相手の意図を探れるのだろう、同じ人間とは思えないほどめっちゃ頭いいやん!ってびっくりしました(笑)。でも僕、山岡さんの『徳川家康』を高校1年の時にも読んで、予備校の時にもまた読んでいるんですが、回を重ねるごとに、感想が普通になっていきましたね。こっちに知恵がついてくると、登場人物たちの神性が減っていくという。不思議な読書体験でした。

――大長編を2度3度読むんですか。

万城目 : 好きなシーンがあるんです。そこのために読むという。主人公も徳川家康だけじゃなく秀吉や信長だったりして、主要な事件や合戦が網羅されているんです。

――好きなシーンは。

万城目 : 本能寺の変とか。スターが死んでいくシーンが好きなんです(笑)。真田幸村が大坂夏の陣で突撃するシーンもものすごく好き。

――『ホルモー六景』で、本能寺の変に関する事柄も出てきますよね。あれは、好きなシーンだったからなんですね。では、中学時代は歴史物にハマったということで。日本史は得意だったとか?

万城目 : 中学時代は自分の中に、まだ近代文学の影も形もなかったですね。次はどうなるの? とストーリーを追うものが好きやった。歴史の授業は得意じゃなかったですよ。僕が本で読んだ部分なんて、100点中2点くらいにしかならなくて(笑)。

【あの少女のモデルは、なんと!】

幽霊
『幽霊』
北杜夫(著)
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パニック・裸の王様
『パニック・裸の王様』
開高健(著)
新潮社
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壁
『壁』
安部公房(著)
新潮文庫
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――高校での読書生活は。

万城目 : 高2のときの現代文の先生が、「こういう本が面白いよ」と小説を紹介してくれる先生やったんです。そんではじめて純文学といわれるなかにも面白いものがある、と分かって。この先生、月に1冊、課題図書を出すんです。それを藁半紙1枚に、上半分にあらすじ、下半分に感想を書いて提出する。やりたい人だけやればいいし、面白くなかったらそう書いていい、という自由な課題だったんです。最初の課題図書が北杜夫の『幽霊』でした。なんかね、はじめてやったんですね。ストーリーで読ませるわけではないやつを1冊読むのは。でも味わいがある。切ないけれど余韻があって、だんだん何なんだこれは、となっていく。その先生から安部公房の『壁』や開高健の『パニック・裸の王様』も教えてもらいました。これらは非常に印象に残っていますね。『壁』なんかは、ちょっとカルチャーショックでした。こんなんがあるんか、という。発想の面白さを知りました。あとは司馬遼太郎を読みました。『花神』がいちばん好きで、何十ぺんも読みました。

――そこまで好きだった理由は…。

花神 上巻
『花神 上巻』
司馬遼太郎(著)
新潮文庫
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万城目 : 司馬さんが書く主人公の中で、この大村益次郎が一番パッとしてなくて。人とのコミュニケーションをうまくとれない人で、村医者の跡継ぎなんですが、身分的には百姓なんです。そんな人が大阪の適塾に留学するや、語学能力が秀れていてどんどん頭角をあらわしていく。そして、幕府で蘭学を教える先生にまでなってしまうんです。本人は学問をしたいのですが、兵学の翻訳をやっていたことがきっかけで、最終的には長州の倒幕軍の司令官になってしまう。大村益次郎しかそれをできる人がいないから、と時代の波に押されてしまう…。本人は最後まで、自分は1個の機械や、みたいに淡々と時代を受け入れて。しかも、村医者の学者先生のはずが、実際に兵を指揮させたらこれが抜群にうまくて…。ええ、これは完全に、『鴨川ホルモー』の凡ちゃんのモデルです。

――オニを操る才能を突如開花させる凡ちゃんこと楠木ふみちゃん!!

万城目 : 大村益次郎みたいにいきなり能力が開花する展開が好きで、そうしたかったんです。このへんから、格好悪い主人公が好きになっていますね。竜馬や土方歳三なんかは格好よすぎるイメージがあります。

――格好悪い主人公とは、他には?

