うすうす気がついてはいたが、やはりキノコという食べ物は、どことなくあやしい。どこに生えようが有無を言わせないような無言の迫力があるし、傘に顔を書いて擬人化しても、ちっとも不思議な感じがしない。 そんなキノコの不気味さが炸裂しているのが、この物語だ。主人公は、姉の仕事を手助けするために渡仏した青年・一馬。彼は配達のために訪れたパリの三つ星レストランで、オーナーからキノコ担当として働くようにと告げられる。この場面で、料理人のサクセスストーリーと勘違いしそうになるが、実はそんなグルメ小説ではない。レストランの従業員として高級キノコの「マルコ」を調達するため、日本に戻った一馬を待ち受けていたのは異様なキノコの世界。私はふと、しめじのようなキノコが風呂場の窓枠ににょっきり生えているのを見て、ぎょっとしたことを思い出した。 「マルコ」のように迫力のあるキノコを目撃したら、「あ、こんなところにお生えになられて」と敬意を表するしかない。そんな畏怖の念を抱いてしまうほど、この生物にはもち肌の相撲取りみたいな貫禄がある。
魔王 【講談社】 伊坂幸太郎 (著) 定価1300円(税込) ISBN-4062131463
ネクロポリス(上・下) 【朝日新聞社】 恩田陸 (著) 定価1890円(税込) ISBN-4022500603
ワルボロ 【幻冬舎】 ゲッツ坂谷 (著) 定価1680円(税込) ISBN-4344010434
夜市 【角川書店】 恒川 光太郎 (著) 定価1260円(税込) ISBN-4048736515
評価:★★★★★ なかなか悪夢から目覚められずに、夢の中でもがいているときの苦しさを思い出した。しかし、不思議なことに恐怖は感じない。この物語が描く奇妙な世界には、取り込まれるなら取り込まれてもかまわないと思わせる、ノスタルジックな風情がある。 表題作に出てくる「夜市」という市場は、催眠商法よりたちが悪い。なぜなら、一度迷い込んだら、何か買うまで外には出られないという掟があるからだ。主人公の青年は、かつて人攫いに売ってしまった弟を取り戻そうとするが、案の定、夜市のルールに邪魔される。大切な人との間を隔てる境界線を、超えられそうで超えられないというストーリーは、併録の「風の古道」もよく似ている。人間は通ることができないというこの古道は、どの家の玄関も道側に向いていない。そこはまるで、霊山のような神聖さに包まれている。 現実の世界とそこにぴったりと寄り添う異世界との関係が、日なたと日陰の関係に思えてきた。自分の足元に伸びた影をなぞるようにページをめくると、平穏な日々と突然の悲しみは表裏一体だという考えにたどり着くのである。
虹色にランドスケープ 【文藝春秋】 熊谷 達也 (著) 定価1650円(税込) ISBN-4163244204
ほとんど記憶のない女 【白水社】 リディア・デイヴィス (著) 定価1995円(税込) ISBN-4560027358
どんがらがん 【河出書房新社】 アヴラム・デイヴィッドスン (著) 定価1995円(税込) ISBN-4309621872
メジャーリーグ、メキシコへ行く 【東京創元社】 マーク ワインガードナー (著) 定価2520円(税込) ISBN-4488016448
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