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2008年3月

佐々木克雄の勝手に目利き

『風に顔をあげて』 平安寿子/角川書店

 今月の課題図書でも出ましたが、平安寿子さん本をもう一冊。
 現代の、市井の、そんでもって若い女性を描かせたらピカイチだと思うのです。エキセントリックでも、シャカリキでもない女性が「あ、それありそう」な悩みを抱えてる物語が多い。
 主人公の風実さんは25歳。高校卒業後、これといった夢もなくアルバイトで生計を立てている人です。そんな彼女にちょっとした災難がふりかかる。ボクサーを目指していた彼氏が挫折したり、ゲイをカミングアウトした弟がアパートに転がり込んできたり──そのストーリー展開がかなり「身近にありそう」なもので、風実さんが二人の友達に相談している会話なんて、近所のファミレスに座っていたら、うしろの席から実際に聞こえてきそう。
 逆境に立ち向かう彼女に勇気づけられる。ラストの、家を棄てた父親と対峙する場面も秀逸! 本を閉じたとき、彼女のパワーを少しだけ分けてもらったような気がするのです。

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『東京の階段』 松本泰生/日本文芸社

 東京は思った以上に坂の多い町で、その理由を知ったのは中沢新一著『アースダイバー』を読んでからなのだが、坂が多いと趣のある階段も多くなる。本書は、そんな東京の階段に魅せられた著者が、あまたある階段を写真とともに解説を加えている案内書。
 どこをめくっても階段、階段、階段。これでもかと階段が現れるが、その造形の解説、歴史や周囲の風景が丁寧に語られており、さらに段数や幅、高低差に傾斜角度などのデータが詳細に記されてあるから、ビジュアル以外でもその階段の様子が浮かび上がってくる。
 著者は「街オタ」ではなく、大学で建築を学んで人であるから、学術的な「東京の階段」が楽しめるわけである。歴史ある愛宕山や湯島天神の男坂、味のある市ヶ谷界隈の階段など、見ているうちに登ってみたくなるから不思議。
 長崎、神戸、尾道──遠出しなくても、素敵な坂の風景は自分の身近にあったのですな。

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下久保玉美の勝手に目利き

『もう誘拐なんてしない』 東川篤哉/文藝春秋

 ひょんなことから暴力団「花園組」のお嬢様を誘拐することになったものの、その誘拐は実は「偽装誘拐」。この偽装誘拐から身代金強奪、偽札、ついには殺人事件!と
ドミノ倒しのごとく巻き起こる事件の数々。さて、どうなることやら。というドタバタコメディ誘拐ミステリです。
 以前から東川作品の「そんなのどうでもいい」感が好きでして。力の入れ所が他のミステリを書いている人とは違います。
動機?そんなのどうでもいい。
結末が弱い?そんなのどうでもいい。
伏線張ってたんじゃないの?そんなのどうでもいい。
あれ、あの事件は?そんなのどうでもいい。
ちょっと登場人物グダグダすぎない?そんなのどうでもいい。
ギャグがサムいよ?そんなのどうでもいい。
ミステリの解明部分が一番大事なんだよ。
「終わりよければ全てよし」という言葉はありますが「謎解きよければ全てよし」、ミステリはこうでなくちゃ。だいたい、動機なんていらないし、時には邪魔ともなります。妙に感傷的になるのはどうも苦手だしその部分に枚数を使うくらいならもっとすごいトリック出してみろ、と言いたい。でもきっと真っ当なミステリ読みは怒るんだろうけど。
 できれば他の作品も読んでください。『密室の鍵貸します』(光文社文庫)なんかは面白いです。

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松井ゆかりの勝手に目利き

『L change the World』 M/集英社

 「DEATH NOTE」というマンガについては、多くの人によってさまざまな場で語られてきた。賛否両論、毀誉褒貶、いろいろな意見はあろうが、私にとっては“Lという最高のキャラクターを生み出したマンガ”である。
 映画版「L change the WorLd」も観たし、写真家蜷川実花によるLの写真集「L FILE No.15」も買ってしまった(ほんとはこれを「勝手に目利き」本として推したいくらいだったが…さすがに自主規制)。…つまりは単なるLヲタの戯言なんですが、客観的に述べる努力をしてみます。
 とはいえ、やはり「DEATH NOTE」についての知識がまったくない人にはこの本の魅力は伝わりづらいとは思う。会話の部分などに若干練れていない部分もみられるし…。しかし、先行作品として西尾維新氏の「ANOTHER NOTE ロサンゼルスBB連続殺人事件」という快作もある中、あえて難物に挑んだ心意気を買いたい。いちおう映画版のノベライズ的な内容だが、ところどころ設定を変えてあって、違いを楽しむことも可能。
 もうヲタと思われてもいい、L最高!

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