万城目 : 『銀河英雄伝説』のヤン・ウェンリーの、ちょっとダメっぽい感じとか。いや、あれはどう考えても格好いいですね。『項羽と劉邦』の劉邦のダメっぷりは特筆に値します。あと井上靖の『孔子』も、今で言う「世界一偉大なニート」という感じで好きです。孔子自身は立派なのですが、この場合、結果がとことんダメなんです。かといって、太宰治のダメっぷりには、何も惹かれませんでした。陽気か無神経なダメ男が好きなんですね、きっと。

銀河英雄伝説(1)
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田中芳樹(著)
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項羽と劉邦(上)
『項羽と劉邦(上)』
司馬遼太郎(著)
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孔子
『孔子』
井上靖(著)
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――部活はやっていないんですか? あと、進学校で勉強が大変だったとか…。

万城目 : 6時くらいに帰ってひたすらファミコンをやっていました。ゲーム大好きで。なんだかんだいって、勉強もしていたかな…。

――予備校時代は。

万城目 : 現代文の時間の先生が、受験テクニックばかり教えるんですよ。このパラグラフを囲んで、ここを赤線でチェック、とか。なんかそんなんおかしい、と思っていて。僕の持論としては、文章全部を読んで、その感触を抱きながら選択肢を決めるべきだという考えだったんです。それで、現代文の授業の間は、試験にも出そうな難しめの本を読もうと決めていました。それで「新潮文庫の百冊」から選んでいたんです。ふっくらした宮沢りえが浴衣を着ている写真が載っているやつ。今の百冊と違って、名作が多かったんですよね。そこで中島敦とか菊池寛とかを読んだんです。

――『李陵・山月記』とか、『藤十郎の恋・恩讐の彼方に』とか。

李陵・山月記
『李陵・山月記』
中島敦(著)
新潮文庫
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藤十郎の恋・恩讐の彼方に
『藤十郎の恋・恩讐の彼方に』
菊池寛(著)
新潮文庫
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万城目 : 格式と面白さを、車輪の両輪として持っている小説があるんだって発見しました。それまで、いわゆる名作と言われる近代文学って、ストーリー的にはイマイチおもしろくない、というか、そういものとは違う次元で競っているもの、というイメージがあったんです。ところが、小難しい感じなのに、読んでいておもしろい。歴史小説の形を取っているので、その雰囲気も好きでしたね。格調の高さと面白さに、歴史の風格もプラスして、もう三冠王やな、と。その時に漠然と、文章を書いたこともないのに、こんな小説が書けたら面白いな、格好いいな、と思ったのかも。

【文豪の作品をコツコツ読む】

――京都大学に進学し、京都で一人暮らしをはじめた後は。

万城目 : 「新潮文庫の百冊」読破への挑戦が続いていました。坂口安吾も読んでみて僕には合わず、はじめて夏目漱石にいきました。こんな文章が読みやすかったかなって思いましたね。結局、百冊のうち八十冊くらいはがんばって読んだと思います。

坊っちゃん
『坊っちゃん』
夏目漱石(著)
岩波文庫
378円(税込)
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鹽壺の匙
『鹽壺の匙』
車谷長吉(著)
新潮文庫
500円(税込)
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ノルウェイの森(上)
『ノルウェイの森(上)』
村上春樹(著)
講談社文庫
540円(税込)
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――『鹿男あをによし』は、『坊っちゃん』がベースにありますよね。

万城目 : 『坊っちゃん』を読んだのは大学2年の時です。それまで読んだ漱石作品でいちばん読みやすくて、楽しかった。文章が簡潔でも、奥深いものを表現できるというのも驚きでした。夏目漱石以外は、樋口一葉が発見でした。文語なのでだいぶ何を言っているのか分からないけれど、リズムがよかったんですよね。その頃は、手当たり次第、いわゆる文豪の本を一人一冊は読んでおこう、と思っていました。お金がないので、文庫ばかり。

――現代作家は。

万城目 : 車谷長吉さんが大好きになりまして。主人公のダメさ加減に比べたら、自分の悩みなんて何と卑小なものか、とつくづく思い知らせてくれるんですよね。ある意味、僕のなかでヒーローでしたね(笑)。『鹽壺の匙』の紹介文に「生前の遺稿」と書かれてあって、意味がわからず、最初は亡くなった方かと勘違いして読んでいました。写真も白黒ですしね。でも、新刊がたまに出る。あれ?てな感じで(笑)。大学時代の後半、車谷さんは何度も読み返しました。何というか、文字が目から入り込んで、毒となって血管を回るような感じがするんですよね。

