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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

佐久間 素子の<<書評>>


凸凹デイズ
凸凹デイズ
【文藝春秋】
山本幸久 (著)
定価1680円(税込)
ISBN-4163244301
評価:★★★

 デザイン事務所を舞台とした青春おしごと小説。誰の青春って、そりゃ主人公の駆け出し社員・ナミのに違いないのだけれど、意外にも30過ぎのオータキたちの青春でもあるのだ。ナミの話、オータキたちの十年前の話が青春なのはいいだろう。しかし、現在進行形でオータキたちが青春しはじめちゃうのはいかがなものか。30過ぎて、自分の身の丈を定めて、あきらめることを覚えても、あっというまに逆戻りなんだもんなあ。オータキたちは、いつになったらこのうろうろじたばた状態から抜け出せるのかしらねと、いくぶん見守るような気持ちになってしまう。年を重ねても、なかなか大人になりきれないよと苦笑する人なら、元気がもらえるのではないかしら。 気の強い女たちも、どうにも押しの弱い男たちも結構かわいい。登場人物が魅力的だから、素直に肩入れできるはず。
 それにしても、皆何かというと飲んでばかりでうらやましくなるので、傍らに酒類を準備して読み始めるのがよろしいかと。


マルコの夢
マルコの夢
【集英社】
栗田有起 (著)
定価1365円(税込)
ISBN-4087747883
評価:★

 前半はフランスの三ツ星レストランが舞台。奇妙な謎と、洒落た軽みがここちよく、さくさく読みすすめるうちに、いつしか軌道がはずれていく。後半では秘密のキノコを探すため、舞台は日本へ。すると一転、不安も湿度も段違いに高まって、土着的なイメージにぬりかえられてしまう。このギャップを楽しめるかどうかが、本書への評価の分かれ道なのだろうな。二つの話を無邪気につなげあわせているような、漠然とした違和感が残る。 かゆいところに手が届かないときみたいな気もち悪さが消えてくれない。どちらかというとドライなたたずまいの主人公が、家や血やキノコにからめとられて、微妙に変質していく。そこに理由はなくて、作者の思い入れも感じられなくて、でもニュートラルだからこそ、いっそう不気味なのだ。この夢って悪夢なんじゃない? ところどころに挿入される名古屋弁がまた、ものすごい異物感。わざとかなあ。わざとなんだろうなあ。私、うまく消化できなかったみたい。


魔王

魔王
【講談社】
伊坂幸太郎 (著)
定価1300円(税込)
ISBN-4062131463

評価:★★★★

 世間が何だか二極化してて違和感を覚える今日このごろ、こんな小説がさらりと出版されたことが新鮮な感じ。やはり旬の作家の嗅覚はすごいね。素直にきもちのよい小説では全くないだけに、バカ売れはしないだろうけれど、不安を感じつつ、深くうなずきながら読む人も少なくないと思う。 怖いのは、高みに君臨する巨大な存在ではない。みんなが同じ方向を向いていることだ。世界が単純なはずがない。だからわかりやすい思想は危険なのに。 だから考えることをさぼってはいけないのに。
 考えることを常に自分に課している兄と、柳に風な風情ながらも鋭い弟が、カリスマ政治家に疑念を抱く。兄弟は超能力のようなものをもつのだが、直接対決という方向に話は動かない。得体のしれない不安が思索というかたちで、あるいは議論というかたちで描かれていく。不思議な小説である。重い話なのに、軽みを感じさせる読み口で、不思議感はさらに倍増。死に神も出演。


ネクロポリス(上下)

ネクロポリス(上・下)
【朝日新聞社】
恩田陸 (著)
定価1890円(税込)
ISBN-4022500603

評価:★★★★

 何でもありの、B級恩田陸全開。ホラーともファンタジーともミステリともいいがたいのに、そういった側面もすべてもっていて、でも一番近いのは、ひょっとしてマジックリアリズム?!などと惑わされる。私、けっこう笑いながら読みました。
 舞台はアナザー・ヒル。ヒガンである十一月の間には死者が訪れる特別な場所。この地にはこの地のルールがある。島に入るには許可証がいる。生者は死者が訪ねてきやすいように行動しなければならない。死者は嘘をつかない等々。この作り上げられた制約が魅力的。そして、事件は起き、謎は生まれ、登場人物はわあわあ議論する。ページをめくるのももどかしい興奮と、ふとあびせられる冷水のような静けさを、交互に与えるのは、まさに著者の得意とするところだろう。もっとも、これだけ人を盛り上げておいて、ぷしゅーと収束しちゃうのが不満といえば不満。それにしても、皆何かというと飲んでばかりで(以下、『凸凹デイズ』評に同)。


