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浅谷 佳秀

浅谷 佳秀の<<書評>>



小春日和

小春日和
【集英社文庫】
野中柊 (著)
定価540円(税込)
ISBN-4087460266

評価:★★

 小春と日和という双子の姉妹が、映画好きの母親の勧めでタップダンスを習い始める。たちまちタップダンスにのめり込んだ二人は、発表会を見にきていたCMプランナーの目に留まり、CMに出ることに。CMは反響を呼び、二人の世界は思わぬ方向へと広がっていくが、娘を芸能界に入れたくない父と、娘たちの可能性を信じたい母親との間に葛藤が生じる。二人の姉妹は揺れ動きながら、自分たちの未来を見つめる。
 NHKの朝の連続テレビ小説みたいな話だ。二人の姉妹の描写がとても生き生きとしていたし、ダンスの「桜井先生」や、「長老」というあだ名をもつ吉田くんのキャラもいい。なのに、これからいよいよ面白くなる、というところで話が急にフェィド・アウトしてしまう終わり方には面食らった。料理の、最後に残しておいた一番美味しいところを、さあ、食べるぞ、と箸を伸ばした瞬間に、さっとお皿を下げられてしまったみたいな気分だ。中途半端に期待を持たされた分、肩透かし感が強い。クライマックスはちゃんと盛り上げてくれなきゃ。

リアルワールド

リアルワールド
【集英社文庫】
桐野夏生 (著)
定価500円(税込)
ISBN-408746010X

評価:★★★★★

 これは思春期の物語だ。思春期とは光と同時に、闇に惹かれる時期でもある。一人一人の傍らにぽっかりと口を開けている闇は、退屈でくだらない日常の側から見れば、甘美な誘惑に満ちている。誰しも、通過儀礼のようにその闇に一度は引き寄せられ、立ち止まったりするものだ。だが一歩、その闇の中に踏み込んでしまうと取り返しがつかなくなる、ということは往々にしてある。
 ミミズという少年が、ある日唐突に闇への一歩を踏み出す。金属バットで母親を殴り殺して家出するミミズ。それぞれにミミズと関わりを持つことで、揺さぶられてゆく4人の女子高生たち。ミミズと女子高生たち一人一人の視点で、この物語は書かれている。書き分けは非常に精緻だ。それぞれに孤独と焦燥を抱える思春期の彼らは、互いに共鳴しあい、あるいは反発しあい、腹を探りあいながら、闇の中へと踏み込んでゆく。いったん踏み込んだら、引き返せないとわかっていても、手探りで行く。彼らの足取りに躊躇はみられない。それが痛ましくもあり、しかしどこか眩しくもある。

いらっしゃいませ

いらっしゃいませ
【角川文庫】
夏石鈴子 (著)
定価540円(税込)
ISBN-4043604041

評価:★★★★

 主人公みのりが、出版社の入社試験に受かり、受付に配属されて働いた1年間の日々を描いた作品である。作者自身の実体験から生まれた小説で、白石一文氏の解説によれば、主人公のみのりは作者自身がモデルになっているらしい。
 読んでいて気持ちがいいのは、みのりが、とても健全なプライドを持っていて、周囲に媚びたり、流されたりしないこと。だからといって突っ張っているわけでもなく、すごく自然体だ。働くことイコール自己実現、なんて無理をする必要もない。家庭や家族、趣味を愛するように、会社や同僚、仕事を愛することができたら、それはとても素敵なことだ、と、この本を読んで素直にそう思えた。
 物語ではこれといった大事件など起きないが、みのりの同僚の宮本さんとか、みのりを口説こうとする「石坂様」とか、登場人物のキャラやエピソードが強烈かつリアリティに富んでいて面白く、一気読みしてしまった。お見合いを勧められて悩む春子と、みのりのやりとりもすごくいい。

