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第76回:坂木司さん (サカキ・ツカサ)

坂木司さん イメージ写真
インタビューは『かんざしの山口』にて

2002年に引きこもり青年が探偵役となる「日常の謎」の連作集『青空の卵』でデビュー、以来ミステリだけでなくさまざまなエンターテインメントを上梓し、注目を集めている坂木司さん。生年以外は性別すら公表していない人気覆面作家に、こっそりお会いして、その読書歴をうかがうことができました。

(プロフィール)
1969年東京生まれ。2002年ひきこもり探偵・鳥井とその友人・坂木司が活躍する『青空の卵』でデビュー。著書に。同じく鳥井・坂木コンビを描いた『仔羊の素』『動物園の鳥』のほか、『切れない糸』『シンデレラ・ティース』『ワーキング・ホリデー』『ホテルジューシー』がある。

【美味しいものが出てくる絵本が好き】

――幼い頃の読書の思い出は、いつ頃から覚えていますか。

おだんごぱん
『おだんごぱん―ロシア民話』
瀬田貞二(著)
福音館書店
1,155円(税込)
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おおきなおおきなおいも
『おおきなおおきなおいも』
赤羽末吉(著)
福音館書店
1,155円(税込)
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坂木 : 最初の記憶は「キンダーブック」ですね。幼稚園に誰でも自由に読んでいい絵本のラックがあって。「キンダーブック」は表紙の紙も柔らかくて読みやすかった。その後普通の絵本を手にとるようになり、『おだんごぱん』『おおきなおおきなおいも』あたりを読むようになりました。おだんごぱんやおいもが美味しそうで…。小さい頃から食べ物が好きだったんですね(笑)。

――坂木作品に美味しそうな料理がたくさん出てくる、その原点がそこにあるわけですね。

坂木 : 『ガブリちゃん』のそらまめを煮るシーンも大好きでした。今は絶版なので復刊を熱烈希望中です! あと、最近は絵本の料理を再現できるレシピ本があるのが嬉しいですね。幼い頃読んだのは『大きなかぶ』や『てぶくろ』をはじめ、ロシア民話が多かったんじゃないかな。なんかこう、木のスプーンでボルシチなイメージ(笑)。その後、小学生向けの本としては『エルマーのぼうけん』や『小包が運んできた冒険』『アベルの島』などを読みました。

ガブリちゃん
『ガブリちゃん』
中川李枝子(著)
中川宗弥(著)
福音館書店
1,680円(税込)
※絶版
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エルマーのぼうけん
『エルマーのぼうけん 』
ルース・スタイルス・ガネット(著)
福音館書店
1155円(税込)
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小包が運んできた冒険
『小包が運んできた冒険』
ジェラルド・ダレル、小野章 (著)
評論社
1,260円(税込)
※絶版
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アベルの島
『アベルの島』
ウィリアム・スタイグ(著)
評論社
1,260円(税込)
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――『小包が運んできた冒険』は、子供たちが空想の動物の国を救いに旅立つお話。『アベルの島』は嵐で無人島に流された町ネズミ、アベルの冒険譚。いろいろ読まれていますね。とりわけ本の好きな子供でした?

坂木 : 本を与えるとずーっと読んでいるので、一人にさせても大丈夫、と言われていました(笑)。親に連れられて人の家に行っても、本があれば静かにずっと待っているタイプ。ただ、小学生の頃になると、本ではなく手塚アニメの洗礼を受けました。当時流行っていたんですよね。『海のトリトン』『ミクロイドS』『ワンサくん』『ふしぎなメルモ』『リボンの騎士』…。いつも何かしらを放映していたので、それを観ていました。その流れで『デビルマン』や『マジンガーZ』、さらには特撮モノで『ゴレンジャー』や、石ノ森章太郎原作の『変身忍者嵐』なども観ました。

――原作漫画は読まなかったのですか。

坂木 : 小学校低学年の頃は、漫画は『ドラえもん』くらいしか買ってもらえなくて。原作が存在していることを知らなかったんですね。

【SF、いい話、動物モノ】

――同級生たちと本やアニメの話で盛り上がったりしたんでしょうか。

ナポレオン狂
『ナポレオン狂』
阿刀田高(著)
講談社文庫
540円(税込)
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一ダースなら怖くなる
『一ダースなら怖くなる』
阿刀田高(著)
文藝春秋
448円(税込)
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坂木 : 当時はアニメは見せないという親御さんも結構いたので、学校でもあまり話題にならなかったと思います。うちは特に何も言われなかったのですが、家庭によって「カルピス劇場」以外はダメ、とか決まりがあって。でも本については、友達から影響を受けたことがあります。小学校4年か5年の時に、早熟な同級生が、近所の小さな書店に阿刀田高の本を取り置きしていたんです。「そんなに面白い?」と聞くと「どれも話が短いから読んでみなよ」と勧められたのが『ナポレオン狂』『一ダースなら怖くなる』あたり。誰もが通る星新一よりも先に、阿刀田高のショートショートを読んでいたんですよね。しかも超ブラック(笑)。