夜市

夜市
【角川書店】
恒川 光太郎 (著)
定価1260円(税込)
ISBN-4048736515

評価:★★★★

 ホラーというと、恐怖以上に嫌悪感を味わう娯楽というイメージがあって、あまり関わるつもりはなかったのだけれど、こんな小説がホラー小説大賞をとってしまうのならば、認識を変えないといけないな。ホラーというよりは幻想文学に近いような感じ。今市子の『百鬼夜行抄』と通じるところがある、といえば説明がてっとりばやいのだけれど。日常の隣にある異界は、哀しく懐かしくこちらに手招きをして、怖いという感情ばかりがよびおこされるわけではない。
 表題作はせっかくのアイディアを説明しすぎているし、併録作は主要人物の生い立ちの理屈が邪魔だし、傷がないわけではないのだけれど、そんなことに気がつく前に、雰囲気にのみこまれてしまう。闇の中に青白い光の店がぽつりぽつりと立ち並ぶ『夜市』、静かに明るい長い道が伸びていく『風の古道』。こちらとは、まるで異なる空気が流れているのに、その風景はとても似ている。あちらに行ったまま帰ることができなくなるのは、まるでたやすいことみたいで、背筋がすっと冷たくなるのだ。


虹色にランドスケープ

虹色にランドスケープ
【文藝春秋】
熊谷 達也 (著)
定価1650円(税込)
ISBN-4163244204

評価:★

 バイクという共通点をもった七人を描いた連作短編集である。章ごとに色名がついていて、七人だから『虹色にランドスケープ』というわけだ。で、こういうセンスがどうもなあと思う方は、中身のセンスもパッケージどおりなので読む必要はないだろう。もちろん逆も真なりですよ。私は、人物造形も、話の展開も、なーんか新しさがないんだよねえと思ってしまったのだけれど、こういう空気が好きなのよという人もいるだろう。お約束の展開が嫌いなわけではない。文章はととのっているし、リーダビリティだってちゃんとある。だから、まあ好みの問題です。80年代的というのだろうか、この手の気取りや感傷は、私にしてみると、ずいぶんと気恥ずかしいなあと感じてしまうのだけれど。バイク乗りでないから、評が厳しいかな。あ、でも、バイクのシーンはなかなかきもちよかったですよ。


ほとんど記憶のない女

ほとんど記憶のない女
【白水社】
リディア・デイヴィス (著)
定価1995円(税込)
ISBN-4560027358

評価:★★★

 いわくいいがたい奇妙な味の短編がなんと51編。その中には数行という超短編も含まれているので、これが小説?!と疑問をおぼえたりもする。たしかに起承転結をもつ狭義の小説ではないけれど、意外にも物語を求める心が満たされてしまったりするのだ。例えば『この状態』。名詞の羅列にすぎないのに、頬が赤らむほどエロいうえ、存在しないはずの時間の経過と虚無感まで味わえる。例えば『恐怖』。たったの六行だけれど、このエッセンスだけで一冊本ができてしまうくらい密度が濃い。不可解な世界におびえる狂女も、それを抱きとめてやるのも、私でありあなたである切実さがここにある。
 正直、全く歯がたたないところもあるのだが、生真面目な哲学めいた語り口が、思いもよらない感情のひだに、じわじわ麻薬のように効いてくる。怒りに哀しみにあきらめに。量は少ないけれども、笑いに喜びにやさしさに。いつもは忘れてしまっている感情を慎ましやかに刺激されて、だから、この本、ちょっとクセになる感じ。


どんがらがん

どんがらがん
【河出書房新社】
アヴラム・デイヴィッドスン (著)
定価1995円(税込)
ISBN-4309621872

評価:★★★

 現代文学のジャンルを越えて、「すこし不思議な物語」の名作を集成したというシリーズの趣旨にぴったり合致した一冊。おはなしずきには応えられませんね。そりゃ奇想が最大の特徴には違いないのだけれど、マイノリティのコンプレックスとおぼしきものが常に漂っているのも本書の個性であるように思う。ひねくれたような暗さも、不器用な優しさも、同じ根っこから出たものだから、無理なく共存している。個人的には、もっとドライな作風が好みとみえて、お気に入りはアイディア勝負の「さもなくば海は牡蠣でいっぱいに」あたりなのだけれど。探すと絶対にみつからない安全ピンと、すぐにいっぱいになってしまうハンガー。誰しもが覚えのある日常の不思議を、こう解釈しますか!と呆れる。それなのに、ばかばかしいなあと、一笑にふせない妙な説得力で、わけなく圧倒されてしまったり。そして、滑稽と哀しさは紙一重なのだなあと、何だかしみじみ。


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