第41回

 それは、「'86新人戦線先回り情報局」の酒井法子の記事だった。

「水谷麻里と酒井法子をどう色分けしていくのか、という点については本誌4月号でも詳述したが、その時点での懸念が不幸にも適中。現在の水谷麻里の状況は、非常に中途半端で期待外れと言われても仕方がなかろう。となれば、サンミュージックカラーでリードする酒井法子の持つ意味はより一層重みを帯びて来る」

  基本的に酒井法子に期待するトーンでまとめられてはいるが、比較対象が同じ事務所というのはマズイ。まして片方を持ち上げつつ、もう片方は"非常に中途半端で期待外れ"と書かれた日には、水谷麻里の担当マネージャーは激怒しているに違いないし、そんな記事が載っているのと同じ号に登場している酒井法子のマネージャーM氏も立つ瀬がないだろう。そんな雑誌とはもう付き合いたくないと思われても当然だ。唯一の救いは、悪意があっての記事ではないことくらいだが、そう言ったところで言い訳にしか聞こえないだろう。

 どうやらの原因がわかったことで胸のモヤモヤは取れたが、この事態をどう収めたらいいのか? その方法が判らず、オレは3日間頭を抱えて過ごすことになった。

 馬鹿の考えなんとやらで、いい考えも思いつかず、ここはとにかく謝るしかないと腹をくくったオレは、サンミュージックに電話を入れた。電話に出たM氏は、いきなり怒鳴り出すかと思ったが、さにあらず、バリトンがかった声でビジネスライクに要件を聞いてくる。肩すかしをくらったような感じで「アイシミュ」の件を依頼するとすんなりOK。記事の件は、話がまとまった最後に、

「ああいう記事は気を付けてくださいよ。やはり、同じ事務所内で比較されるのは困りますから」

 と釘を刺されただけだった。それには丁重に詫びてお終い。3日間も悩んでいたオレの頭の中は、今度は前とは別の意味での(何故何故何故何故...)がリフレインしていた。

 いちライターのザレゴトならそれで済むが、ビクターの宣伝部にまで話がいっていたのだから、「投稿写真」を切ることは、決定済みだったのは本当だろう。すると、オレが電話した時には、その決定が覆っていたことになる。ビクターに電話をして、事務所に連絡を取るまでは、たったの3日間。

 一体、何があったのか?

 その答えは、後になって同じ事務所の新聞・雑誌担当のKマネージャーが教えてくれた。

「あの号で酒井法子の応援団「のりピー族」の団員を募集してたでしょう。あれの"T係"と書かれた入団申込書が沢山来たんですよ」

 団員の募集はいろいろな雑誌で告知したが、"T係"と書かれたものがダントツだったらしい。10月号の発売直後、あの記事のせいで一度は確かに切ることに決まっていたのだが、(これだけ媒体効果があるのなら)と切るのは止めになったそうだ。うんうんと3日間悩んでいたのも逆に良かったようだ(オレ的にはつらかったが)。その間にも"T係"と書かれた入団申込書がサンミュージックに続々と届けられていたのだから。団員募集のネームを書くときに、何気に「投稿写真」のイニシャルを入れておいただけだったのだが、それが最悪の事態を救ってくれたのだ。いや、救ってくれたのは"T係"と書いて応募してくれた読者達だ。それまでは、"読者パワー"でどうのこうのとたいして考えもせずに書いていたが、真の意味での"読者パワー"をこの時初めて具体的なものとして実感した。買ってくれる読者がいなければ雑誌が成り立たないのは言わずと知れたことだが、それ以外にも読者が雑誌を救ってくれることもあるのだと思い知った。

(できることなら、いつか読者達に恩返しがしたい)

 "いい歳こいて..."と少し馬鹿にしていたアイドルマニア達が、オレにとっては一転、いとおしい存在にまでなり変った。