――エンターテインメントへの目覚めですね。

あんず林のどろぼう
『あんず林のどろぼう』
立原えりか(著)
岩崎書店
1,575円(税込)
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坂木 : 物語が好きでした。小学校の図書館にあったのが、岩崎書店の「SFこども図書館」のシリーズやあかね書房の子供向けミステリシリーズ。ハインラインの作品『人形つかい』やジョン・ウィンダムの『トリフィドの日』、それに眉村卓さんの子供向け作品なども読みましたね。一方で、青土社の立原えりかの全集がすごく好きでした。これもいちいちご飯が美味しそうなんです(笑)。この「作家の読書道」で近藤史恵さんが『喰人鬼の噴水』を挙げていらして思わず「そうそう!」と思いました。あれは寂しい女性が温かいクリームスープを食べるシーンから始まるんですよね。それと『あんず林のどろぼう』という短いお話が、ものすごく泣ける。後にシングルカットされて絵本になった短編で、今の自分の「いい人」ラインを決定づけた作品です。あんず林に、盗みに入った帰りの泥棒が来て、盗んだものを吟味していると横で捨て子の赤ちゃんが泣いている。パンをあげても食べないし、牛乳も幼すぎて一人では飲めない。さてどうしようか、となって…。もう読むだけでゴーッと泣けます(笑)。といっても、初読の時は特に感動しませんでした。けれど図書館が古い本を放出する時にこのシリーズがあったのでもらいうけ、中学生くらいで読み返した時に、もう、バーッと…。立原さんの文章は言葉もきれいなので、ぜひ読んでいただきたいと思います。そしてこの『立原えりかのファンタジーランド』も熱烈復刊希望です! どこかの版元さん、やっていただけないですかねえ。そしたら絶対解説に名乗りを上げます! ていうかそことお仕事します(笑)。

――SFと、泣けるいい話と。

わが輩はノラ公
『ぼくの動物園日記』
飯森広一(著)
集英社
※絶版
動物園の鳥
『動物園の鳥』
坂木司(著)
創元推理文庫
630円(税込)
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坂木 : 両極端な読書ですね(笑)。あと、その頃の読書傾向としてみなさん分かれるであろう背表紙の「黄金仮面」と「ルパン」では、「黄金仮面」(江戸川乱歩)を読みました。泣ける話では『ぼくの動物園日記』! カバ園長として親しまれた西山登志雄さんが主人公の漫画ですが、『ぞうのはなこさん』みたいな話がたくさん出てくる。お客さんが好意であげた餌ばかり食べてキリンが死んだり、母ザルが死んだ小猿をずっと抱えていたり…。読むたびに泣きました。その記憶が『動物園の鳥』につながったのかもしれません。パンダがはじめて日本に来た時に食べ物を研究して、とうもろこしのパンを作った、という話が『ぼくの動物園日記』にあったんです。『動物園の鳥』の取材で上野動物園に行った時に、パンダの歴史が書かれている看板にその話が書かれてあって、ああ、これは、と思いました。

――記憶がよみがえったわけですね。動物モノは好きだったのですか。

坂木 : 好きでした。漫画で『わが輩はノラ公』という、喋る犬が出てくる漫画があるんです。『ジャングル大帝』のコミカルバージョンといった感じで、このあたりを読んだ頃から「人間なんて…」という気分になりました。人が死ぬ話より動物が死ぬ話のほうが泣けるんです。そうそう、動物好きな人にオススメしたい最近の作品があります。澤見彰さんという『氷原の守り人』というイヌイットを描いた小説を書いている方が今、伝奇時代ものを書いているんです。素浪人が犬と鷹を従えて東北を旅する。どうも犬好きな方のようです(笑)。シリーズ第一作『乙女虫』が刊行されて、私もオビに推薦の言葉を書かせていただきました。理論社の「ミステリーYA!」でも『燃えるサバンナ』という作品を最近出されていて、こちらはなんと山猫が……!(興奮につき自主的に以下略)

わが輩はノラ公
『わが輩はノラ公』
菊池 規子(著)
集英社
※絶版
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氷原の守り人
『氷原の守り人』
澤見 彰(著)
理論社
1,890円(税込)
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乙女虫 奥羽草紙 ―雪の章―
『乙女虫 奥羽草紙 ―雪の章―』
澤見 彰(著)
光文社
1,785円(税込)
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燃えるサバンナ
『燃えるサバンナ』
澤見 彰(著)
理論社
1,365円(税込)
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【終末思想が大好物と気づく】

トニオ・クレエゲル
『トニオ・クレエゲル』
トオマス・マン(著)
岩波文庫
420円(税込)
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――学校で読書感想文などを書いた記憶は。

