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2008年7月

佐々木克雄の勝手に目利き

『一言半句の戦場』 開高健/集英社

 持論だが、映画・音楽・演劇などと違って、小説は能動的なエンタテインメントだと考える。だって「あーこの小説、つまんねー」と思えば、パタンと本を閉じればいいのだから、あくまでこっち側が主導権を握れるのだ。だが開高健の『輝ける闇』を読んだとき、言葉のリアルに、ひたすら「受け身」になったのを記憶している。この感覚を経験したのは、ほかに中上健次と三島由紀夫だったかな? 
 前置きが長くなりました。没後10年以上を経ても、この人の言葉のパワーは薄れるどころか、ますますブ厚く、研ぎ澄まされていくようです。単行本未収録のエッセイや対談などを継ぎ合わせたものですが、酒、食、釣り、文化、文明、小説などなどを語る言葉の一句一句が、そりゃあもう重たくて、のしのしと押し潰されそうになります。
 最近、こういう作家さんに出会わないなあ。

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『奇縁まんだら』 瀬戸内寂聴/日本経済新聞出版社

 私事ですが、寂聴さんと抱き合っている夢を見ました。(あの坊主頭が胸元に……)ご利益がありそうな気がしてなりません。だからこの本、というワケではないのですが。
 八十も半ばを越えられたご本人の前書き曰く「何が愉しかったと思いをこらせば、それは人との出逢いとおびただしい縁であった」とのこと。大正、昭和、平成を生きてこられた寂聴さんですから、それはそれは凄い文人たちとの出逢いが──総勢二十一名。
 島崎藤村にはじまり、川端康成、三島由紀夫らとの交流は知っていたのですが、谷崎潤一郎と佐藤春夫との「妻譲渡事件」の真相にはひっくり返り、女流文学者会の宴席中央で、どっかとあぐらをかいていた平林たい子に親しみを感じたり。その他にも日本文学史のテストに出てきそうな先生方との逸話が次から次へと……。少しずつ読もうと思ったのに、面白すぎてノンストップになってしまった。フアァ……寝不足。

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松井ゆかりの勝手に目利き

『めぐり会い』 岸田るり子/徳間書店

 私がこの本を読了するまでの経過を簡単に示すとこうなる。

(読み始める)
(もしやこの話はSFがらみなのかと思い始める)
 おや、この本は…!(驚愕)
〈自分に内蔵されている“バカミスレーダー”反応〉
(読了)

 自分には何の取り柄もないと思いこみ、夫との関係も冷え切っている華美と、不幸な子ども時代を過ごし、人気バンドのヴォーカルとなるも偏執狂のファンによって刺されたショックで創作活動を続けられなくなった祐。一見何の関係もないようにみえるふたりのエピソードが交互に語られていくうち、驚くべき事実が浮かび上がる…。
 というミステリーの王道のような設定なのだが、終盤以降こみ上げる笑いを止められない。特に華美がなぜ10年後の彼とめぐり会うことができたのかという謎が明かされたくだりなど…!著者本人はきっと真面目に書かれたのだろう。しかし私はバカミス全般、本書のように結果的に笑える作品になってしまったものもこよなく愛しているのである。

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