――3年の時に、小説を書こうと思い立つんですよね。

万城目 : 学校の帰りに自転車に乗っていたら、正面からいい風が吹いてきたんです。その感覚がとてもよかったので、言葉に残さなくちゃいけないような気になったんです。変な理由ですが。

――そこから、書き始めた。

万城目 : 長編小説を1年くらいかけて書きました。コミカルな要素がひとつもない、等身大の自分をそのまま書いた、中学生日記みたいなものです。小説って、真面目なものだと思い込んでいたんですね。どうしようもない失敗作でしたが、初めての作品だけに、いろいろ思いもしないことが起こりまして。たとえば、気づかないうちに、昔読んだ作品の情景を使ってしまっていたり。哲学の道を歩いて蛍を見てしんみりするシーンを書いたら、作品を読ませた友人が「これ読んだことある」って。「ないよ、オリジナルや!」と言うと「村上春樹ちゃうか」。本棚の『ノルウェイの森』に蛍が出てくる場面がありました(笑)。それで、村上春樹作品は危険や、近寄りすぎたらアカン!と思って。読んでも「面白かった」どまりにしておこう、とスタンスを決めました。1作目で気づいてよかったです。

――そうでなかったら、気づかずにいっぱい類似品を書いていたかも…(笑)。

深夜特急(1)
『深夜特急(1)』
沢木耕太郎(著)
新潮文庫
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姑獲鳥の夏
『姑獲鳥の夏』
京極夏彦(著)
講談社ノベルス
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万城目 : それ以降、『ねじまき鳥クロニクル』と『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』くらいしか読んでいません。村上さんの作品は、読むと自分もこういうのが書きたい!って若者に思わせる強烈な魔力がある。こわい本です。同じくこわい本で、沢木耕太郎さんの『深夜特急』がありますね。僕も、ものの見事にコロッとやられ、バックパック担いで、ポルトガルのサグレスにサグレス・ビールを飲みに行く羽目になりました。作品の中に、同じシーンがあるんです。別にビール好きでも何でもなかったんですけどね(笑)。他には、京極先生の本を出るたびに楽しみに読んでいました。未だに『姑獲鳥の夏』の冒頭、延々続く脳の話を「これを読んだら、いつか報われるのだろうか?」と疑いながら読んでいた記憶が忘れられません。

【作家になりたくて退職】

――卒業後は、就職して静岡に。

くっすん大黒
『くっすん大黒』
町田康(著)
文春文庫
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夫婦茶碗
『夫婦茶碗』
町田康(著)
新潮文庫
420円(税込)
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万城目 : そこでは町の図書館が充実していたので、現代ものばかり読んでいました。古い名作も読みたかったんですけれど、ここはあえて現代ものを読もうかと。現代ものをロクに読みもせず、近代文学がいちばんとか言ってるのもフェアじゃないな、と思って。その時はじめて町田康さんの『くっすん大黒』を読んだんです。その時はなんかわけがわからんぞ、と思って返却したのですが、半年経ってもあの本が気になるんです。こんなことはじめてだったので、ひょっとして傑作なんかも、と『夫婦茶碗』を読んでみたら、茶碗ウォッシャー最高!町田康すごい!となりました。あとは、車谷さんの本が出るたびに読んで。高村薫さんの本もドキドキしながら読みました。関西出身の方が好きなんですね。文章のリズムや、客観的なスタンスが好きなのかも。

――就職中は、執筆活動ははかどらなかったとか。

万城目 : はい。僕は2年間という約束で、静岡の工場経理に配属されたんです。その後、本社配属になる予定だったんですが、そこでは深夜帰宅が当たり前と聞いていて。そうなると、会社から帰って書くなんて一切できなくなると思って、本社配属の辞令が出る前に会社を辞めました。いい踏ん切りになったと思います。それで東京に出て、書いては応募する、という毎日になりました。

