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内山 沙貴の<<書評>>
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エイジ
エイジ
【朝日文庫】
重松清
本体 660円
2001/8
ISBN-4022642742

評価:D
青春だよね、青い風、オレンジの光。子どもみたいにフワフワしていなくて、でも自分のことがよく分からなくて、分からないくせに自分のことを認めてほしくて、そんな、通りすぎる特急電車のような一瞬、大切で珠のような鮮やかで硬い季節。端から見ていても全然美しくない。まだ未熟すぎて、伸び始めた細い枝は複雑に絡み合ってしまい、がりがりなのに粗野な感じの大木の枝。その枝たちはやがて太く力強く伸びて一本一本がきれいにほどけて美しくすらりと力強く伸びる大木になる。その前章。派手なところを抑えたスナップ写真のように心の片隅には残っているのになぜか印象がぼやけてしまって薄い。自分にもそういった時代があった事を、私は知っているのに思い出せない。


華胥の幽夢
華胥の幽夢(ゆめ)十二国記
【講談社文庫】
小野不由美
本体 648円
2001/7
ISBN-4062732041

評価:C
この世界に描かれる人々は本当に素敵だと感じる。世界という舞台に立って一生懸命生きている姿はしかしヒラリと舞ったアゲハのように、光を残して幻に消える。大きな権力も壮麗な宮殿もいずれ消える、かげろうのように、一度瞬きをしている間に。でも一瞬だけ見えた後ろ姿は真冬に灯したランプのように誰のものでもあたたかい。同じ舞台で繰り返される、ただ一度きりの大切な物語。一体何人の人がその台の上に立ち、下を見渡したのだろう?私は今、高い台の上に立って、ドキドキしながら下を見ている。繰り返される歴史、でももう二度とやってはこないこの瞬間を胸に刻み、目に焼き付け、その後ろ姿を寂しく嬉しく見送るのだ。


斎藤家の核弾頭
斎藤家の核弾頭
【新潮文庫】
篠田節子
本体 705円
2001/6
ISBN-4101484120

評価:E
さまよえるニッポン、世界から切り離され、ぷかぷか浮かんでどこへゆく。女性は家を支え男は国を支える、そんな古い倫理は自分には許しがたいのだが、今よりは秩序のある社会かもしれないとは思う。だがそんな社会が今より良くなるかといったらそうでもない。この物語は法で定めたモモ色の理想郷の欠陥を徹底的にバットで叩き尽くして、ブハハハハと豪快に笑う。読んでいるこっちもなぜかフィクションと割り切れなくて背中に薄ら寒い視線を感じる。メキメキと木の板の裂ける音の中、原型の残らないささくれ立った謎の残骸が積まれてゆく。気がつけば、目の前には説明不可能な見たこともないような世界が広がり、一人、迷子の気分のまま、強引に幕は引かれていた。


池袋ウエストゲートパーク
池袋ウエストゲートパーク
【文春文庫】
石田衣良
本体 514円
2001/7
ISBN-4167174030

評価:D
薄い霧の向こう側で繰り広げられる、若者の世界。暴力の世界と呼ぶには大人しすぎて、でも野蛮で直裁的な社会。白霧の中では目の前にいる他人の顔はおろか自分の指先でさえも見ることがままならないがそこに住む若者たちは霧の中を安全に進む本能を持っている。味方か敵か、手を出すタイミングは、逃れるコツは…どこの社会にもある視界を阻む霧だが池袋の霧の場合読みを誤ると結果はすぐに出てきて身を痛めることになる。東京の大都会池袋、熾烈で過激でちょっと文明からはずれたような街は、いつも大都会の隅々にある。


ビッグトラブル
ビッグ・トラブル
【新潮文庫】
ディヴ・バリー
本体 629円
2001/7
ISBN-4102223215

評価:C
嵐のようにやって来て、嵐のように去っていった。外に出て、嵐の後を見て、以前と何も変わらぬ風景を見て、首をかしげる、あの嵐、ちゃんと風吹いてたか、と。でもお笑いとはそんなもの。ただ単純に“笑えるだけ”の話はあとに何も残さない。それはそれでいいのかもしれない。どの笑いもくどくないし、瞬間冷凍された肉のような冷たい皮肉にも加工されていない。意味のない笑い。しかしここに来て“ビッグ・トラブル”始めから最後まで見事につながった物語になってしまっている。すっごいなあと思う。ただ頭の中には何にも残っていないケド。


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