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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

島田 美里の<<書評>>


凸凹デイズ
凸凹デイズ
【文藝春秋】
山本幸久 (著)
定価1680円(税込)
ISBN-4163244301
評価:★★★★★

 理想の上司なんてランキングを見かけることがあるが、もし、このふたりのおっさんがノミネートされたなら、ぜひ投票したいと思う。
 大滝と黒川という30過ぎの中年男が経営するデザイン事務所は、地味でしょぼい。だけど給料は安くても、この職場は楽園である。彼らのたった一人の部下である22歳の凪海の、のびのびした仕事ぶりがその証拠だ。まるで珍しい動物の保護区みたいに穏やかな環境だが、おっさんたちの天敵である他社の女社長とデザインコンペで競い合ってから彼らにも野心が芽生えてきたようだ。読んでいるこっちも、30歳をとうに過ぎても、勝負できるぞ!と、わけもなく鼻息が荒くなってくる。 
 それにしても、前作「はなうた日和」でも思ったが、著者の作品はディテールに味わいがある。着物姿に雪駄を履いている黒川が好きなアイスは、絶対「ガリガリ君」じゃないといけないし、大滝のTシャツの胸元には、やっぱりファンシーなキャラクターがプリントされてないといけない。「ふとっちょのおじさん」コンビの野性味やナイーブさを上手く表現した文章に出逢えば出逢うほど、彼らのランキングもうなぎ登りなのだ!


マルコの夢
マルコの夢
【集英社】
栗田有起 (著)
定価1365円(税込)
ISBN-4087747883
評価:★★★

 うすうす気がついてはいたが、やはりキノコという食べ物は、どことなくあやしい。どこに生えようが有無を言わせないような無言の迫力があるし、傘に顔を書いて擬人化しても、ちっとも不思議な感じがしない。
 そんなキノコの不気味さが炸裂しているのが、この物語だ。主人公は、姉の仕事を手助けするために渡仏した青年・一馬。彼は配達のために訪れたパリの三つ星レストランで、オーナーからキノコ担当として働くようにと告げられる。この場面で、料理人のサクセスストーリーと勘違いしそうになるが、実はそんなグルメ小説ではない。レストランの従業員として高級キノコの「マルコ」を調達するため、日本に戻った一馬を待ち受けていたのは異様なキノコの世界。私はふと、しめじのようなキノコが風呂場の窓枠ににょっきり生えているのを見て、ぎょっとしたことを思い出した。
 「マルコ」のように迫力のあるキノコを目撃したら、「あ、こんなところにお生えになられて」と敬意を表するしかない。そんな畏怖の念を抱いてしまうほど、この生物にはもち肌の相撲取りみたいな貫禄がある。




魔王

魔王
【講談社】
伊坂幸太郎 (著)
定価1300円(税込)
ISBN-4062131463

評価:★★★★

  改めてこの国の国民性について、考え込んでしまった。黒い雨雲がどんどん世相を覆っても、どしゃ降りになるまで気がつかないような鈍感さは危険だ。
 強気な発言で国民を煽動する政治家が現れたからといって、ファシズムを連想してしまう安藤のような会社員は珍しい。しかし、そんな敏感さがあるからこそ、不穏な空気も察知できる。
 読んでいる間、まるでサブリミナル効果のように、メッセージを受け取っている気がした。著者にそんな思惑はないのかもしれないけれど。安藤の口癖である「考えろ、考えろ」は、大衆の流れに乗っかってもいいかどうか見極めろ!という警告に聞こえたし、自分の念じた通りに他人に喋らせることができる彼の超能力は、自分の意見が届かないからといって諦めるな!という激励に思えた。憲法改正が取り上げられる続編の「呼吸」では、兄の想いを受け継いでいる安藤の弟夫婦に、たった一人でも抗ってかまわないぞ!と背中を押された気がした。
 この物語のテーマは、政治じゃなくて、世相と個人の関係だと思う。とにかく考えて、考えて、大衆の行く先と自分が向かいたい方角との違いを確かめたくなった。


ネクロポリス(上下)