――コツコツと書き続けていたんですね。その頃も、荒唐無稽な要素はまったくない作品を。

鴨川ホルモー
『鴨川ホルモー』
万城目学(著)
産業編集センター
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万城目 : そうですね。一度も1次選考にも受からないまま、あっという間に2年が過ぎました。もうお金もないし、最後に一作書いて、これがあかんかったら、再就職しようと思って。これまで好き勝手に書いていたのですが、今度ばかりは慎重に戦略を練って。結果、今までのやり方を全部捨てることにしました。そして『鴨川ホルモー』を書いたんですが、友達からすれば、どれもこれもいかにも万城目が考えそうなことだ、と。ヘンテコなことを考えるのは得意だったんですが、それが小説を書くうえで武器になると、自分では分からなかったんです。熱心な近代小説至上主義だった頃の後遺症か、小説は深刻な話にしないといけないって勝手に思い込んでいまして。その時は、若者を主人公にするのはそのままで、積極的にヘンな内容を考えようとして、そうしたらどんどん湧いてきて。小ネタをいれると幅が一気に広がるし、書いていても遊び心が発揮できて楽しかったですね。自分の中では、極端に、極端に、悪ノリしているような感覚で書きました。

――受賞が決まった時は。

万城目 : 喜んだのは15分で、その後、これからずっと書き続けなくちゃいけないんだということにはじめて気づいて愕然としました(笑)。

鹿男あをによし
『鹿男あをによし』
万城目学(著)
幻冬舎
1,575円(税込)
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――京都が舞台のデビュー作、奈良が舞台の第二作『鹿男あをによし』でいにしえの神々が絡んできますが、もともと興味はあったのですか。

万城目 : それほど興味はなく、小説に出てきたら奥行きが出て面白いだろうな、くらいの感覚です。歴史に関する資料は読みましたが、本筋でなくて番外コラムに面白いことが書いてあって、得てしてそちらのほうが参考になることが多いです。舞台に関しては、京都は学生時代に住んでいたし、奈良は祖父母が住んでいて、毎年春日大社に初詣をするのが万城目家の習慣だったので、二作目は奈良、と決めていました。

――文章などで気を使っていることは。

万城目 : 短いセンテンスでポンポン書いていくこと。好きな夏目漱石も車谷さんもそうなんで、自分はそれがあってると思うんです。ついつい長くなってしまう時は、整腸剤のようにチャールズ・ブコウスキーの本を読みます。自分とはかけ離れた内容を書く人なんで、作品の中身に影響されることなく、短い文章を心地よく楽しめます。うわ、無茶苦茶やな、このおっさん、と思いながら読んでます(笑)。文章で1番影響があったのはブコウスキーですね。

――デビュー後の読書生活は。

万城目 : 本が読む時間が減ってしまったので、たまに読むのなら、読みやすい現代のエンターテイメントものが楽しいです。でも、なんとなく体が欲するというか、頭の筋力トレーニングが必要だと感じることがあって、そのときは文豪の小難しい小説を読みます。今はちょうど、トレーニング期間です。寺田寅彦先生はかなり手強かったです。漱石先生はビートルズのベスト盤を聴くような感覚で読みます。毛色はだいぶ違いますが、ラヴクラフト全集にも最近、挑戦しています。

フェルマーの最終定理
『フェルマーの最終定理』
サイモン・シン(著)
新潮文庫
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内田百間 1889-1971
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『内田百間 1889-1971』
内田百間(著)
筑摩書房
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気になる部分
『気になる部分』
岸本佐知子(著)
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ねにもつタイプ
『ねにもつタイプ』
岸本佐知子(著)
筑摩書房
1,575円(税込)
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――理系の本も読まれますよね。先日『フェルマーの最終定理』が面白かったとおっしゃっていました。

万城目 : 理系の世界に憧れがあるんです。『ホルモー六景』の凡ちゃんの話を書く時に読みました。『フェルマーの最終定理』は、解決の道のりが面白くて、自分の頭が良くなったように感じられるやさしい本です。でも、調子に乗ってブルーバックスに挑むと、現実を突きつけられ、手痛く跳ね返されます(笑)。今読みたいのは、「ちくま日本文学」の全集。最近リニューアルして、芥川龍之介とか稲垣足穂とか織田作之助とか、作家ごとに一人一巻、代表作はもちろん、そうでない作品も収録した文庫の刊行が始まったんです。大学の時に入門として読んでいたので、新創刊されたということでもう一度チャレンジしたい。

