年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

覗く。
覗く。(上・下)
【講談社文庫】
デイヴィッド・エリス
定価 (各)750円(税込)
2003/3
(上)ISBN-4062737000
(下)ISBN-4062737019
(上)
(下)

 
  池田 智恵
  評価:C
   「主人公が冒頭から人殺してる?じゃあ、殺人者の心理サスペンスかな?
→うーん、話が進まない。冗長だ。どういう展開にするつもりなんだろ。
→あ、作者、元弁護士なんだ。人間描写がイマイチ下手なのと、やたら構成がかっちりしているのはそのせいか?法廷サスペンスってジャンルなんだ、こういうのは。
→やっと、法廷モノらしくなってきた!話に臨場感が出てきたし。屁理屈と心理ゲームが入り交じった法廷劇の末は、主人公の「無罪」なのかな?
→ええ!リーガルサスペンスって銘打っておいて、いきなり伏線もナシに突然出てきた事実で事件が片づくのってどうよ!あ?伏線あったか?でも、この人間の厚みのなさじゃ説得力無いよー。どっかから引き写したみたいな人間描写なんだもん。法廷モノを貫いて欲しかったよー」というのが読んでいる最中の感情の流れでした。なんか口直しに映画になった「CICAGO」が観たくなった…。

 
  児玉 憲宗
  評価:B
   外科医殺しの容疑者であるマーティーは、臆病者で、思い込みが激しく、子どもっぽい、うぬぼれ屋である。物語は彼の一人称で語られているが、かと言って彼が主人公とは限らない。外科医夫人のレイチェルこそ、上巻の帯にある「大どんでん返し」のキーマンではあるが、彼女も主人公ではない。
 著者は、現役の法律家だ。この困った依頼人(容疑者)や何をしでかすかわからない証人たちにてこずりながら、一筋縄ではいかない訴追側と真っ向から立ち向かう敏腕弁護士を描きたかったに違いない。つまりは弁護士こそがこの作品の隠された主人公なのだ。マーティーの描きかたには明らかに悪意が込められている。いくら「大どんでん返し」だからといって騙されはしない。
 とここまでがわたしの推理だ。そしてこう推理していたらやっぱり騙された。それほど法廷シーンの描写は圧巻だった。特に、検察、証人、弁護人の攻防における心理描写は絶品だ。
 まったく、自己中心マーティーの妄想には、かきまわされちまったぜ。

 
  鈴木 崇子
  評価:A
   犯罪者の気持ちってこんな感じなんだろうかと思った。主人公は不倫関係にあった女性の夫殺しの罪で起訴される。しかし、真実は明かされないまま彼の独白という形で物語は進行してゆく。警察での取り調べや、裁判での証人喚問など、際どい展開に自分が被疑者になったかのようにドキドキしてしまう。
 主人公マーティーはMBAを取得したエリートビジネスマン。少年期のトラウマのせいか他人に心を開かない孤独の陰があって、ドライでシビアな性格。だが、一方で彼女への想いは深く激しい。主人公の内部にある熱さと冷たさ、回想の中の甘美な過去と容疑者としての現在が交錯し、より複雑でミステリアスで面白い。容疑者のわりには彼の行動が大胆過ぎるのが少々気にはなったが。
 それにしても、法廷における真実とは一体何?って思えてくる。駆け引きに駆け引きを重ねる頭脳ゲームのよう。だからこそ、逆手にとればどんでん返しもありってことなんだろう。

 
  中原 紀生
  評価:A
   一人称の語り手「おれ」とはもちろんこの作品の主人公、投資銀行勤務の高給取りにして、愛人レイチェルの夫である外科医殺しの容疑者マーティーで、ときおりゴシックで表記された箇所がその回想シーンであることは明白だ。叙述に淀みはなく、ストーリーの展開に破綻はない。しかし、どこか妙だ。読者に罠をしかけようとする「おれ」の、いや作者の悪意が感じられる。ゴシック表記のうちになにかが隠されている。あるいは、過剰に「真実」が語られている。──弁護士ポールは言う。「きみは十二分にインテリだから、刑事裁判の本質が真実の解明だなんて思っちゃいないはずだ」。マーティーは考える。なにが起こったかについて検察側と弁護側の双方が自説を展開し、その中間のどこかに真実が存在する。「"中間"というあいまいな領域。その"中間"とやらにある真実に、おれたちはやがて到達するのかもしれない」と。これらはいずれも「おれ」の、いや作者の目眩ましである。アクロバティックなリーガル・サスペンスとして甦った、現代的解釈のほどこされた「アクロイド殺し」。

 
  渡邊 智志
  評価:A
   一人称が実は別人格というような叙述トリックが仕掛けてあるのかと、目を凝らしながら読んだ上巻。小気味良い台詞とト書きで舞台劇を観るように一歩一歩詰めていった下巻。…これは面白いです。派手さはないけれど、酩酊する感じはかなりのものです。終始一貫している主人公の信念は“思い込み”と“そうであって欲しいという強い願望”から発していますから、ある種の狂気にも見えます(実際のところ無意識的に誰もが行っている自己弁護の思考回路なんですけどね)。鰯の頭もナントヤラで、思い込みの激しさがあれよあれよという間に状況をひっくりかえし、すべては水も漏らさぬ計画であったのか、運と偶然の積み重ねが奇跡の大逆転を生んだのか、主人公が望んだ結果に収束していったのか、誰もが思いもかけない結末に堕ちていったのか…。どっちの方向からもまんべんなく楽しめます。アメリカの法廷はゲームですね。日本じゃこんな面白いドラマは無理でしょ?