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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

新冨 麻衣子 新冨 麻衣子の<<書評>>


凸凹デイズ
凸凹デイズ
【文藝春秋】
山本幸久 (著)
定価1680円(税込)
ISBN-4163244301
評価:★★★★

 弱小デザイン事務所に所属する主人公・凪海が、デザインのコンペに向かうため、台風のなか必死に歩いてるシーンから物語ははじまる。そのコンペには凪海の勤める「凹組」と、美人社長が率いる旬なデザイン事務所「QQQ」が最終選考に残っていた。「凹組」は新人の凪海と、デザイナーとしての腕は確かだが変わり者のクロ、そして3人のまとめ役的な存在のオータキという3人だけの弱小デザイン事務所で、抱える仕事と言えばエロ雑誌のレイアウトやスーパーのチラシばかり。つまりこのコンペは、「凹組」にとっては大きな仕事なのである。ところが結局そのコンペでは、「凹組」のキャラと「QQQ」のロゴという組み合わせになることになってしまい……!?
 これに十年前のオータキを視点にした、クロと、のちの「QQQ」の美人社長との3人の物語を、上手いこと噛み合わせている。平安寿子が好きな人は間違いなくツボにはまる作品だと思う。ラストも最高です。


マルコの夢
マルコの夢
【集英社】
栗田有起 (著)
定価1365円(税込)
ISBN-4087747883
評価:★★★★

 なりゆきで三ツ星レストラン「ル・コント・ブルー」で働くことになった一馬。ある日オーナーから隠れ看板メニューの素材である幻のキノコ<マルコ>を買いつけてきてほしいと頼まれ、わずかな手がかりをもとに故郷・日本に戻るのだが……。
 小説としては「不思議の国のアリス」みたいな味わいだ。もしくはRPG?  就職活動に失敗すること、フランスに行くこと、「ル・コント・ブルー」で働くこと、マルコを探すこと、そしてマルコに出会うこと……。すべて主人公にとっては予想外の展開なのに、それはどこか決められた運命かのように物語は静かに進む。読みはじめると、まるで主人公と同じように、なし崩し的にその不思議な世界に迷い込んでしまう。
 栗田有起ワールド全開な素敵な小説であるとともに、キノコLOVEなわたしにとってもたまらない一作でした。


魔王

魔王
【講談社】
伊坂幸太郎 (著)
定価1300円(税込)
ISBN-4062131463

評価:★★★★★

 主人公は、純粋で理屈っぽいサラリーマン・安藤。ある偶然により、念じた言葉を他人に言わせることができる能力を自分が持っていることに気付いて……。
 この物語に大きく影響を与えるのが<変容する日本社会>だ。中国、そしてアメリカへのフラストレーションが高まる日本において、カリスマ的な若き政治家・犬養が注目を浴びはじめる。それまでの政治家が色あせるほどに、強気な発言とそれに伴う実行力によって、彼は日本中を熱狂させ、そして首相まで駆け上る。そう、かつてのムッソリーニのように。思考を停止してしまった国民。止まらないファシズムの勢い。「考えろ考えろマクガイバー」と安藤は必死で抵抗するが……。
 この小説はたしかにファシズムの持つ恐ろしさを感じさせるが、あとがきで著者が語っている通り、それがテーマではない。自分の中にあるサムシングを信じ続ける兄弟の物語だ。下手したら重くなりがちな題材を、伊坂幸太郎らしい巧みな話術とオカルトチックなエピソードで昇華させてる。上手い。そして、面白いです。


ネクロポリス(上下)

ネクロポリス(上・下)
【朝日新聞社】
恩田陸 (著)
定価1890円(税込)
ISBN-4022500603

評価:★★★★★

 英国と日本の文化が入り交じった不思議な島国・V.フォー。そこに、死者と交われるとされる場所アナザー・ヒルがある。それがこの物語の舞台だ。国外の人間からは単なるヨタ話と見られているが、V.フォーの人々は当たり前のことのようにヒガン(日本の言葉からとられた)の時期にはアナザー・ヒルに向かう。
 そのヒガンに初めて参加する、主人公のジュンイチロウ・イトウ。半信半疑だったが、現実に「お客さん」(←ヒガンに現れる死者)を見て混乱するうえに、例年のヒガンにない謎の殺人事件に次々と関わってしまう……。
 フワフワとした世界観のなかで起こるスリリングな事件、その奇妙なギャップがたまらない!  こんなに分厚い(上下巻で約800ページ!!)のに一気読みしちゃいましたよ。ラストに向かって盛り上がっていくスリリングさ、という点ではこれまでの作品の中でも一番かも。未読の人はぜひ年末年始にどうぞ!


