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伊坂幸太郎さん

第31回:伊坂 幸太郎さん

毎回さまざまな仕掛けと爽快なラストを用意して、読み手をうならせる伊坂幸太郎さん。今年には吉川英冶新人文学賞を受賞し、ますますこれからの活躍に期待が高まるところ。時に痛快に笑わせ、時に深い感動を呼ぶ、なんともいえない不思議な読後感を与えてくれる、その原泉はどこに? エンターテインメントを読みふけった中高時代から純文学に出会った大学生時代、そして最近の読書傾向まで、その変遷を語っていただきました。

(2004年5月更新)

【本のお話、はじまりはじまり】

――幼い頃はどんな本を読んでいたのですか?

伊坂幸太郎(以下 伊坂) : みんなと同じだと思うんですけれど、童話とか子供向けの江戸川乱歩などを読んでいました。あとよく覚えているのは、『まほうのプディング』という本。あんぱんマンみたいに、プディングで出来たお化けみたいのがいて、それをみんなが奪い合うんです。それも、ペンギンとかコアラだったりと、可愛いイメージのある動物たちが奪い合ってるというのが、衝撃的で。しかも絵がすごくグロテスクなんですよ。小学4年生くらいでしたが、可愛いんだけれど怖い、という印象が強烈に残っています。
もう少し大きくなると、眉村卓、星新一、赤川次郎などを読みました。眉村卓は『ねじれた町』とか、赤川さんだったら『マリオネットの罠』をよく覚えています。海外モノではエラリー・クイーンの『エジプト十字架の秘密』など。だから、みんなが読むようなものを読む、という感じで、特に読書好きというわけではなかったんですよ。

――エンターテインメント中心ですね。

ねじれた町
『ねじれた町』
眉村 卓 (著)
講談社
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マリオネットの罠
『マリオネットの罠』
赤川次郎 (著)
文藝春秋
570円(税込)
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エジプト十字架の秘密
『エジプト十字架の秘密』
エラリイ・クイーン (著)
早川書房
798円(税込)
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伊坂 : そうですね。中学生になってからは都築道夫さんを読んだり。夢枕獏さんの「キマイラ」シリーズにもハマりましたね。あとは平井和正さんの『幻魔大戦』。当時松戸に住んでいたんですけれど、神保町を知ったのがこの頃で、古本屋で全巻買って。最初は超能力の面白い話だったんだけれど、途中で宗教ぽくなって、あれ? と思いはじめ、次に『真幻魔大戦』というのがあったので、これ読めばちゃんと分かるかな、と思って読んだら、これも中途半端で終わっていた(笑)。でも結構好きでしたね。平井さんはほかに『ウルフガイシリーズ』も夢中になって読んだのを覚えています。だから本当に“ザッツ・エンターテインメント”ばかり読んでいましたね(笑)。

――高校に入ってからも“ザッツ・エンターテインメント”でした?

伊坂 : 島田荘司さんとか連城三紀彦さんとかを読んでいましたね。島田さんの作品で一番うわっ、って思ったのは『北の夕鶴2/3の殺人』。あと外国作品はあまり読まなかったんですが、『ウッドストック行最終バス』のコリン・デクスターや『偽のデュー警部』のピーター・ラヴゼイは好きで、過去の作品も遡って読んでいました。あとは、小林信彦さんの作品で「オヨヨ大統領」のシリーズというのがありますが、これがすごく面白いんですよね! 注文する時に本のタイトルを言うのがちょっと恥ずかしいんですけどね(笑)。あと、高校生の頃で記憶に残っているのは夢枕獏さんの『上弦の月を喰べる獅子』。受験の時に買って、勉強しなくちゃ、と思いながらも夢中になって読みました。あれは今でも本当にすごいと思う。神を扱ったテーマのものって最終的に結論を出さずに曖昧にする手法が多くて、これもそうかなと思っていたら、ちゃんと結論が出ていたんです。僕としてはすごくカタルシスがありましたね。

北の夕鶴2/3の殺人
『北の夕鶴2/3の殺人』
島田荘司 (著)
光文社
620円(税込)
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ウッドストック行最終バス
『ウッドストック行最終バス』
コリン・デクスター (著)
早川書房
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偽のデュー警部
『偽のデュー警部』
ピーター・ラヴゼイ (著)
早川書房
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上弦の月を喰べる獅子(上)
『上弦の月を喰べる獅子(上)』
夢枕獏 (著)
早川書房
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【本の選び方】

暗闇坂の人喰いの木
『暗闇坂の人喰いの木』
島田荘司 (著)
講談社
1,000円(税込)
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――読む本はどうやって選んでいたのですか?