坂木 : うちの学校は国語とは別に、“文学の時間”があったんです。先生たちが話を持ち寄ったアンソロジーみたいなものを読む時間なんですが、星新一があったり森鴎外があったり椋鳩十があったり…。強烈なのは『トニオ・クレーゲル』でしたね、トーマス・マンの。「お、お父さんがっ!?」って。中学の時は読書感想文の課題もありましたが、横溝正史なんかもリストに入っていたので、嫌いなものや難しいものは選ばずに、自分は乱歩のような作品を選んでいました。

――漫画は『ドラえもん』以外には何か読みましたか。

坂木 : 萩尾望都の『11人いる!』や竹宮恵子の『私を月まで連れてって!』などが好きだったんですが、SFというジャンルを知らないままに読んでいました。それと、中学の時に、母方の知り合いに手塚治虫ファン同士で結婚した二人がいたんです。互いに手塚全集を持っているということで、あぶれたほうをもらえることになって。「お子さん、たしか漫画がお好きだったですよね?」とか言われて。もう、これはお宝です!

――なんてラッキーな!

三つ目がとおる(1)
『三つ目がとおる(1)』
手塚治虫漫画全集101
手塚治虫(著)
講談社
591円(税込)
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坂木 : 中学生が読むには、はやい内容のものもあったんですが、親は『海のトリトン』の人だから大丈夫と、よく確認しなかったみたいで(笑)。それで、早々にダークな世界を味わってしまったんですね。全集を読みふけって、中学時代は漫画漬けでした。延々と読むなか『三つ目がとおる』に大ハマリ。SF、伝奇、二面性のあるキャラクター、終末思想、もう一つの世界…もう、すべての要素が好みだったんです。そこから終末モノというジャンルが大好物となり、小松左京ブームが到来、映画『復活の日』もすごい!と思いました。アーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』やグレッグ・ベアの『ブラッド・ミュージック』、ネビル・シュートの『渚にて』、新井素子の『ひとめあなたに…』、コミック版『デビルマン』も読みました。マイナーなところでは洞沢由美子の漫画『D』。リアリティがありましたね。人類の大半が滅びた後、どうやって暮らしを営むか、人が生まれるだの畑を作るだのといった話が延々と書かれている漫画でした。近年、三浦しをんさんの『むかしのはなし』と伊坂幸太郎さんの『終末のフール』が立て続けに出たので、すわ終末ブーム到来か!? と思ったりしました。フライングでしたけど(笑)。

復活の日
【DVD】『復活の日』
小松左京(原作)
深作欣二(監督)
4,263円(税込)
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幼年期の終わり
『幼年期の終わり』
アーサー・C・クラーク(著)
光文社古典新訳文庫
780円(税込)
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ブラッド・ミュージック
『ブラッド・ミュージック 』
グレッグ・ベア(著)
ハヤカワ文庫SF
798円(税込)
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渚にて―人類最後の日
『渚にて―人類最後の日』
ネビル・シュート(著)
東京創元社
882円(税込)
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ひとめあなたに…
『ひとめあなたに…』
新井素子(著)
角川文庫
620円(税込)
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デビルマン(1)
『デビルマン(1)』
永井豪(著)
講談社漫画文庫
630円(税込)
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むかしのはなし
『むかしのはなし』
三浦しをん(著)
幻冬舎文庫
560円(税込)
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終末のフール
『終末のフール』
伊坂幸太郎(著)
集英社
1,470 円(税込)
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――ちょうど、小中学生の間でノストラダムスがブームだった頃では。

坂木 : ああ、そうですね! UFOとか、オカルトがブームだった世代です。

――終末思想は、怖くはなかったのですか。

ミクロイドS (1)
『ミクロイドS (1)』
手塚治虫漫画全集183
手塚治虫(著)
講談社
561円(税込)
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坂木 : ホラーは怖いけれど、不思議なものは好きだったんじゃないかな。人類が滅びることに関しては、考えてみれば一人残るのも怖いんですが、当時は自分が死ぬのが怖いのであって、自分さえ生きてりゃいいかな、と(笑)。ですから『ブラッド・ミュージック』もそうですが、見届ける役がいると安心するんです。見届ける視点もなくなると怖い。ちなみに、発端となった『三つ目がとおる』では主人公が種の最後の一人なんです。だからあんなに好きなのかな。しかし、『三つ目』には本当に影響を受けました。中学の修学旅行はクラス単位で行動するのでなく、個人でコースが選べたのですが、中でも1番マイナーな奈良飛鳥コースを選びました。それはひとえに、『三つ目』に出てきた酒船石が見たかったから(笑)。軽井沢でテニス、なんていうコースもあったのに。先日も『コバルト』から「私のヒーロー」という原稿を頼まれて、三つ目を書いてしまいました(笑)。

――『三つ目』はダークな作品ですよね。

坂木 : 平気で人が死にますね。「地球を汚し、戦いを繰り返す愚かな人間なんて滅びてしまえ」という考え。これは『ミクロイドS』にも共通するテーマですが、『三つ目』の方がより救いがない。まあ、自分も動物の方が好きなので人間なんていなくていいやって思います。終末モノでも生き物が生きていればOK。生き物が死に絶えるのは可哀相だし寂しい。でも人はいなくなってもよし。あ、でもそうするとヒトに棲む腸内細菌とか可哀相かな(笑)。

【SFの名作を次々と】

――中学生時代に読んだのは漫画が多かったんですね。小説は…?