ネクロポリス(上・下)
【朝日新聞社】
恩田陸 (著)
定価1890円(税込)
ISBN-4022500603

評価:★★★★

  霊的な伝統や風習に対して、畏敬の念を持たない人が多くなると、きっと味気ない世の中になってしまうのだろう。秋の彼岸にお墓参りに行けなかったことを、少し後ろめたく思ってしまった。
 舞台は、英国と日本の文化が融合する「V.ファー」という幻想的な国。聖地「アナザー・ヒル」で行われる「ヒガン」では、「お客さん」と呼ばれる死者が会いに来てくれるという。ミステリーともファンタジー小説とも言い切れない、スピリチュアル小説と呼びたくなるような世界観が、読者の魂をぐいっと引き込む。物語の中心をなす筋のひとつに、連続殺人事件があるが、ヒガンに参加している人同士のおしゃべりは、そのまま謎の検証になっている。それにしても彼らの会話は熱い。百物語を語り合うシーンでは、人知の及ばぬ現象に対する、人々の果てしない探求心を思い知らされた。
 事件が解明に向かうとともに、ヒガンの構造がはっきり見えてくる。涙が溢れ出すような強いカタルシスを感じることはなかったが、今は亡き愛する家族とどこかでつながっていたいという気持ちが静かに浮上してきた。余韻に浸りながら春の彼岸を待ちたい。


ワルボロ

ワルボロ
【幻冬舎】
ゲッツ坂谷 (著)
定価1680円(税込)
ISBN-4344010434

評価:★★★★

 昔から「ツッパリ」という言葉には、嫌悪感があった。聞いただけで、ぺったんこの学生鞄や、なめネコや、額にタワシをくっつけたような前髪を思い浮かべてしまう。姿勢も性格も斜めで悪かったな!と開き直ってそうだ。でも、この物語を読んで、なぜかツッパリに対するイメージが良くなった。
 ガリ勉だった中学生のコーちゃんは、売られたケンカを買ったのがきっかけで、不良の仲間入りをしてしまう。なんでそんなことで?と思うが、彼らがつるんでいるのは、ただの気まぐれじゃなくて、お互いが必要だからだ。事故死した弟の面影を忘れられずにいる奴も、時折父親が失踪して寂しい思いをしている奴も、仲間といるだけで心の傷が癒されるらしい。コーちゃんの仲間に対する誠実さは、好きな女の子に対しても変わらない。ギラギラした欲望なんてちっともなさそうなシャイな姿は、まるでナイトのようだ。
 それにしても、敵対する奴らと、来る日も来る日もケンカ、ケンカ、ケンカ。休符のないカスタネットか、年中無休のお店みたいに休みがない。ツッパリが皆勤賞っていうのも変な感じだけど。

夜市

夜市
【角川書店】
恒川 光太郎 (著)
定価1260円(税込)
ISBN-4048736515

評価:★★★★★

 なかなか悪夢から目覚められずに、夢の中でもがいているときの苦しさを思い出した。しかし、不思議なことに恐怖は感じない。この物語が描く奇妙な世界には、取り込まれるなら取り込まれてもかまわないと思わせる、ノスタルジックな風情がある。
 表題作に出てくる「夜市」という市場は、催眠商法よりたちが悪い。なぜなら、一度迷い込んだら、何か買うまで外には出られないという掟があるからだ。主人公の青年は、かつて人攫いに売ってしまった弟を取り戻そうとするが、案の定、夜市のルールに邪魔される。大切な人との間を隔てる境界線を、超えられそうで超えられないというストーリーは、併録の「風の古道」もよく似ている。人間は通ることができないというこの古道は、どの家の玄関も道側に向いていない。そこはまるで、霊山のような神聖さに包まれている。
 現実の世界とそこにぴったりと寄り添う異世界との関係が、日なたと日陰の関係に思えてきた。自分の足元に伸びた影をなぞるようにページをめくると、平穏な日々と突然の悲しみは表裏一体だという考えにたどり着くのである。



虹色にランドスケープ

虹色にランドスケープ
【文藝春秋】
熊谷 達也 (著)
定価1650円(税込)
ISBN-4163244204

評価:★★★★

  バイクの醍醐味はよくわからないけれど、走っているときの躍動感は伝わってきた。
 連作であるこの7編の短編には、いつもバイクの姿がある。登場人物に中年の男女が多いせいか、愛車には重い過去も積み込まれているようだ。リストラされたデパートマンも、事故に遭いながらもバイク人生を捨てきれなかった中年女性も、哀愁漂う風の中を走っている。タイトルに虹色という言葉がつけられている割には、悲しげな色が目立つ中、「こっちからピース-Green-」の爽やかな風が気持ちいい。主役は20代の女性。バイクに乗り始めた動機が、好きな人に影響されてというのが何ともけなげ。原付も乗ったことがないのに大型を乗りこなそうとする無鉄砲さに、抑えきれない愛情を感じてしまう。
 バイクはなんとなく楽器に似ているような気がした。1人で走る(独奏)ことも、複数人で走る(アンサンブル)こともできて、同じバイク(楽器)を持っている人を見かけたらつい声をかけたくなる。7人の人間関係が微妙に重なって現れる七色の虹が、ひとつの音楽にも感じられた。欲を言えば、もう少し若々しい旋律も聴きたかったけれど。


