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2008年2月

佐々木克雄の勝手に目利き

『エピデミック』 川端裕人/角川書店

  引き出しが沢山ある作家さんなのですね。感服。
 昨年読んだ『桜川ピクニック』とは趣の異なる、超骨太なドラマでした。テーマは集団感染。未知の感染症XSARSに襲われた関東南部の町がビビッドに綴られていく。だが、描かれているのはパニックに陥った町の様子のみにあらず。病魔に立ち向かう疫学スペシャリストや総合病院の医師、保健所の職員や地元紙記者などなど──「人」があくまでもメイン。
 根源となるウイルスを探し当てようと調査員たちは奮戦するのだが、特定しようとする対象が次から次へと現れては消え……「おうっ、これはかなり高度なサスペンスだぁ」と気がついた時にはもうノンストップ、睡眠時間を犠牲に読み抜いてしまった。
 高度な医学用語が並んではいるが、緻密な筆致で難解さは感じさせず、むしろ専門性がグッとリアルに、おぞましく畳みかけてきて──フィクションとは思えませんよ、ホントに。

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『米朝よもやま噺』 桂米朝/朝日新聞社

 御年八十を過ぎ、芸歴も六十年を超えるという上方落語の重鎮、米朝さんが思いつくまま話されたラジオ番組が本になりました。自分はものすごい落語ファンではないのだけれど、大阪に住んでいたころに一度だけ正月の「米朝一門会」に行ったことがあり、米朝さんの「天狗裁き」に神々しいものを感じた記憶があります。さすが人間国宝だなと。
 気の向くままのお喋りが見開きごとに繰り広げられるのですが、上方のお笑いを長きにわたり見てこられた当事者ならではの人物評、芸に対する姿勢が滲み出ています。なかには一門の面白話もちらほら──米朝事務所は株式会社にしているから株主総会を開くのだが、身内だけだから、ざこばさんが総会屋役をやって盛り上げたりとか、「嘆きのボイン」の月亭可朝さんは、かつて桂小米朝の名前で米朝さんの弟子だったとか──などなど。
 どの話もしみじみとした語り口で、米朝さんのお人柄が出ております。

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松井ゆかりの勝手に目利き

『死神の精度』 伊坂幸太郎/文春文庫

 文庫化&映画化記念ということで再読。
 私も伊坂幸太郎ファンとして、もう多少の斬新さやしかけでは動じないつもりでいたが、初めて読んだときには「死神ときましたか!?」と驚いた。出世作「オーデュボンの祈り」でもしゃべるカカシというファンタジーとも呼べる設定があったわけだが、それはまあデビュー作みたいなもんだし、ということで個人的に納得していた。それを言ったら銀行強盗にしたって、もっと言えば隕石がぶつかって地球が破滅することだって、実際に遭遇する確率は極めて低いのだが、伊坂作品はやや浮世離れした感すら漂うクールな登場人物たちがしかしあくまでも現実の世界において奮闘するところがいかしてると思っていたのだ。
 …とはいえ、杞憂だった。そんな型破りなキャラクターを持ち込んでも、きっちりとおもしろい小説になっていた。主人公千葉は死神。八日後に死にゆく予定の人間を調査するのが彼の仕事だ。一般的には恐ろしく忌み嫌われる死というものを描いているのに、生きることの素晴らしさを実感させられる、不思議な本です。

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