トリツカレ男

トリツカレ男
【新潮文庫】
いしいしんじ (著)
定価380円(税込)
ISBN-4101069239

評価:★★★★

 はまる、じゃなくてトリツカレるのだ。無論、パチンコとか、株とか、ゲームなんかにじゃない。オペラ、三段跳び、潮干狩り、刺繍、ハツカネズミなどにである。そしてある日、公園で、風船売りの女の子、ペチカにトリツカレる。トリツカレたからといって、ストーカーになどならない。ストーカーが愛するのは自分自身だけだが、トリツカレ男ジュゼッペは、自分がトリツカレた対象を純粋に愛する。
 ペチカはいろんな悩みを抱えていて、心の底からの笑顔をつくることができない。ペチカにトリツカレたジュゼッペは、彼女の抱えている悩みを、どうやったら取り除いてあげられるのかということを、ただひたすら考える。トリツカレ男ジュゼッペの本領が、ここから発揮される。
 誰かを愛したならば、とにかくその人の幸せを心から願えばよい。そういう、シンプルだけれど、ともすれば忘れがちなことを、このメルヘンは思い出させてくれる。大人から子供まで、ぜひお薦めしたい作品だ。

ジャンヌ・ダルクまたはロメ

ジャンヌ・ダルクまたはロメ
【講談社文庫】
佐藤賢一 (著)
定価600円(税込)
ISBN-4062753189

評価:★★★

 高校時代、世界史で挫折して以来、西欧中世史というのは私にとって、いまだ神秘のヴェールに包まれた未開のジャンルである。魔女狩りに象徴される救いのない暗黒の時代というイメージが強くて、どうも手を出しづらいからなのだが、この作品には抵抗なくすっと入っていけた。歴史上の人物も、血の通った等身大の人間として、生き生きと描かれている。作品は7つの短編から成るが、前半の3篇がジャンヌ・ダルクと100年戦争に関わる物語、1つレコンキスタものを挟んで、後半3篇がレオナルド・ダ・ヴィンチに関わる物語、となっている。
 ジャンヌ・ダルクは果たして聖女だったのか、それとも黒幕に繰られるパラノイアの女に過ぎないのか、という疑問に惑いつつ、権勢を振るう自分の足元の覚束なさに思い至る筆頭侍従官ジョルジュの屈託を描く表題作が面白かった。また、天才ダ・ヴィンチの例の畢生の名作の成立と人力飛行機の実験の残酷なエピソードを絡めて描いた「ヴォラーレ」も鮮やかな印象を残した。

青空の卵

青空の卵
【創元推理文庫】
坂木司 (著)
定価780円(税込)
ISBN-4488457010

評価:★★

 外資系保険会社に勤める坂木と、引きこもりの友人・鳥井。坂木はいろんな事件、あるいは事件めいた謎を鳥井のもとに持ち込む。それは鳥井と社会の接点をもたせるための坂木のたくらみでもある。明晰な頭脳と鋭い洞察力を持つ鳥井は、それをたちどころに解決してゆく。
 物語は坂木の一人称視点で語られる。坂木の生活はアダルトチルドレンである鳥井の世話を焼くことを中心に回る。坂木は鳥井に同情しつつ一方で、ある種のコンプレックスを抱くほどにも心酔している。鳥井も、そういう坂木を信頼し、彼にだけは心を開いている。
 読み始めのうちは、なるほど麗しい友情物語か、と思った。しかし読み進むにつれげんなりしてきた。坂木の、鳥井への思い入れの深さは何だか尋常ではなく、鳥井が自分以外の人間と心を通わせそうになると嫉妬めいた感情を抱きさえする。ホモセクシュアルな要素こそないが、友人の枠を超えて、どっぷり相互依存し合っている男二人なんて、やっぱり気持ち悪い。内輪だけの人間で織り成される人情ドラマにもげっぷが出る。

あほらし屋の鐘が鳴る

あほらし屋の鐘が鳴る
【文春文庫】
斎藤美奈子 (著)
定価660円(税込)
ISBN-4167656531

評価:★★★★

 この本は、作者が「pink」や「uno!」といった女性誌に連載していたコラムを中心にまとめたもの。今回文庫化された、元の単行本は10年近くも前に出たもののため、各タイトルの鮮度は落ちてはいるが、内容に古さはあまり感じない。
 あとがきの「給湯室の思想」で自ら書いているように、作者は「女の子の味方」で「おじさんの敵」のようだ。一応、メディア上のスタンスだと断りはしているけれど。だから、おやじ読者層から面白いと評されるのも作者にしてみればうざいようで、どうしてこの本がおやじにも受けたのか、このあとがきで自己批判的に分析しているのには笑えた。私もおやじだし、ほめちゃいけないのかもしれない。おやじ慰撫史観なんてまあ、ほんと呵責ない。でも旗色をはっきりさせた主張は潔いし、分析は鋭いしで、常識的なおやじならおおむね共感できる内容だろう。しかも律儀なことに、多くのコラムに、2006年1月時点でのコメントを追加してフォローしている。ただ、リボンをつけているガイコツのイラストはうっとうしい。