哀愁の町に霧が降るのだ〈上〉
『哀愁の町に霧が降るのだ〈上〉』
椎名誠(著)
新潮文庫
700円(税込)
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インドでわしも考えた
『インドでわしも考えた』
椎名誠(著)
集英社文庫
600円(税込)
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銀河鉄道999〈1〉
『銀河鉄道999〈1〉』
松本零士(著)
少年画報社文庫
620円(税込)
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狼男だよ―アダルト・ウルフガイシリーズ〈1〉
『狼男だよ―アダルト・ウルフガイシリーズ〈1〉』
平井和正(著)
角川春樹事務所
780円(税込)
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坂木 : 漫画はほかに、『スケ番刑事』を立ち読みしたり(笑)。小説は、椎名誠さんを読み始めました。最初は何かな、『気分はだぼだぼソース』か『哀愁の町に霧が降るのだ』『インドでわしも考えた』か…。『三つ目』の流れから、冒険方面へと広がっていたんですよね。しかも椎名さんもSFを書かれていたので、違和感なく松本零士さんも読みました。小〜中学時代に大流行していたんです。同じ頃にガンダムも流行りはじめていたんですが、私は松本作品…というより『銀河鉄道999』が好きで。角川映画も隆盛を極めていて、『里見八犬伝』が伝奇好きに拍車をかけ、大きいサイズでは最後の『野生時代』を買いました。日本SF御大の時代でもあって、まず衝撃をうけたのが小松左京さん。平井和正さんの『幻魔大戦』も流行りましたね。平井さんは『ウルフガイ』も読みました。あとは半村良さん、栗本薫さん、新井素子さん、筒井康隆さんの日本SFにもはまりました。学校の図書館にはなかったので、近所の図書館で借りていました。小松左京作品は『さよならジュピター』くらいまで映画館に通っていました。こちらを先に読んでいたので、後にマイケル・クライトンなどを読んでも、小松作品のほうが勝っているじゃん、としか思えませんでしたね。

――完全にSF一色の読書生活ですね。

坂木 : 高校に入ると、早川書房の青い背表紙の文庫、つまりSF文庫を追っていました。まわりにSFが好きな人がいなかったので『SFマガジンセレクション』を指南書にして、書かれてあるお勧め本や、何らかの賞をとった作品などを選んで読んでいました。ハインラインやクラーク、トム・ゴドウィンの『冷たい方程式』…。漫画が好きだったこともあって、内田善美さんや中山星香さんといった、漫画家さんが表紙を書いているものも読みました。特に内田さんの絵が表紙の『ゲイルズバーグの春を愛す』は『あんず林』系の涙腺をきゅんきゅん刺激しますね(笑)。それからダーク系としては、フレドリック・ブラウンの短編が好きでした。学校の図書室にあったのSFは『アルジャーノンに花束を』。私は知らなかったのですが、本が好きそうな友達がみんな読んでいて「どうして読んでいないの?」と言われて、慌てて読んだら、ハツカネズミのほうに気持ちが入ってしまって(笑)。ほかには映画でマイケル・クライトンの『ウエストワールド』を、この頃に観た記憶がありますね。

冷たい方程式
『冷たい方程式』
トム・ゴドウィン(著)
ハヤカワ文庫 SF
561円(税込)
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ゲイルズバーグの春を愛す
『ゲイルズバーグの春を愛す』
ジャック・フィニイ(著)
ハヤカワ文庫 FT
630円(税込)
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アルジャーノンに花束を
『アルジャーノンに花束を』
ダニエル・キイス(著)
早川書房
840円(税込)
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ウエストワールド
【DVD】『ウエストワールド』
マイケル・クライトン(監督)
1,500円(税込)
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豹頭の仮面―グイン・サーガ(1)
『豹頭の仮面―グイン・サーガ(1)』
栗本薫(著)
早川書房
567円(税込)
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ライオンと魔女 (カラー版 ナルニア国物語)
『ライオンと魔女 (カラー版 ナルニア国物語) 』
C.S.ルイス(著)
岩波書店
1,365円(税込)
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風にのってきたメアリー・ポピンズ
『風にのってきたメアリー・ポピンズ』
P.L.トラヴァース(著)
岩波少年文庫
756円(税込)
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ぬいぐるみ団オドキンズ
『ぬいぐるみ団オドキンズ』
ディーン・R. クーンツ(著)
早川書房
1,680円(税込)
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――その後、日本のSFは。それと、ファンタジーは他には何か読みましたか。

