第2回:平野啓一郎さんの考える 「純文学」は

京都大学在学中の一九九九年に
『日蝕』で芥川賞を受賞した小説家の平野啓一郎さんは
自身で小説を書く時も、本を読む時も辞書を
そばに置いているという辞書愛好家。
未知の言葉に出会うと、それだけでワクワクして
辞書を引いてしまうそうです。
そんな平野さんは、一冊の本を徹底してゆっくり味わう
「スローリーディング」の提唱者でもあります。
語句の意味を一つひとつ辞書で調べつつ、
作者の意図を丹念に考えながら
読み込むのが好きという平野さんに
辞書と読書の関係について話を聞きました。

「純文学」の語釈には平野さんも思わず納得?

―子供の頃から辞書を引く習慣があったとお聞きしました。

「小学生の頃から辞書をよく引いてましたね。最近は電子辞書を使うことが増えましたけど、紙の辞書には紙ならではの良さがあると思っています。
 紙の辞書って調べたい単語以外の言葉も目に入ってきますよね。それを余計に感じる人もいるかもしれませんが、自分が思いもよらない言葉と出会えるチャンスでもある。『こんな言葉もあったんだ』という驚きが楽しいんです。
 日本語は字面が美しい言葉が多いですよね。子供の頃は特に漢字に惹かれることが多くて、泉鏡花の小説に『玲瓏(れいろう)』という言葉が出てきたときにも、まずその文字の雰囲気に魅了され辞書で『どんな意味なんだろう』と引いてみたことを覚えています」

―新明解国語辞典では「〔玉が触れあうときのような〕澄んだ美しい音や声を立てる様子だ」とありますね。

「美しい言葉です。一応、新解さんで『純文学』も調べてみました。『多く売れることを期待せず、純粋に芸術的な意図の下に作られる文芸作品』という説明に関しては......まあ、そうかもしれないとだけ言っておきます(笑)。

 言葉は時代に応じて次々と現れたり消えたりしていく生きたもの。一方で、本来の意味や誕生の由来など歴史的な側面も必ずついてまわるのが言葉。辞書は歴史的な側面を扱うものですが、そこにこだわりすぎると、時代の変化によって言葉の意味が伝わらなくなってしまう。

 新明解国語辞典は『ツッコミどころ』を与えることで、読者に『参加の余地』を残しているように感じます。静的なものとして言葉を収録するだけではなく、読者とコミュニケーションをすることで、言葉を生きたものにしようとしている。しかも、ツッコミどころがあるとはいえ、たとえば、アンブローズ・ビアスの*『悪魔の辞典』みたいに特に文学的に解説が逸脱しているのではなく、辞書としての役割も果たしている。そのバランス感覚が良さだと思います」

辞書を引きながら読むことでしか伝わらない作者の意図がある

―平野さんは〝スローリーディング〞を提唱されていますが、読書をしながら辞書を引くことにはどんな効果があると思いますか。

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「ネットが普及し、生活のあらゆるところで速度が求められるようになっています。読書も〝速読〞のように、いかに効率的に知識を吸収できるかという点ばかりが問われます。ですが、それは本当に『知識』なのか疑問です。
 速読とは『知らない言葉は飛ばしてもいい』という読み方。でも、僕は読書によって、思想でも言葉でも自分にとって未知なものに出会いたい。知らない言葉を飛ばしていたら、本を読み終わってもわからないままです。

 小説を書いていると、読者から『言葉が難しかった』という感想を寄せられることがあります。でもそれは、その言葉でないと伝えられないからです。わからないと思ったときにこそ辞書を引いて、その真意を確かめて欲しいです。辞書を引きながらゆっくり読書することでしか見えてこないものもある。言葉は僕の発明じゃなくて、共有物として存在しているものですから。

 もちろん、作品をわかりやすい言葉だけで埋めることもできるでしょう。でも、そうすると書けることが限定され、使う言葉がどんどん痩せていく。リズムもすべて逆にまどろっこしくなります。これは作家としての美意識ですね」

