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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

松本 かおりの<<書評>>


凸凹デイズ
凸凹デイズ
【文藝春秋】
山本幸久 (著)
定価1680円(税込)
ISBN-4163244301
評価:★★★★

 ストレートに気持ちのいい小説だ。特に、一気急展開で盛り上がるラスト40ページ、「おおおーっ、やるじゃーんっ!!」。デザイン事務所・凹組の凪海が、ガンガン訴える台詞には感動。卑屈になりがちで弱々しく、自己主張が苦手だった彼女が、人に揉まれ仕事に揉まれするうちに見事に成長、迫力満点の見せ場になっている。
 クダケとユルさのなかにもプロ意識が垣間見えるデザイン業界人たちも魅力的。大滝、黒川の男衆も悪くはないが、なんといっても突出役者はゴミ屋、いや違う、ゴミヤこと醐宮純子だ。新進気鋭の辣腕女社長。ときに傲慢横柄言いたい放題、目的達成のためには手段選ばず。10年前から現在まで変わらぬ打たれ強さは、デキる女の好見本だ。
 働くことは山あり谷あり。その紆余曲折を乗り越えて、より大きな、よりハイレベルな仕事を目指し続ける主人公たちに共感すると同時に、心から応援したくなる。


マルコの夢
マルコの夢
【集英社】
栗田有起 (著)
定価1365円(税込)
ISBN-4087747883
評価:★★★★

 マルコ。「たった一口で、食べた人間を虜にしてしまう、幻の食材」。百戦錬磨の料理批評家をして「生涯に一度は味わうべき一品である。舌上の彼は神秘の衣をまとわされ、存分に妙味を発揮している」といわしめた魅惑のキノコ。うむむ、いかにも美味しそう。最近、スーパー店頭のキノコの種類も増えてきたが、どれも庶民レベルのキノコだからなぁ。
 食材としてはやや地味な、脇役的存在だったキノコがみごと主役に仕立てられ、その魔性ぶりに想像と妄想がふくらむばかり。後半では、これまで引き継がれてきた脈々としたキノコの歴史が、濃厚な現実感を持って迫ってきてビックリだ。過去も現在も未来も「キノコは全部心得ています」。マルコは、マジで並みのキノコじゃないのである。
 本作の独特の雰囲気は、キノコというもののデリケートな生態あってこそ。カボチャやダイコンじゃ、こうはいかなかったに違いない。


魔王

魔王
【講談社】
伊坂幸太郎 (著)
定価1300円(税込)
ISBN-4062131463

評価:★★★★★

 ある「力」を持つ考察好きな兄と、その兄を慕い、強く影響される弟。「魔王」と「呼吸」、2篇で1セットの兄弟物語からまず感じたのは、現代日本政治と一億総思考停止状態の日本人に対する痛烈な問題提起。全編を貫く異様な緊張感が、なんとも凄い。
 若きカリスマ政治家・犬養の「五年で駄目なら私の首をはねろ」発言が、アノ人の名文句「殺されてもいい」と重なり、オゾゾッ。「有能な扇動者とは、流れを、潮を、世の中の雰囲気を作り出すのが巧みな者のことを言うのではないか」。ムッソリーニと宮沢賢治という意外にも思える組み合わせから浮かび上がる、政治的思惑と大衆操作戦略は読みどころ。結末は一見中途半端だが、最終判断を読者に託したもの、と解釈したい。
 ところで、『月刊耳掻き』、これには笑った。私は耳掃除が大好きで、耳掻きを集めている。どこぞの出版社さん、発刊してはくれないだろうか。定期購読を約束しよう。 


ワルボロ

ワルボロ
【幻冬舎】
ゲッツ坂谷 (著)
定価1680円(税込)
ISBN-4344010434

評価:★★★★★

 何がイイって、いきなり帯の写真にノックアウトよ。80年代ヤンキー15歳の<オッサン風味>、このグルリ帯がなければただの真っ黒なカバーで、面白くもなんともありゃしない。私と著者は同い年。ボンタン、チック、短ラン、懐かしすぎる! ああ、こういうワルっていたよなあ〜。私の好きだった○○クン、今どうしてるんだろう。(遠い目……)
 本書は、著者初の自伝的長編小説とか。「ざけんじゃねえっ!!」「ぐぅおらあああっ!!」「ズメキャ!!」「ガシュ!!」「ぐぶっ!!」、ド派手劇画調文体で大暴走、中学最後の1年のケンカと友情、意外にウブい恋情を怒涛のごとく語り尽くす<ビーバップ・中坊ワールド>、サイコーに楽しいいいいっ! 500ページのけっこうなボリュームだが、彼等のイキオイに引きずり倒されてスイスイ、グイグイの一気読み。著者によると、本書は「これから書く四部作の第一部」だそうな。続編、お早く願います!