坂木 : 二世代目の日本人作家ブームでした。神林長平さん、梶尾真治さん、草上仁さんらのハヤカワJA文庫を読みました。『グイン・サーガ』も読み始めましたね。ファンタジーでは『ナルニア国物語』にショックを受けました。もともと異世界ものは好きなんですが『メアリー・ポピンズ』にしても、違う世界に行って戻る構造。それが、『ナルニア国物語』は行ったきりになる。しかも…。それがショックで、でもそっちのほうが本当っぽいと思えたんです。そういえば、早川書房の「ハリネズミの本箱」シリーズから出ている児童書で、あのディーン・R・クーンツが書いた『ぬいぐるみ団オドキンズ』もラストに通じるものがある。ぬいぐるみが生きて動いている世界で、ぬいぐるみ同士が戦う話ですが、ある時死ぬということについて自問するんですよね。人や生き物は死んだら天国に行くけれど、僕たちは死んだらどこに行くんだろう…と。それに対する答えが用意されていて、もう、それが素晴らしい。こういう答えがほしかった、と思わせてくれるんです。表紙が可愛くて、楽しく読んでいくと、最後「おおーっ!」となるんです。

――ところで、部活は何かやっていたんですか。スポーツは?

坂木 : 運動と縁のない人生です(笑)。なのに学校が妙に体育会的で。小中高大の一貫校だったんですが、小学校の頃は遠泳、中学や高校は競歩の大会。中学では「山の学校」があって、それも槍ヶ岳、白馬、唐松岳。冬はもちろんスキー教室があって…。

――それは鍛えられたのでは。

坂木 : ずっと自分は運動音痴だと思っていたんですが、大学に入って他校出身の生徒と一緒に体育の授業を受けていたら、「えっ? それほどでもなかったんだな」と衝撃を受けた記憶が(笑)。

――部活は当然、文化系だったんですか。

坂木 : 中学の時に文芸部に入りたかったんですがなくて、アニメ部のようなものがあったのでそこに入ったのですが、高校はそれもなく、一番それっぽいものであることと、知っている人がいたということで、新聞部に入りました。

――描くことや書くことが好きだったんですね。

漱石と倫敦ミイラ殺人事件
『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』
島田荘司(著)
光文社文庫
500円(税込)
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坂木 :  はい。でも内容は創作ではなく、マラソン大会の順位や学食についての記事を書くような新聞でした。ちょうどその頃、新本格ブームがきてようやくミステリを読むようになりました。小さい頃は母親に連れられてクリスティーの映画を観に行っていたのですが、それを読もうとは思っていなかったんですね。クラスにも必ずクリスティーやカーやドイルを読んでいる人がいたんですが、どうも「誰はばかることのない本」には魅力を感じなくて。ほら、終末思想でダークだから(笑)。でもその頃、偶然図書室で島田荘司さんの『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』、井沢元彦さんの『猿丸幻視行』を見つけてハマりました。歴史伝奇っぽいところがあって、これなら読めると思いました。『猿丸幻視行』は乱歩賞受賞作ですが、先に読んでいた栗本薫さんも『ぼくらの時代』で乱歩賞を受賞していたので、そこから受賞作品をダーッと読み始めました。そうしたら、青春ミステリのようなものが結構あることを知って。

――SFにハマっていた次に、ミステリブームがきたわけですね。

坂木 : その頃、他に読んでいた記憶があるのは、誰かが勧めてくれた長田弘さんの『食卓一期一会』。全編食べ物の詩で、これは今でも持っています。その後も『深呼吸の必要』も読んでいいなあと思ったのですが、結局、詩の方面にはいきませんでしたね。

猿丸幻視行
『猿丸幻視行』
井沢元彦(著)
講談社文庫
750円(税込)
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猿丸幻視行
『ぼくらの時代』
栗本薫(著)
講談社文庫
750円(税込)
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食卓一期一会
『食卓一期一会』
長田弘(著)
晶文社
2,415円(税込)
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深呼吸の必要
『深呼吸の必要』
長田弘(著)
晶文社
1,890円(税込)
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【『本の雑誌』が読書の友】

――大学に進学してからは。

坂木 : 引っ越しをしたんです。そうしたら大いなる衝撃が。それまでは近所に夜7時で閉まる書店しかなかったのに、引っ越し先には夜遅くまでやっている書店があったんですよ。そのあたりから創元文庫を読むようになりました。朝日ソノラマ文庫も流行っていて、コミックでもSFっぽいものが多かったですね。

――誰に教わることもなく?