*一九一一年にアメリカで発表された書籍。辞典の体裁をもってさまざまな単語を鋭い風刺と痛烈な皮肉を込めて再定義した


平野啓一郎さん

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)
1975年生まれ。京都大学在学中の1999年に『日蝕』(新潮社)で芥川賞を受賞。「三島由紀夫の再来」と絶賛される。以後、フランス革命、ネット社会、SFなど多様なジャンルの作品を執筆。現在はマンガ誌『モーニング』(講談社)で「空白を満たしなさい」を連載中

れいろう 【玲瓏】
①〔玉が触れあうときのような〕澄んだ美しい音や声を立てる様子だ。「―とした声」②少しのかげりもなく明るく澄んでいる様子だ。「―たる月影/八面―の〔=どの面から見ても欠点の感じられない〕人」


新解さん売り場ギャラリー!


 12月1日から書店に並んだ「新明解国語辞典」第七版。各売り場を取材してみると、それぞれの書店が独自に陳列の仕方を工夫してくださっていました。

 まずは、三省堂書店・神保町本店名物のタワー積み! 1階店内の中央にはなんと2m以上の「新明解国語辞典」のタワーが。これには来店客も圧倒されます。「6階辞書売り場だけでなく、各フロアに新明解国語辞典のブースを設置しています」(神保町本店・仲野さん)といたるところに"新解さん"が並んでいるのは感動もの。しかも、店内のオーナメントの中に" ミニチュア新解さん"を発見! 三省堂書店・神保町本店の皆さんの熱意、しかと受け止めました!

 次にお邪魔した有隣堂横浜駅西口店では、レジの前に特設コーナーを設け全面的に"新解さん"押し!「辞書を引く楽しさを知るには最適」(有隣堂・清水さん)とお客さんにおすすめしてくださっています。リブロ池袋本店も、語釈ポスターを見えやすく貼って若いお客さんにアピール。「広告がポップなので若い人にもうけています」(リブロ池袋本店・白川さん)。

 そして、丸善日本橋店では、他の辞書も並ぶ中"新解さん"だけ面陳に。「より豪華な『革装版』も仕入れる予定です」(丸善日本橋店・浜さん)。その「革装版」もぜひ、面陳列でお願いします! 

 最後に訪れたあゆみBOOKS高円寺店では、店舗の広さの関係で大量に仕入れることはできないといいながらも、店長の佐々木さんは学生時代からの"新解さんユーザー"。
「人一倍愛着があるし、サブカル好きが多い高円寺では、新解さんの個性が受け入れられるはず。粘り強く売っていきますよ!」とありがたいお言葉。

"新解さん"は、書店員の皆さんにも愛されている「日本一幸せな辞書」なのかもしれませんね。

新解さん新聞

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1回目から「難しい!」「勉強になる」と様々な反応をいただいた新解さん逆引きテスト。2回目は新解さんのグルメっぷりに注目したテストを出題します。辞書なのに「おいしい」と主観が入ったり、なぜかレシピが載っていたり、焼き加減に言及したり……。「新解さん」の食へのこだわりは相当のようです。

〈クイズの見方〉
見出し語の部分を空白にし、かなの数だけます目を設けました。漢字で書く問題では【】の中のます目になります

第1問

□□□□【○】

遠浅の海にすむ二枚貝の一種。食べる貝として、最も普通で、おいしい。殻はなめらか。


第2問

□□□【○○】

中華料理の名。角切りの豚肉にかたくり粉をまぶして油で揚げ、いためたタマネギ・タケノコなどを加えて、酢・砂糖などで調味し、水で溶いたかたくり粉を入れ、からめたもの。


第3問

□□□□

よくほぐした牛・豚肉やカニなどの肉をホワイトソースであえ、小判形に丸めてパン粉をまぶして揚げた食品。


第4問

□□□□□□

畑に作る一年草。黄色い実が軸のまわりに、ハモニカの吹き口のようにぎっしり詰まって出来る。食用・飼料用。種類が多い。


※答えはページ下

新解さん解体新書

第2回【物語篇】

版を重ねながら進化を続ける新明解国語辞典。
第1回では「語釈」という観点から新解さんキャラの秘密に迫りましたが、語句の実際の使われ方を紹介する「用例」の魅力も忘れてはいけません。
「わかりやすいけど、ここまで言っていいの!?」「なぜ、ここでこの例えが?」など個性的な用例が盛りだくさん。
第2回解体新書は、思わずツッコミを入れたくなる「物語」を感じる用例を紹介します。