伊坂 : 友達と情報交換、ということはほとんどしなかったですね。ひたすら本屋に行って見ていました。3か月に一回ほど神保町の本屋に行って、島田さんの本を見つけるのが本当に嬉しかった。でもそのせいで、大学時代、『暗闇坂の人喰いの木』が御手洗潔シリーズで久々に出るという情報を雑誌で知り、その月の下旬発売というのに、もう中旬から毎日本屋に通いはじめたんですよ。早目に出るかも、と思って。そうしたら結局1か月くらい刊行が延びたみたいだったんですが、すでに毎朝丸善に原付で行って新刊コーナーを見るのが日課になっていて。途中からは修行のようでしたね、どうせ今日もないんだろうな、って。しかも、いざ出たら、違う本屋で見つけてしまった(笑)。今はネットなどもっと情報があるので、もうみんな、そういうことはないですよね…。

【小説を書くきっかけ】

――自分でも小説を書こうと思ったきっかけは?

伊坂 : 島田さんにハマっていた高校生の頃、うちの親から『絵とは何か』という美術評論の本をもらったんです。その帯に、「人生とは一回限りである。しかも短い。その短い人生を想像力にぶちこめたらそんな幸せなことはないと思う」という言葉があって。高校生の僕としては、単純にそういうふうに生きたいなと思っちゃったんですね。想像力を使って生きるって幸せかな、と。それで小説だったら自分でゼロから作ることができるのかなと思い、大学に入ったら時間もあるだろうから書こう、と思っていました。

――ミステリを書こうと?

伊坂 : そうですね。でも、島田さんにハマっていなかったら、それほどミステリというジャンルにこだわっていなかったんかもしれません。

叫び声
『叫び声』
大江健三郎 (著)
講談社
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われらの時代
『われらの時代』
大江 健三郎 (著)
新潮社
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――大学に入ってからは、純文学の影響も受けたんですよね。

伊坂 : そうなんです。純文学をまじめに読み始めたのは遅いんですよ。はじめて大江健三郎の『叫び声』を大学の生協で見つけて、読んだらこれが本当に、叫び声をあげるくらい面白くて。大江さんについて何も知らなかったので、もう、すごい新人作家を僕が見つけちゃったくらいに思って(笑)。それからは毎日、生協で大江さんの本を買っては一日毎日1冊ずつ読んでいました。すごく幸福な体験でしたね。でもうちの親父も知っていた時はショックでした。「え? 大江? 有名だよ」って(笑)。でも、本当に大江さんの本は魅力的でした。例えば、僕は小説や映画に出てくるベッドシーンにはまったく興味がないんですが、大江さんは性の扱い方がグロテスクというか、不穏でかつ可愛らしい感じで扱っていて、それが僕の好みだったんです。それに馬鹿馬鹿しい若者たちの話が好きで。『叫び声』や『われらの時代』なんて本当に面白かった。

――自分の執筆活動には、どのような影響を?

伊坂 : 文体は真似できないんですけれど、若者たちのちょっと変わった生活と、不思議な冒険を融合させたものを読みたいとは思いました。そうしたものは、僕が知らないだけだったのかもしれないけれど、これまでにないと思って、だから自分で書いてみよう、と。当時は大江さんのほかに北方謙三さんや逢坂剛さんも好きで、そういうものを合体させたい、それらの作品の中間にあるものが読みたい、という気持ちがあったんですよね。

――今まさに、そうしたテイストのものを書かれていますよね。

伊坂 : いや、ちょっと僕の希望より、軟弱な感じです。書きたいものを書いてはいるんですが、まだ通過点というか、強度でいうとずいぶん弱い感じ。あ、それと、大学時時代にジョン・アーヴィングを知ったのも大きかったですね。これも大江さんと同じですごい新人見つけちゃった、くらいの勢いで『ホテル・ニューハンプシャー』『ガープの世界』『熊を放つ』など次々、読みました。家族ものが好きなのはその影響もあるかもしれません。

ホテル・ニューハンプシャー〈上〉
『ホテル・ニューハンプシャー〈上〉』
ジョン・アーヴィング (著)
新潮社
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ガープの世界〈上〉
『ガープの世界〈上〉』
ジョン・アーヴィング (著)
新潮社
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熊を放つ〈上〉
『熊を放つ〈上〉』
ジョン・アーヴィング (著)
中央公論社
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【デビューするまでの読書道】

――大学卒業後は就職されていますが、その頃はどんな作品を読まれたのですか?