坂木 : 漫画はそこそこいたのですが、本の趣味が重なる人は少なかったですね。たとえば『グイン・サーガ』については話せても、他は駄目とか。そういう意味では孤独な読書でした。新本格のラインもすべて読みましたが、綾辻行人さんの館シリーズを読んでいると、あとがきにミステリ研の話がよく出てくる。自分もこういうところにいたかったなあ、とすごく思いました。今でもミステリサークルの人が羨ましい(笑)。本当に、まわりに誰もいなかったから。

――坂木さんの通った大学には、ミステリ研究会はなかったのですか。

坂木 : それが、偶然高校の新聞部の先輩が生物部にいて、誘われて…。生物といっても干潟で野鳥を見たり湿原へ行って植物を観察したりと、ハイキングみたいな内容だったので、それならいいかと思って入ったんです。結局4年間いましたね。でも山にはほとんど行かなくて、三宅島に行ってダイビングをしていました。陸系はダメなのに、水系はアクティブなんですね(笑)。今でも毎年西表島に行ってカヌーを漕いでいます。……ということもあって、ミステリサークルはあったんですが、そちらには入らなかったんです。それこそ『本の雑誌』が読書の友で。

――そして、コツコツと一人で創元文庫を…。

坂木 : 創元の日本人作家を端から読み、有栖川有栖さんと北村薫さんに衝撃を受けました。先に伝奇もミステリになるということを知って驚きましたが、ここで北村さんのような、殺人がなくてもミステリになるということに驚愕しました。新本格では1+1=2的なパズルっぽいものもあったし、世間で流行っているのはビジネス社会を描いたミステリだったり、西村寿行さんだったり…。自分が好きなものとはちょっと違うなと思っていた時に、こうした文芸っぽいものもミステリだと知ったのは衝撃でした。中学の頃流行っていたQueenのジャケットに「こんなに美しいロックがあったのか」というフレーズがあったんですが、北村さんを読んだ時はまさに「こんなに美しいミステリがあったのか」という気持ちでした(笑)。

六の宮の姫君
『六の宮の姫君』
北村薫(著)
創元推理文庫
609円(税込)
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――円紫さんシリーズですよね。

坂木 : 一番衝撃だったのは『六の宮の姫君』。ハードカバーが出た頃が、ちょうど卒論の準備をする時期だったんです。卒論の書き方から調べものの仕方など、バイブルとなりましたね。ちなみにゼミで三島由紀夫や谷崎潤一郎を読んだのが、はじめてのちゃんとした日本文学体験。そういえば、その頃だったかに、山岳モノを読んだ時期もありました。

――陸系はダメなのに。

坂木 : そうなんですよ、読むのはなぜか山のモノでしたね。谷甲州さんを読み、村上ともかさんの漫画『岳人列伝』を読み、ノンフィクションの県警山岳警備・救命隊シリーズにハマりました。『ピッケルを持ったお巡りさん』…カッコいい!!

【通勤電車で現実逃避?】

――その後、就職して、電車通勤されていたんですよね。

剣客商売
『剣客商売』
池波 正太郎(著)
新潮文庫
580円(税込)
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深夜特急〈1〉香港・マカオ
『深夜特急〈1〉香港・マカオ』
沢木 耕太郎(著)
新潮文庫
420円(税込)
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オーパ!
『オーパ!』
開高健(著)
集英社文庫
1,000円 (税込)
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真夜中の犬
『真夜中の犬』
花村萬月(著)
光文社文庫
650円(税込)
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二進法の犬
『二進法の犬』
花村萬月(著)
光文社文庫
1,100円(税込)
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セラフィムの夜
『セラフィムの夜』
花村萬月(著)
小学館文庫
650円(税込)
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ハイペリオン(上)
『ハイペリオン(上)』
ダン・シモンズ(著)
早川書房
840円(税込)
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マルドゥック・スクランブル The First Compression−−圧縮
『マルドゥック・スクランブル The First Compression−−圧縮』
冲方丁(著)
ハヤカワ文庫
693円(税込)
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からくりサーカス (1)
『からくりサーカス (1) 』
藤田和日郎(著)
小学館
410円(税込)
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からくりサーカス (1)
【DVD】『シン・シティ』
ロバート・ロドリゲス(著)
1,500円(税込)
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銃夢 (1)
『銃夢 (1) 』
木城ゆきと(著)
集英社
2,625円(税込)
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天涯の砦
『天涯の砦』
小川一水(著)
早川書房
1,575円(税込)
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復活の地 (1)
『復活の地 (1)』
小川一水(著)
早川書房
756円(税込)
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老ヴォールの惑星
『老ヴォールの惑星』
小川一水(著)
早川書房
756円(税込)
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坂木 : えー、電車の中で池波正太郎を読んで現実逃避していました(笑)。『剣客商売』などですね。疲れたところに時代物を読むのって、いい逃避になるんですね。でも司馬遼太郎さんはスクエアなイメージがあって、もうちょっと大人になってから読むものだと思っていました。池波さんは、ワルな部分がある。いい人ばかりいるわけじゃなくて、いい人が悪いことをすることもあるし、悪い人が気まぐれでいいことをすることもある。クリーンなヒーローでないところがいいなあと多う。おそらく、ちょっとダークな人が好きなんです(笑)。その後、沢木耕太郎さんの『深夜特急』を読んでさらに現実逃避(笑)。「旅立て!」と言われた気分になり、会社を辞めました。いけない読書のラインですねえ。しばらくして家の近所でまた働くようになるのですが、そのまま冒険モノを読み続け、『オーパ!』など開高健作品を読んで逃避は加速(笑)。ちなみに3人とも、食べ物が美味しそうでよかった。その後で、ちょうど前回の「読書道」に出られていた花村萬月さんブームが自分の中でありました。