夜市

夜市
【角川書店】
恒川 光太郎 (著)
定価1260円(税込)
ISBN-4048736515

評価:★★★★★

 昔、小学生の頃、田舎の祖母が聞かせてくれたお化け話や、目を皿のようにしてゾクゾクしながら食い入るように読み耽った怪談を思わせる、懐かしさ漂う不気味さに強烈に惹かれた。しかも、不気味でありながら、品のある静かな語り口で、心にしみる。えもいわれぬ微妙な赤を配したカバーも、作品の妖艶さを一段と引き立てて目を奪う。
 収録2篇「夜市」「風の古道」ともに、自然界への畏怖、人間を越える存在への敬意にあふれている。人間は万能でもなく強くもない、日常からひとたび切り離されてしまえばただの瑣末なものにすぎない、とつくづく思わされる。そこが単なる空想怪奇物語に終わらない説得力を生み、読み手を一気に異形のものたちの世界に引きずり込むのだ。
 ぜひとも夜、ひっそりと独りで読もう。行間から立ち昇る、なにやら一種の<気>のようなものに包まれ、文句なしに背筋がヒンヤリしてくる逸品だ。


虹色にランドスケープ

虹色にランドスケープ
【文藝春秋】
熊谷 達也 (著)
定価1650円(税込)
ISBN-4163244204

評価:★★★★★

 バイク乗りの出てくる短編集ではあるが、いわゆるツーリング小説やマニアックなレース小説ではない。軸足はあくまで日常生活にある。絶望、嫉妬、恋愛、親子の葛藤、男の友情など、さまざまな切り口を通じて、バイクそのものの魅力と登場人物たちの人間模様がバランスよく腰を据えて描かれている。何度読んでも飽きない。
 CB750、Z2、RZといった、ベテランには涙モノの往年の名車を登場させ、過ぎ去った年月をさりげなく実感させる展開も実にいい。加えて、熊谷氏自身バイク乗りだけあって、さすがに走りの描写も冴えている。特に第3編「オーバー・クール」後半、高速道路での豪雨との格闘走行。迫真の筆致に鳥肌が立った。
 また、カバーを摺本好作氏(知らないバイク乗りはモグリだぞ〜)の美しく味わい深いイラストが彩るという贅沢! 端正な熊谷氏の文章と相性抜群。このコラボには拍手喝采、万歳三唱だ。眺めて良し、読んで良し、バイク乗りなら必読。熱烈推薦!


ほとんど記憶のない女

ほとんど記憶のない女
【白水社】
リディア・デイヴィス (著)
定価1995円(税込)
ISBN-4560027358

評価:★★★

 入れも入れたり、51編入りの短編集だ。最短作品は、なんと2行。絶句。しかも、51編に統一感はまるでない。哲学問答モドキあり、ただの日常描写のようなものあり、独り言風つぶやきあり、よくわからんものあり、悩む悩む悩む。あとがきによれば、これが「彼女という作家の本質に深く根ざした特徴」だそうな。素材だけドサッと差し出して、アンタ、好きに料理してネ、といわんばかり。はっきり言って奇妙な本である。
 ただ、全部で51編もあれば、いくら奇妙でも好きな話は見つかる。「二度目のチャンス」「ある友人」「自分の気分」「失われたものたち」、そして「オートバイ忍耐レース」。特に、「オートバイ〜」の、「オートバイを誰よりも遅く走らせるのは、一見簡単なように見えて簡単ではない。ゆっくり≠ニか忍耐≠ニいったことは、オートバイ乗りの気質には含まれていないからだ」とは鋭い。その気質がいいか悪いかはともかく、耳が痛いよ……。


どんがらがん

どんがらがん
【河出書房新社】
アヴラム・デイヴィッドスン (著)
定価1995円(税込)
ISBN-4309621872

評価:★★

 頭のなかが、キイキイ軋んでキツいのなんの。製造後40余年を経た我が脳内回路は、ショート寸前。この作家、コワレてるんじゃないか、イッちゃってるんじゃないか、と心配になるほど不可解な短編の連続だ。唯一納得できたのは、「物は証言できない」だけ。皮肉な自滅的結末に、ニヤリンコ。こんな系統ばかりならよかったのだが……。
 なんせ、ほとんどの作品が、オチも結論もなければ締めくくりもない。筋は突拍子もない飛躍を繰り返し、登場人物たちは極端から極端に走り回る。意味不明のなんじゃこれ状態続発。編者の殊能氏は、あとがきで「よくわからなくても、無気味な展開とカーニヴァル趣味を楽しめばいい」と仰っている。しかし、わからないものを楽しめ、と言われても……。ついつい理路整然やら辻褄やら、粋な結末を求めてしまう私、ひたすら難渋、ドンガメ読書。「変な小説」を痛感させられて疲労困憊。


メジャーリーグ、メキシコへ行く

メジャーリーグ、メキシコへ行く
【東京創元社】
マーク ワインガードナー (著)
定価2520円(税込)
ISBN-4488016448

評価:★★★

 元野球選手たちが、1946年の「黄金のシーズン」当時を語るメキシカン・ホットな野球小説。金にモノを言わせた大胆不敵な引き抜き工作、華麗なプレー、給料問題、人種差別、チームメイトとの関係など、当時の球界事情がてんこもり。野球ファンならば<お国は違えど、野球は同じ>で楽しめる点もあると思う。が、関心ゼロの人は退屈する可能性あり。ま、スポーツには好みがあるので仕方あるまい。(ちなみに私は虎党ダ)
 選手たちは、自分の野球人生を振り返ってどう感じるのか? 「何もかも思いどおりってわけにはいかなかったが、けっこういいこともあったってことさ。というより、すばらしいじゃないか。楽しんだだろ。一流のゲームでプレーして、いいやつらと会って、世界を見て。少年たちが描くような夢を、おれたちはなんとか実現してみせたんだ」。達成感あふれるこの台詞は、とてもいい。日本のプロ選手たちも、同じ心境なら最高だ。


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