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2008年5月

佐々木克雄の勝手に目利き

『主題歌』 柴崎友香/講談社

 何となく好きな小説というものがあって、柴崎作品が該当するのです。ほんわかとして、それでいて核があって、胸の中にストンと落ちるものがある……なかなか説明しづらいのですけど、彼女の大阪ものを読んでいると癒されるのです。
 3つの中短編からなる本作は、とりわけ表題作の「主題歌」が個人的にはピカイチでした。大阪キタの会社に勤める女性たち──セクシャルな意味でなく「かわいい女の子が好き」という共通認識を持つ彼女たちが繰り広げる日常のあれこれが、フツーに描かれているのですが、思えばこの「フツーな出来事」を「フツーに読ませる」というのはもの凄く難しいことなのではないかと思うワケです。日々の描写は誰にでも書けそうだが、柴崎さんの手にかかるとアラ不思議、パステル画のように色彩を帯びて街が、人物が浮かび上がってくるのですから、これはもう職人技でしょう。女性による女性の見方をライトに感じられる秀作です。

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『言葉を恃む』 竹西寛子/岩波書店

 一日一冊くらいのペースで本を読んでおりますと、アタリハズレは覚悟しているのですが、つらいのは発想先行の駄文小説やトホホな邦訳に出くわして自分の言語感覚が麻痺してくること。もっと美しい言葉に触れなくてはイカンと思うワケです。
 著者、竹西先生は教科書などでお馴染みの方ですが、この本は講演録を基にしたもの。松尾芭蕉、与謝野晶子、野上弥生子、川端康成など先達の言葉を借りながら、「いい加減でない日本語を使いたい」という謙虚さ、「言葉遣いを粗末にするということは、自分の生き方を粗末にすることだ」と自らを律する姿勢に背筋が伸びます。
 話言葉の乱れを憂う声をよく聞きますが、小説のそれをあまり聞かない気がします。もちろん内容ありきで面白さ優先の本も歓迎。けれど言葉のもつ美しさ、力によって人の生き方はもっと豊かなものになるのではなかろうかと、この本を読んで考えた次第です。

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下久保玉美の勝手に目利き

『走ル』 羽田圭介/河出書房新社

 ふと思いついて東京八王子から北へと自転車で北上を続ける普通の高校生の1週間ちょっとの冒険譚。でも、これを簡単に「冒険」と言っていいのだろうか。それに現代の『オン・ザ・ロード』と言われてるけど、何か違う気がする。
 『オン・ザ・ロード』はアメリカの所謂古きよき時代に自動車で暴走ともいえるアメリカ横断の狂気的な旅をつづった小説で、そこに出てくる人物はみんな先しか見なくて、行き当たりばったり。でもそこに暗闇を走る疾走感であるとか若き日の情熱を感じた。
 でも本書はなにか違う。情熱だけではなく、狂気的でもなく。走りたい、という情熱で旅を続けているけれどその旅の合間合間に日常と理性が顔を見せていてとても不思議な感覚がした。
 高校生であるため、当然主人公はケイタイというアイテムを所持しており、そのケイタイがあるため、「自転車で北上」という非日常に簡単に日常である家族や友人が入り込んでくるし、主人公もそれを自然に受け入れている。また主人公は陸上選手であり、筋肉や運動に関する知識を持ち合わせているためただ闇雲に自転車を漕ぐのではなく「この栄養素が必要だ」とか理性的に考えている。
 日常と理性が非日常と情熱に接近しているため、『オン・ザ・ロード』とは違った趣があった。「冒険」小説ではなくて「新冒険」小説と言ってもいいかも。

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松井ゆかりの勝手に目利き

『いらつく二人』 三谷幸喜・清水ミチコ/幻冬舎

 清水ミチコを初めて見たのは確か「笑っていいとも!」で、確か桃井かおりのものまねをしている姿だった。「すごい人が出てきた」と度肝を抜かれたのを覚えている。
 三谷幸喜を初めて知ったのは「古畑任三郎」の脚本家としてだった。ドラマというものをほとんど見ないのだが、これは毎週心待ちにした。
 かように才能あふれるお二人だが、本業(ものまね/脚本執筆)よりもすごいかもと私が思っているのがトークである。ほんとおもしろい。そんな両名のラジオのトークを収録したのがこれ。通常の対談とはまた違ったライブ感がグッドです。人を(それも商業的に)笑わせるというのはほんとうに難しいことなのに、お二人はそれを軽やかでスマートなやり方によって成し遂げてしまう。本書はすでに第二弾で、昨年出版された「むかつく二人」も合わせてどうぞ。

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『別冊図書館戦争』 有川浩/アスキー・メディアワークス

  この1年ばかり本といえば森博嗣先生の本しか読む姿を見かけなかった夫が、「図書館戦争」に転んだ。と思ったら、2作めの「図書館内乱」に入ってがっくり読むスピードが落ちた。どうしたのかと問うと「なんか戦闘シーンとかなくなって、普通のラブコメになってるんですけど…」と不満を述べる。そういえば、以前北上次郎さまも「このまま主役2人の恋愛ものが本筋になっちゃったらやだなあ」と書いておられた記憶が。
 ちっちっ、殿方たち、おわかりになってなくてよ。このシリーズは郁&堂上教官(をはじめとするカップル数組)の恋愛も(←ここ大事。もちろん図書館をめぐる攻防も大事です)重要だということを!
 そんな「図書隊の活躍を書けー」とお嘆きのみなさまには、本書など壁に投げられそう。いや、想像を上回るベタ甘です。お手に取られる際はご注意なさって。乙女派諸君(精神的に乙女な男性も)、楽しみましょうぞ!

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