ほとんど記憶のない女

ほとんど記憶のない女
【白水社】
リディア・デイヴィス (著)
定価1995円(税込)
ISBN-4560027358

評価:★★★★★

 いくつか候補に挙げた言葉の中から厳選したかのように、著者の描写には狂いがない。訳者の言葉の選び方も的確なのだろう。
 51編の短編の中には、行間を空ければ詩に見えるものや、頭の体操になりそうな論理的なもの、そして日記のような記録風のものなど様々である。長さが1ページにも満たない作品であっても、まるで読者の心にくっきり足跡を残していくように、強い印象を置いていく。水浸しになった庭の手押し車の下から現れたウナギ(「天災」)も、瞬間的に猫の姿に見えた樹木の葉の影(「混乱の実例」)も、短編映画のワンシーンさながらである。語り手が一軒家の管理人として暮らす「サン・マルタン」では、散らかっている部屋の埃っぽさや、古い粉で作ったオニオンパイの風味まで、こっちの鼻をくすぐってきた。人里離れた土地のわびしい空気が、読者の体をも包み込んでくるようだ。著者は、頭の中にある映像を伝えるとき、ピントがぼやけないように細心の注意を払っているのだろう。
 これだけ優れた表現力を披露されたら、長さが短くても、起伏のあるストーリーじゃなくても、一向にかまわないのである。


どんがらがん

どんがらがん
【河出書房新社】
アヴラム・デイヴィッドスン (著)
定価1995円(税込)
ISBN-4309621872

評価:★★★★

 16篇が収録されているけれど、底抜けに明るい作品はなかった。それは、決してつまらなかったという意味ではない。奴隷売買や養老院、親の愛に飢えた子どもといった題材に、嫌でもせつなさを感じてしまう。
 表題作もまた同じだ。巨大な山鉾である「どんがらがん」には、民衆を威嚇して食料を巻き上げることができるほど、攻撃力のある大砲が装備されている。発進させるときの、どんがらがーん!というとぼけた掛け声は子どもならきっとマネしたくなるだろう。すっかり脳天気な話かと思ったら、その山鉾を動かす集団の小汚い風貌が、悲しい気分を連れてきた。
 この作品には、著名な文学賞での受賞作も含まれている。ところが解説によると、商業的なものから書きたいものへ方向転換してから、「売れない通好み」の作家になったそうだ。「ナイルの水源」に出てくる、未来の流行を予言できるという一家に振り回される作家と、著者のイメージが何となく重なった。著者の作品には、思い通りにならない世の中が前提にある気がする。一篇読むごとに人生の悲哀が、どんがらがーん!と押し寄せてくるようだ。


メジャーリーグ、メキシコへ行く

メジャーリーグ、メキシコへ行く
【東京創元社】
マーク ワインガードナー (著)
定価2520円(税込)
ISBN-4488016448

評価:★★★

 かつて、アメリカに黒人メジャーリーガーはいなかったそうだ。そのことを思えば、近ごろ日本人選手が、盛んにメジャーのグラウンドに立っているのは、人類が月面に立ったのと同じくらいの奇跡なのかもしれない。
 メキシコの資産家によるアメリカ人選手の引き抜きがあった頃の話である。1946年当時は、アメリカよりメキシコ野球界の方が、選手の身分が保証されていたらしい。ちなみに、この作品は野球の歴史書ではない。事実をもとにしたフィクションだから、ピンポンが意外に上手いベーブ・ルースに出逢えたりして、コントを見ている気分も味わえる。語り手が章ごとに変わるが、一番読ませたのは、フリーエージェント制導入のきっかけとなったダニー・ガルデラ。キーマンが放つオーラは、やっぱり人を惹きつける力がある。
 日本人にとって、昔のメジャー、そしてメキシコリーグは、月ほど遠い世界。例えば、王貞治と長嶋茂雄はどちらが先に引退したか答えられるように、肝心な史実を知っていれば、真実と脚色の絶妙なコンビネーションを満喫できたのだろう。ちょっとくやしい。


WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書


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