――最近では、いろんな媒体で岸本佐知子さんのエッセイを薦められていますね。 『気になる部分』とか『ねにもつタイプ』とか。

万城目 : そうなんです。机の前で、頭一つで勝負している、という感じがたまらないです。買い物に行ったりとか、劇を見に行ったりとか、派手な動きからではなく、平凡な日常の中に面白みを見つけるって、いちばん難しいことだと思うんです。あの姿勢は素晴らしいなあと思います。

【読書遍歴が凝縮された最新刊】

――デビュー作でブレイクして、現在どんな感触を抱いたのかな、と。

万城目 : 絶対主流になりそうもない内容を書いているのに、どうしてだろうと思いました。でも全然売れていなかったら、この作風でいいのか、次の作品をどう書こうか相当悩んでいたと思うんです。手応えがあったから『鹿男あをによし』を書くときも、構想に不安を抱かずに、執筆に集中することができました。

ホルモー六景
『ホルモー六景』
万城目学(著)
角川書店
1,365円(税込)
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――『鴨川ホルモー』のスピンオフである最新刊『ホルモー六景』も大評判です。前作の登場人物の周囲の人たちが主人公。前作でちょっとだけ出てきた人物やエピソードが出てきて、ああ、あれはこういうことだったのか! という発見も面白い。ホルモーに関する新事実も発覚しますし。

万城目 : 全部あとづけなんですけれどね。前作で、ストーリー上、何の必然性もない小さな情報をいろいろ書き込んでおいてよかったー、と思ってます(笑)。だって、今となっては『鴨川ホルモー』のエピローグに、どうして高村君の後日談を入れたのか、自分でも分からないですから。

――その一文が、あんなロマンティックな短編になるとは!

万城目 : 今回は、ホルモーをやっている学生たちの日常を書きたかったんです。人間関係をちゃんを書こうと思って、その方針がブレないように「恋」をテーマに置く、と最初に決めました。まあ内心、恋だとか、どの口が言っとるか、と思いましたが(笑)。奇想天外な内容って、全体の3、4割を占めるくらいの気持ちで書いても、読者には7、8割を覆うイメージに膨らんで伝わるように思います。なので、今回は自分のなかで、不思議1割のつもりで書きました。

――前作を読んでいない人でも楽しめます。それに、女の子の視点や、トリッキーな話、時空を超えた恋のお話などバラエティに富んでいますね。

万城目 : 短編だから、展開ははやく!とは心がけました。あとは、昔から、こうして歴史がちょこちょこ出てきてストーリーが面白いものを読むのが好きだったな、とつくづく思いました。

――前回の主人公の安倍君はほとんど出てこないのに、凡ちゃんこと楠木さんは、またいい味出していますよね。ひいきのキャラクターですよね。

写真

万城目 : 理系の人がホルモーみたいな説明のつかないものをやってるって、どういう風に自分で理解しているのかなあ、と思って。ああいうキャラクターがなんで好きなのかは、うまく説明できないんですが、でも、不器用そうな、ままならない感じでいる人って、内面に素晴らしいものを持っていると思いがちなところがありまして、肩入れしているというか。

――本能寺の変が関係あったり、大村益次郎が凡ちゃんのモデルであるとか、あとあの名作が絡んでいるとか…。読書遍歴が反映されていますね。

万城目 : 読んできたもののエキスを凝縮した結果なのかな、と思っています。

――京都、奈良と関西を舞台にしているのは、馴染みがあるから?

万城目 : なんとなくですけれど、イメージでは油田が眠っている感じなんです。小説のネタがたぷたぷしているから、はやくボーリングしちゃいましょう! という感じ(笑)。今は大阪を舞台にした話を『別冊文藝春秋』で連載しています。『プリンセス・トヨトミ』といいます。

――えっ?

万城目 : 『プリンセス・トヨトミ』です。真面目な話なんです、これが!!オニもしゃべる鹿も出てきません。でも一番、「んなアホな」と思われそう(笑)。今度は騒動に巻き込まれるのでなく、巻き起こしていきます。

――初の長編連載ですね。展開が楽しみです!

(2007年12月21日更新)

取材・文:瀧井朝世

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