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2008年5月

岩崎智子の勝手に目利き

『こっちへお入り』 平安寿子/祥伝社

 ペンネームの元にもなっている『アン・タイラー』の作品を「すっとぼけていて、落語的」とコメントしていた平さん。そんな彼女の最新作は、友人に誘われ落語教室に参加することになった三十代独身OL・江利が主人公の『こっちへお入り』。落語をテーマにした作品といえば、映画にもなった佐藤多佳子さんの『しゃべれども、しゃべれども』があり、こちらが二ツ目の落語家を主人公にしているのに対して、本作は全くの素人が主人公だ。章末に、江利のコメントとして、落語家や落語の演目に関する解説が挿入されているため、落語ビギナーでも楽しめるのではないだろうか。勿論、落語を知っている人でも、NHKの朝ドラ『ちりとてちん』に登場した『崇徳院』や、宮藤官九郎さん脚本のTVドラマ『タイガー&ドラゴン』で取り上げた『三枚起請』も登場するので、興味を持つかもしれない。小池真理子さんのほどイロっぽくもなく、角田光代さんのほどヘタレでもない、ヒロイン設定も親しみやすい。『大工調べ』の与太郎(間抜けキャラ)に触発されて、生意気な部下に逆襲したり、『文七元結』の父と娘の関係に、自分と親とをあてはめてみたり。等身大のヒロイン・江利が、落語を通じて現実の様々なトラブルや、家族や友人など身近な人との関係を見つめ直していく姿が軽妙なタッチで描かれており、するするっと読める。

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佐々木康彦の勝手に目利き

『ボクはワインが飲めない』 宮藤官九郎/角川文庫

 「人と上手につきあう方法」みたいに「○○を上手にする方法」といった本が、それだけでひとつのコーナーが出来るくらい、たくさん出版されていています。このような本を読んで、みんな真面目です。自分を高める為に努力しています。向上心のない自分が恥ずかしい。そのような本の対極に位置するのが本書。力抜けまくりです。内容は「TV LIFE」に4年間連載されたものに後日譚等を加えたコラム集で、「木更津キャッツアイ」など、著者がかかわった作品に関して書かれていることが多いのですが、日々のくだらない出来事なども書かれており、ドラマのことを知らなくても楽しめます。
 感動する話があるわけでもなく、大爆笑出来るわけでもない(笑えますけど)けれど、何かを得るためだけに本を読むのでは息苦しい。たまにはこんな「脱力コラム」で息抜きしてはいかがでしょうか?
 あと、最後の方に出てくる川島なお美さんが、ざっくばらんで好い人でした。印象が変わりました。

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島村真理の勝手に目利き

『職人ワザ!』 いとうせいこう/新潮文庫

 職人、それは、物を作り技を磨き自らの腕に自信をもっている人たち。下町で育ち、また、いまも下町で暮らす、いとうせいこう氏による職人ワザのルポ。
 職人の技=伝統のものという印象が強い。でも、そういう堅苦しさがすっぽり抜きになっているのは、著者が自分の馴染みの人たちに話をうかがっているからでしょう。懐に入っているので、ちょっとした立ち話のような気楽さがあって、とっつきやすい感じがします。
 扇子、江戸文字、てぬぐい、効果音、鰻にスポーツ刈りなどなど、インタビューをされた人たち誰もが、自分の仕事を愛しているという事実がとてもうれしく感じる。いとう氏の聞き上手のたまものとも言えるこの本。ワザのすごさはさることながら、「人の話を聞く」ということの面白さを味わえる一冊です。

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