きずな 【絆】
なんらかのきっかけで生じた、今まで比較的疎遠であったもの同士の必然的な結び付き。「学校と家庭を結ぶ―/現代のペルー人とその祖先との―を深める/日欧間の―〔=修好〕を深める/平和への―〔=連帯〕を強める」
どうして「きずな」の説明でペルー人が登場するのでしょうか。しかも、「祖先とのきずなを深める」ということは、誰かが両者のきずなを深める手助けをしている? もしかしたら、新解さんはペルーに並々ならぬ思い入れがあって、何かしてあげたいと思っているのかも……。謎は深まるばかりです。
へつらう 【諂う】
(自五)相手に気に入られようとして、自尊心を抑えた言動をあえて取る。「上司にへつらって栄転した嫌な奴」[名]へつらい
この用例から「へつらう」のは「嫌な奴」ということがよくわかりますが、辞書がそこまで言い切ってもいいのでしょうか……。新解さんは切れ味もバツグンです。
うれしい 【嬉しい】
(形)自分の欲求が満足されたと感じて、その状態を積極的に受け入れようとする気持だ。「あの人に会えて嬉しかった/あしたは休みだ、―な/四月から自分も大学生かと思うと、何となく―気持になる/―ね、君のその一言を待っていたよ/―悲鳴」
何だかものすごく解放感がある用例です。「うれしい」の説明には「自分の欲求が満足されたと感じて〜」とあることから、ずっと「休みたい!」と念じながら仕事をしていたんだろうなあ、と思わされます。この用例に思わず頷いてしまう人は、新解さんに心を見透かされているのかも?
おくさん 【奥さん】
他人の妻に呼びかける(を指し示す)のに用いられる語。「―、お久しぶりです/隣の―はよく働く」
ただの挨拶にも関わらず、話し手と奥さんの間で「過去に何かあったのでは!?」というよからぬ妄想が膨らんでしまいます。語句の解説にはそんなこと書いてありませんが、「奥さん」の持つ微妙なニュアンスまでこの用例は伝えている?
そうそう
[一](副)そうだと肯定するにしても限界があるものだという意を表す。〔多く否定表現を伴って用いられる〕「いくら好きだって―(は)食べられまい/―長いことではあるまい」[二](感)①忘れていたことを思い出した時に使う言葉。「―、いつかの千円を返してくれないか」②相手の言った言葉に同意する時に使う言葉。「―、その通りだ」
おそらく相手は友だちなんでしょう。そうでもなければこんな気軽に「返してくれ」とは言えません。こうした人間味がある言葉遣いも新解さんの特色です。
しゃれ 【洒落】
[一]〔その場の思いつきとして〕類音の語に引っかけて、ちょっとした冗談や機知によってその場の雰囲気を和らげたり盛り上げたりする言葉遊戯。例、潮干狩りに行ったがたいして収穫がなく、「行った甲斐〔=貝〕がなかったよ」と言うなど。「―が通じない人/ずぶぬれになった彼を見て、“水もしたたる好い男”などと言っても―にもならない」
わざわざ「これではダジャレになりません」という用例を示すことで、真の笑いとは何かを考えさせる新解さん。言葉にこだわりを持つ故に、「しゃれ」にもこだわりがあるようです。
きんじ 【金字】
①金色の文字。金泥で書いた文字。②「金」の字の全形のように、先がとがり、左右の均整がとれた山の形。―とう【―塔】〔どの方角から見ても、「金字」のように見える、四角錘のピラミッド〕その方面・分野での不滅の業績。「辞書の世界に輝かしい―を打ち立てる」
言葉に対する意見だけでなく、さりげなく自分の目標まで新解さんはアピールしています。いや、もしくはすでに「金字塔を打ち立てた」と自負しているのかもしれません。この用例が消えない限り、新明解国語辞典は辞書の分野での〝不滅の業績〞を残し続けることでしょう!

「新解さん新聞」逆引きテストの回答
第1問 はまぐり【蛤】
第2問 すぶた【酢豚】
第3問 コロッケ
第4問 とうもろこし