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2007年11月

佐々木克雄の勝手に目利き

『交渉人 遠野麻衣子・最後の事件』 五十嵐貴久/幻冬舎

 交渉人という言葉に、テレビで活躍中の彼を連想してしまうけれど、遠野麻衣子の登場は2003年の前作『交渉人』(現在は幻冬舎文庫)、つまり「真下君」より先だったワケ。
 その前作を引きずる形で本作は幕を開ける。『交渉人』事件の公判中、彼女に犯人から連絡が入る──それが端緒となり、大都市TOKYOを人質にした無差別テロとの戦いが繰り広げられるのだ。迫り来るタイムリミット、爆弾を探す警察……ドッキドキのハラハラ。
 主人公はもちろん彼女だが、メールだけの神経戦は閉ざされた空間でしかない。むしろこのストーリーの主役たちは、情報パニックに陥った大都市の姿であり、キャリア対ノンキャリといった警察組織の軋轢であり、過去を背負った犯人だと言えよう。
 実際起こった事件をモチーフにしたフィクションだが、濃密な描写にリアルを感じ、時間を忘れて読み耽ってしまった。これ、かなり良質なエンタテインメントです。

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『澁澤龍彦のイタリア紀行』 澁澤龍彦、澁澤龍子、小川煕/新潮社

 今年は澁澤の没後20年で、各地で美術展や文学展が開催されたそうで。
 マルキ・ド・サド、ジャン・コクトーを日本に紹介した人物、または奇想の小説家として知られる彼は、生涯4度のヨーロッパ旅行では、イタリアが富みにお気に入りだったとのこと。本書は旅を共にした妻と友人の回想による澁澤的イタリア案内。
 彼の目線によるイタリア観光の偏り方が半端じゃない。普通の観光客なら必ず訪れる場所にはさして興味を示さず、小さな美術館にいくつも訪れてはエログロな彫像や絵画に見入っていたという。彼が見た芸術の数々が写真で掲載されているが、嗚呼これが澁澤の世界観なのだなと、ファンなら頷いてしまうことだろう。
 その他、丹念に綴られた直筆のメモ、旅先で集めた大量の絵葉書なども紹介されており、彼の感動や興奮が真っ直ぐに伝わってくる。こんなイタリア案内もアリですな。

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松井ゆかりの勝手に目利き

『ふつうの生、ふつうの死 緩和ケア病棟「花の谷」の人びと』 土本亜理子/文春文庫

 父がくも膜下出血で亡くなったのは4年前のことである。仕事場で倒れてそのまま息を引き取り、私たち家族は死に目に会うこともかなわなかった。呆然とする私たちにこう慰めの言葉をかけてくれた方もいた、「もし助かったとしても、くも膜下出血の場合重い障害が残りやすい。そうなったらおとうさんもあなたたちも大変な思いをする。つらくてもこれでよかったのだ」と。私も納得しようとした。しかし罪悪感のようなものを拭い去ることはできなかった。たとえどんな姿になっても父に生きていてほしかったと思うのが当然ではないかと。
 この本を読むまで私はホスピスというものについてほとんど何の知識もなかった。死に向かう人々でもこんな風に最後まで人間らしく生きられる場所があるのだということを初めて知った。もし父がもぎ取られるように命を落としていなかったとしたらどうだっただろうか。
 どんな別れ方であっても家族の死は悲しい。覚悟していたからといってつらくないわけではない。それでも残り少なくなっていく日々を一日一日大切に生きられる場所があったら……そんな選択もあるのだということを、この本を通して多くの方々の心に留めてもらえたらと思う。

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『Rのつく月には気をつけよう』 石持浅海/祥伝社

 俺が悪かった、あさみ、嫌いだなんて言って。俺おまえのこと誤解してたんだよ。ほんとにごめん。だからこれからもずっと……。
 はっ、ちょっと妄想(?)がふくらみ過ぎてしまいました。上の部分は石持浅海さんへの私からのラブコールです。
 初めて読んだ石持さんの作品は「扉は閉ざされたまま」でした。「文春」や「このミス」などのミステリー・ベストテンで軒並み2位の高評価を獲得しているのを見てものすごーく期待していたのですが……なんじゃこの動機はー!!!
 それ以来ちょっとこの作家の小説には先入観があったのですが、ここ最近出版された短編集はどれも大当たり。この「Rのつく月には気をつけよう」もそのひとつ。いわゆる日常の謎系ミステリーなのだが、その洒落たこと! 個人的には石持さんの描く飄々としていながら並外れて明晰な頭脳を持つ探偵役がツボ。
 ……だからこれからもずっと、おもしろいミステリー書いてくれないか、あさみ。

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