ワルボロ

ワルボロ
【幻冬舎】
ゲッツ坂谷 (著)
定価1680円(税込)
ISBN-4344010434

評価:★★★★

 岸和田に中場利一、立川にはゲッツ板谷!? スラム街を思わせる立川の町でひたすらケンカに明け暮れる主人公と5人の仲間たち。家族、メンツ、友達、恋……あまりにも多くの問題に囲まれながら、でも6人でいれば笑っていられる。こっぱずかしくなるほどにストレートではあるけど、初めての小説としては驚くほどに完成度が高いように思える。
 6人のキャラクターがいいんだよね。戦闘系、頭脳系、情報系……と、いつしか個々の能力が生きたメンバーになってるし。仲間同士で馬鹿言ってるコミカルなシーンと、それぞれが家族のことで悩むシリアスなシーンとのバランスがすごくいい。そこに読んでるこちらがあきれるほどに激しいケンカのシーンがばんばんはさまってくる。ハラハラしたりじんとしたりくすくす笑ったりしながら一気に読める小説だ。
 これはまだ中学生の頃の話。ラストには続編を書く意思があるように解釈できるので、岸和田愚連隊と同じくシリーズ化になるのかも。続き出たら、買います。

夜市

夜市
【角川書店】
恒川 光太郎 (著)
定価1260円(税込)
ISBN-4048736515

評価:★★★★

 デビューを兼ねたこういう受賞作ってほとんど手に取らないんだけど(だいたいそのまま消えていくから)、これは予想外に良かった。世界を隔てて生きることになった二人きりの兄弟、その二人の人生がふたたび交わった二度目の「夜市」は、たまらなく哀しい展開が待っている。ストーリーがとてもいいの。ホラーというよりかは、幻想的で土着的な色合いのあるSF小説といったほうが近いかも。
 収録されているもう一つの小説「風の古道」もいい。幼い頃迷子になり、通りすがりの人に不思議な道を教えてもらって家まで帰り着いた主人公が数年後、友達と二人で再びその道を通ろうと試みる。だが思わぬ悲劇が二人を待ち受けていた……。古道の住人であるレンの決意、古道に魅せられながらも自分の世界へ帰ることを選択した主人公の決意。どちらもひどく切ない。どこか懐かしいような設定を生かしながら、シンプルなストーリーの中に濃密な時間が描かれる。とても魅力的だ。今後が楽しみな作家さんです。


虹色にランドスケープ

虹色にランドスケープ
【文藝春秋】
熊谷 達也 (著)
定価1650円(税込)
ISBN-4163244204

評価:★★★★

 熊谷達也なのに、自然が出てこない! 山とか熊とか海とかシャチとか大自然の恐ろしさを相手にしたダイナミックかつ静謐な小説を描いてきた熊谷達也なのに! 本作は、バイクに惚れ込んだ数人の男女のままならない人生を切り取った、せつない連作短編集。一体全体どういう作品なのかとドキドキしながら読み始め、なかなか「熊谷」色が見えないことに不安を覚えながら読み進めたのだけど、いやはや心配ご無用でした。
 7つの短編が、バイクと記憶をリングにして大きな一つの物語を生み出す。家族のためにすべてを投げ出す男、生前には知ることがなかった父の意外な一面に困惑する息子、路上で仲間と奇跡の再会を果たした男、事故をきっかけに恋を終わらせた女……それぞれの切ない人生のひとコマと仲間のつながりを描いたこの小説は、きっといつか自分を許せる日が来る、と優しく訴えかけてくる。


ほとんど記憶のない女

ほとんど記憶のない女
【白水社】
リディア・デイヴィス (著)
定価1995円(税込)
ISBN-4560027358

評価:★★★★★

 アメリカ小説界の静かな巨人、と呼ばれる著者の短編集。日本での翻訳は初めてらしい。もちろん私も読むのは初めてだ。
 既視感を伴う日常のひとコマがこの小説家の手にかかると、クールでひねくれた、そして静謐な物語になる。かといって乾いた印象はない。それどころかけっこう人間味あふれる小説なのだ。そして読み返せば読み返すほど、味が出てくる。個人的には男と女の諍いやすれ違いを描いたショート・ショートのアイロニックさがお気に入り。
 上手く説明できないが、気になった人は書店でちょっと立ち読みすることをオススメする。ほとんどがかなり短いショートショートなので2〜3編すぐに読めるから。
 それにしてもハンガーにかけられた服の上におっぱいが浮いてるこのカバーイラスト、いいですね。目を引くし、中身の小説の何ともいえない奇妙な雰囲気にぴったり。


どんがらがん

どんがらがん
【河出書房新社】
アヴラム・デイヴィッドスン (著)
定価1995円(税込)
ISBN-4309621872

評価:★★★★★

 わけわかんないぞ、この作家。この世のあらゆる小説をぐるぐるかき回して適当な網でこしたものが、この著者の頭の中に乱雑に詰め込まれてるとしか思えない。実際わたしもついていけない話は飛ばし飛ばし読んだ手前、万人には勧められない。でもね、面白い。
 とりあえず万人に勧められる人情的な話は「パシャルーニー大尉」。父親の幻想にすがる少年に素敵な一日を過ごさせるパシャルーニー。ルパン三世的あしながおじさんってかんじ。「物は証言できない」もいい。奴隷は物であると常日頃から言い張る奴隷商人が鮮やかに窮地に陥る。スカッとします。また養老院でのひとつの罪なき嘘が引き起こした小さな悲劇「眺めのいい静かな部屋」もさらっと描かれているわりに、深く、印象的だ。これは養老院という閉鎖性が産み落とした小さくも残酷な戦争だ。背筋が寒くなる。
 というわけでニヤリとしたりゾゾッとしたり何ともいえない気味悪さに包まれる、そんな短編集。意外にエンタメ性高いですよ。

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