――花村さんはいろいろな作品がありますが、暴力的な作風のものも?

坂木 : もちろん大丈夫です。だって永井豪さんの洗礼を受けた世代ですから、暴力描写があっても抵抗がない。今となっては西村寿行さんも読みますし(笑)。好きなのは『真夜中の犬』『二進法の犬』。ところで花村さんの本って、表紙がキレイなものも多いですよね。『セラフィムの夜』など幻想的なものも多く、なおかつワイルドな冒険小説が好きという流れで好きになりました。それに、花村さんの作品は、汚れたものを書いていても、聖なる雰囲気がありますし。

――そういえば、SFからはすっかり遠ざかりましたね。

坂木 : 20歳半ばで『本の雑誌』で勧められていたダン・シモンズの『ハイペリオン』を読んで、うわー、面白い!!と思いました。ずっとSFからは離れていましたが、これで休眠から醒めました。考えてみると、大学の頃ってバブルで、楽しく軽いものが世間的に広まっていたので、SFはあまり目立たなかったんでしょうね。その後『本の雑誌』で知った冲方丁さんの『マルドゥック・スクランブル』にも夢中になりました。「/」「=」などを多様していて、こういう文章もあるんだな、という衝撃があった。それに、自分がネズミ好きなので、ネズミが出てくるところもよかった(笑)。ハツカネズミを飼っていて、よりハマリ度が…(笑)。

――今も飼っているんですか。

坂木 : 今はハムスターを。やっぱり動物、しかも喋る動物に弱いんですね。『ジャングル大帝』や『わが輩はノラ公』、『バビル2世』、「ダーティペア」シリーズにつながるところがある。『ジャングル大帝』はもう本当に好きで、ラストのくだりを思い出すだけでまた涙が!! レオとヒゲオヤジが!!だから昨今の動物映画の、ディズニー的な結末とは本当に相性が悪くって(笑)。そういう意味では、『ナルニア』の映画版のラストがもう本当に心配でなりません!あれを変えられたら暴れますよ、私。ちなみに伝奇好きの血もまだあって、冲方さんを読む前に漫画の『からくりサーカス』にハマっていたんです。アクションシーンのテイストが似ている気がします。
さらに映画の『シン・シティ』、漫画の『銃夢』にも共通するものがある。そうした、自分の好きなものをまぜこんで文章にしたら、冲方作品みたいな感じになるんだな、と。
その後も「シュピーゲル」シリーズまで追いかけています。それから小川一水さん。作家になってから、周囲の編集者から『天涯の砦』の評判を聞いて読み、『復活の地』『老ヴォールの惑星』を面白い面白い!と読んで…。
小川さんは自分の中の“いい人スイッチ”に触れるものがあるんです。
災害があっても人の正しさを信じていこうとするような純粋さがある。背筋が伸びますね。青少年に読ませたい。

――作家になって読書生活は変わりませんでしたか。

坂木 : さすがにひきずられそうな作品は読めなくて。だから自分が書くものとまったく違うSFや翻訳ものは読めるんですよね。相変わらずの読書内容ですが、でも周囲に本の話ができるような人が増えました! それが作家になって一番良かったことかもしれない。

【創作に関して】

――SFや新本格なども読まれてきたわけですが、ご自身が小説を書こうとした時に「日常の謎」を選んだのはどうしてですか。

坂木 : 消去法なんです。自分の手に余る、書けないものを消していきました。知っている範囲のことしか書けないから近所のことを書こう、主婦だと2時間ドラマぽくなるので若い男性にしよう、いつも近所にいる若い男性といったら引きこもりだろう、引きこもりの仕事といったらプログラマーだな、誰かやって来ないと始まらないから友達が来るでしょう…とつめていったんですね。今もそうなんですが、自信がないので、なるべく人が書いていないものを書こうと思っているんです。まあ、引きこもりに関しては、滝本竜彦さんがいますが、探偵ではないし…と。