伊坂 : 大江さんも読みましたし、あとは中上健次や古井由吉。古井さんは『聖・栖』『槿』が好きで、読むと、やっぱりこういうものでなければ純文学ではないんだろうなと思わされます。ただ、『槿』は、最近復刊されてみんなが読めるようになったのでちょっとガッカリしてます。僕は心が狭いので、自分だけのものにしておきたかったので(笑)。今度の新刊にも“槿”という名前の人物を登場させているんですよね。
丸山健二も好きですね。『さすらう雨のかかし』は学生の頃に、実家にあったので読んだんですが、小説の中でもっとも好きなものの一つです。デビューした後でも文章を写したりしていました。役所で働くおじさんが主人公で、日常の中で静かに不穏な雰囲気があって、何も起きないのに緊迫感がある。それがすごく好きなんですね。『ときめきに死す』も殺し屋の話で、静かな迫力があって、好きです。
あとは、佐藤哲也さんの『イラハイ』。これはうちの奥さんもお気に入りですが、最高です。高校の教科書に載せればいいのに、と思うくらい(笑)。ファンタジーというと、僕は魔法や剣が出てくる話は得意ではないのですが、これは全然違う。応募した後のデビュー直前に読んだのですが、これを読んでたら“すでにこんなに面白い人がいるのに”って、怖くて書けなくなっていたかも。たとえば、「冒険が始まったので、ウーサンは走った」っていう、そういう表現だけで幸せな気持ちになります。すごく小説的でしょう? 映像では絶対に見せられない。小説を読む喜びってこういうことなのかなって気づきました。それと、佐藤さんの奥さんの佐藤亜紀さんの『戦争の法』も素晴らしいですよね。あんなに恰好良い小説はないですよ。『イラハイ』と『戦争の法』さえあれば生きていける、と思うくらい。あのお二人は、最強のご夫婦ですよね。

聖・栖
『聖・栖』
古井由吉(著)
新潮文庫
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さすらう雨のかかし
『さすらう雨のかかし』
丸山健二(著)
文藝春秋
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『イラハイ』
佐藤哲也(著)
新潮社
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槿
『槿』
古井由吉 (著)
講談社
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ときめきに死す
『ときめきに死す』
丸山健二 (著)
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戦争の法
『戦争の法』
佐藤亜紀 (著)
ブッキング
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【デビュー後の読書道】

――最近は同世代の作家さんたちの作品も読んでいるとか。

伊坂 : 本多孝好を知った時は衝撃を受けました。デビューした後に『MISSING』を読んで、僕よりも面白いなあ、と純粋に思いました。ユーモア感覚がすごく通じるところがあったし、こういう会話を書くのか…とすごく感心して。吉田修一さんも面白いですよね。僕は勝手に“よっしゅう”と呼ぶことにしているんですが(笑)、よっしゅうは人の距離感を描くのがうまいですよね。作品では『熱帯魚』の中にある「グリーンピース」がすごくよくて。女性が読んだらすごく嫌な男の話なんだろうけれど、僕にとってはすごくおかしかった。嫌なシーンがあるのに、それを品を落とさずに書けるのって凄いですよね。

――最近はどんな本を?

伊坂 : 今年はラッキーなことに面白い本ばかり読んでいるんです。ローレンス・ブロックの『殺しのリスト』は以前買っていて今年読んだんですが、一生、ずっとこれを読んでいたいって思ったくらい。それと同じ仙台在住の熊谷達也さんの『邂逅の森』が本当に面白かったです。熊狩りの話で、大正の夫婦の人情話にいきそうにみえて、それを超えた熊との対決につながる。これは本当にすごいです。それからT・R・ピアソンの『甘美なる来世へ』を読んで、これもずっと読んでいたいくらいに面白かったんですが、読んだ後で、久々に後どれくらい生きられるだろうか、と考えてしまいました。というのも、翻訳が柴田元幸さんで、巻末にもこれからもピアソンの作品を何冊か訳していく、と書かれているんですが、柴田さんって、他にもたくさん仕事をかかえている方でしょう。全部読むまでは死にたくないけれど、それにはどれくらいかかるんだろうと考えてしまいました。

――最後に、近刊の予定を教えてください。

伊坂 : 『チルドレン』という短編集がもうすぐ出る予定です。さきほどの“槿”が出てくる話は『グラスホッパー』という殺し屋たちの話。これは最近脱稿したばかりなので、刊行はもう少し先になると思います。

MISSING
『MISSING』
本多孝好 (著)
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熱帯魚
『熱帯魚』
吉田 修一 (著)
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殺しのリスト
『殺しのリスト』
ローレンス・ブロック (著)
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『邂逅の森』
熊谷達也 (著)
文藝春秋
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甘美なる来世へ
『甘美なる来世へ』
T・R・ピアソン (著)
みすず書房
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チルドレン
『チルドレン』
伊坂幸太郎 (著)
講談社
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グラスホッパー
『グラスホッパー』
伊坂幸太郎 (著)
角川書店
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(2004年5月更新)

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