わたしたちが孤児だったころ

わたしたちが孤児だったころ
【ハヤカワepi文庫】
カズオ・イシグロ (著)
定価987円(税込)
ISBN-4151200347

評価:★★★★

 タイトルにまず心惹かれた。
 前半は回想を中心にして物語が語られてゆくが、正直ちょっとまだるっこしい。後半、行方不明の両親の消息をたどって主人公が上海に渡ってからは、やや展開が速くなる。一方で、あれこれすっ飛ばして話が先に進むかと思うと、古い記憶を辿って足踏みしたりで、現実と記憶が交錯し、夢幻的な様相を見せはじめる。仕事を放擲し、心惹かれる女性とマカオに向かおうとしていた主人公が、いつの間にか戦場を彷徨うことになるあたりはなんだか凄い。このあたり、状況にもお構いなしにずいぶん無茶な行動をする主人公の意識も行動も混沌としてきて先が読めない。主人公の両親の発見を大々的に祝う式典が計画されているくだりなど、ほとんど夢か現かといった感じ。
 これは一種の「母をたずねて三千里」かもしれない。アニメでは、マルコ少年が約2年の旅の果てに母親と再会を果たしてハッピーエンドだったが、こちらは、ほぼ半世紀かかって、しかも何という結末だろう。切なさに胸を締め付けられる。

地球の静止する日

地球の静止する日
【創元SF文庫】 
レイ・ブラッドベリ 、シオドア・スタージョン他 (著)
定価1050円(税込)
ISBN-4488715028

評価:★★★★★

 レイ・ブラッドベリやロバート・A・ハインラインなどの手による短編集。SF映画原作傑作選と銘打たれている。私が観たことのある映画は残念ながら1本もなかったため、映画と原作を比較して楽しむということはできなかったのだが、いずれにせよこれらの作品は外れなし。全てが文句なしに面白かった。
「趣味の問題」はファースト・コンタクトにおける生理的好悪の問題を扱う、一種の滑稽譚。「ロト」はパニックもの。シニカルなラストが衝撃的。「殺人ブルドーザー」は人間を殺しまわるブルドーザーの物語。荒唐無稽さではこれが1番。ど迫力の描写で一気読みした。「擬態」は諸星大二郎の漫画を連想させる。「主人への告別」は高い知性を持つ異性人と人類との悲劇的な出会いとその後日譚。ラストにどんでん返しがある。「月世界征服」では緻密きわまる描写に驚かされる。その19年後に実際に人類が月に行くことを、そのまま予言したような作品。ラストがとてもクールで素晴らしい。

イノセント(上)

イノセント(上下)
【ランダムハウス講談社文庫】
ハーラン・コーベン (著)
定価819円(税込)
ISBN-427010029X
ISBN-4270100303

評価:★★★★

 主人公のマットは、過去に友人の喧嘩に巻き込まれ、仲裁をしようとした若者を偶発的に殺害して服役した過去を持っている。マットが「人殺し」のレッテルを貼られて苦しんでいる点、先月の課題図書である真保裕一の「繋がれた明日」に通じるものがある。過去の殺人への懊悩を抱くマットは、ある日、謎の電話によって、自分が唯一信じる妻オリヴィアが、自分に重大な隠し事をしていることを知る。
 特筆すべきは、マットが、自分が殺害した若者の母親、ソーニャ・マグラスと交流を持つ点だ。マットとソーニャは、加害者と被害者遺族の立場を超えて互いに心を開き、悩みを打ち明けあうような関係を築く。ソーニャはマットに対し、自分の息子の死を乗り越えてほしいと願いさえする。だから、ラスト近くで、マットがソーニャの夫であるマグラス氏と対峙するシーンには苦い失望感を抱かずにはいられなかった。自分と家族を守るために相手を叩き潰すことを厭わないアメリカ的なメンタリティが、結局は顔を覗かせるわけだ。