青空の卵
『青空の卵』
坂木司(著)
創元推理文庫
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ワーキング・ホリデー
『ワーキング・ホリデー』
坂木司(著)
文藝春秋
1,550円(税込)
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シンデレラ・ティース
『シンデレラ・ティース』
坂木司(著)
光文社
1,575円(税込)
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切れない糸
『切れない糸』
坂木司(著)
東京創元社
1,890円(税込)
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仔羊の巣
『仔羊の巣』
坂木司(著)
創元推理文庫
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先生と僕
『先生と僕』
坂木司(著)
双葉社
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――そしてあの、『青空の卵』『仔羊の巣』『動物園の鳥』という引きこもり探偵・鳥井とその友人・坂木のシリーズが生まれたんですね。他にもクリーニング店や歯医者さんなど、いつも舞台設定やユニークなのは、そうした発想からなんですね。そして、キャラクターも個性的ですよね。

坂木 : キャラクターに関してはそれほど考えていないんです。たぶん、自分が出てしまうんですよね。引きこもり探偵の鳥井と坂木は、自分と自分の近しい人を足して2で割ったようなキャラクター。鳥井に関しては、たいてい探偵役は歯に衣をきせぬ物言いの人が多いということもありました。鳥井と坂木はワトソンとホームズの関係なので、片方が固ければ、片方が柔らかい。

――その坂木は、人間を信じている、めちゃめちゃ感激屋のいい人キャラ。「人間なんて…」という坂木さんが作り出したというのが意外なような…。

坂木 : 裏返しなんです。そうなりたいけれど、なれないので。絶望し続けている中の希望って、これぐらいないと無理だなと思うんです。まだ人は信じることができる、と言わせているのは、私自身がそう思いたいからなんでしょう。

――語り手かつワトソン役のフルネームは坂木司。著者と同じ名前だというのは。

坂木 : デビューする前にペンネームが決まっていなかったんです。東京創元社の戸川安宣さんから書きませんかと誘われ、『青空の卵』の最初の短編を書いたんです。そうして短編を四本書いたところでいきなり「本にしましょう」と言われ、「ところでペンネームは?」。その時はもう主人公たちのペンネームをつけるのでイッパイイッパイだったので(笑)、今さら何も思いつかない、と思って。でも鳥井と坂木の名前は好きだったんです。それで探偵側の名前をつけるのもどうかなと思い、坂木を選びました。『青空の卵』の名前はいろいろ考えたんですよ。神社が好きなので、「鳥居」から「鳥井」、「榊の葉」から「坂木」、「滝本」は修行の滝…。巣田さんは、鳥に対するネストという意味でつけましたけれど。

――言われてみればそうですね。「小宮」も出てくるし。

坂木 : はい。名前をつけるのが得意ではないので、連想するんです。『ワーキング・ホリデー』は、宅配便の話だから主人公は、大和なんです(笑)。

――ヤマト運輸(笑)。

坂木 : そこから宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長を連想して、沖田大和。古代進を連想して、息子の名前が進…。『シンデレラ・ティース』は全員「口」を使う漢字が名前に入っています。1番偉い人が、口が三つの品川先生。クリーニング店の話である『切れない糸』も、洗うから、主人公を新井にしました。

――毎回、いろいろな職業が登場しますが、取材されているんですよね。

坂木 : 2作目を書く時に、このまま手持ちのことを書いてしまっていいのか、とふと思って。知らない世界を書くために、取材することにしました。『仔羊の巣』では地下鉄の駅員さんに会いにいきました。取材の仕方も知らない、名刺も持っていない、ものすごく不審な人なのに(笑)、親切に相手をしていただいて。人は死なない作風だし、得た知識を作中で悪に使うことはない、と伝えるとハードルは低くなりますね。『動物園の鳥』の際の上野動物園の取材も、すごく優しい対応を受けました。都営なだけあって、小中学校からも問い合わせが多いらしく、応対してくれる係の方がいらっしゃったんです。

――新刊の『先生と僕』は、中学生が探偵役、ワトソン役は気の弱い大学生。毎回、殺人のない古典的ミステリ小説が登場しますね。北村さんの『六の宮の姫君』も。

坂木 : 主人公と同じく、人が死なないものを読みたいという気持ちがあったんです。ダークなくせに一時期だけ、そういうものが駄目になったことがあって。人生の中で悲しい時期に、同じような思いをしている人って結構いるんじゃないかなと思いました。だから「安心して読めますよー」と言いたくて書きました。でも作中に出てくる作品全部を知っていたわけではないので、人にも聞いてピックアップしていきました。

――さて、今後のご予定を教えてください。

坂木 : 今年は『野生時代』でサーフィンの話を、『ジャーロ』でデパ地下の話を書きはじめました。それと『小説新潮』で天文部の話と、後半には『ワーキング・ホリデー』の第2弾。さらに光文社の小冊子『本が好き!』に読み切り短編を連載中で…。

――お忙しいですよね…。

坂木 : 今年は外に出られないと思っています(笑)。

(2008年2月29日更新)

取材・文:瀧井朝世

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