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11月15日(木)

書店の棚 本の気配
『書店の棚 本の気配』
佐野 衛
亜紀書房
1,728円(税込)
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 出来たばかりの中場利一著『ロケンロール空心町』を持って、取次店さんを回る。23日が祝日のせいか仕入窓口は長蛇の列。これはもしや午前中に終わらないのではないかと心配したが、朝早く出たのが功を奏したのか無事終了。

 17時過ぎ、神保町「魚百」で大竹聡さんと飲んでいると、坪内祐三さんが店内のテレビで放映されている大相撲を観戦しにやってきた。私のサッカー同様真剣なのであろうと挨拶だけして声をかけずにいると、ひと勝負終わったところで、「この後、出版記念会に行くんでしょう?」と訊いてこられた。

 坪内さんが言う出版記念会とは、東京堂書店前店長・佐野衛さんがこの度上梓された『書店の棚 本の気配』(亜紀書房)の出版記念パーティーであった。しかしそのパーティーには本の雑誌社を代表して浜本が呼ばれていた。私自身入社以来、佐野さんにお世話になっており、退職される際にご挨拶できなかった後悔もあった。だからといって呼ばれていないパーティーに顔をだすわけにもいかないし、佐野さんにとっては何百人も訪問してくる出版社の営業マンの一人でしかないのだ。

 そのことを口ごもりながら坪内さんに伝えると「いいよ、いいよ、一緒に行こうよ」と誘ってくれた。そういえば坪内さんは会の発起人のひとりだったのだ。そして相撲が終わりお店を出ていく坪内さんの背中を私と大竹さんは追いかけたのだった。

 会場には私よりずっと年配の出版関係者がたくさんいた。その中心に胸に花をつけた佐野さんがいて、多くの方々と挨拶をしていた。
 私は邪魔になってはいけないと隅っこで静かに酒を飲んでいたのだが、しばらくして佐野さんが前を通ったとき、突然、私のほうを振り返り、「ありがとうね」と頭を下げられてきたのだ。

 佐野さんは営業マンには厳しい書店員さんだった。
 私は16年間訪問し続けてきたが、特別個人的な会話をしたことは一度もなかった。注文をもらえればすぐに持っていく、そういうことをただただ16年間続けてきたに過ぎない。

 だから私のような営業マンを覚えていてくれているとは思えなかった。誰かと間違えて挨拶されたのだろうと思ったのだが、その後佐野さんは「『本の雑誌』読み続けているよ。坪内さんの連載もあるからね」と初めて見る笑顔で話されたのであった。

 私は涙をこらえるのに必死だった。
 そして思い出していたのは、坪内祐三さんの著作を初めて本の雑誌社から出版するときの佐野さんとのやりとりだった。

 私が『三茶日記』の注文書を広げると、佐野さんはすぐに「200」と言った。一瞬聞き間違えかと思って佐野さんを見つめるが、佐野さんは私など気にせず注文書に「200」と書き込んでいた。
「削ったらダメだよ。この間坪内さんの本を出した出版社は削ってきやがったんだ」
 削るとは書店さんの注文が多すぎると出版社が判断したときに、その納品部数を出版社が減らすということだ。

 それにしたって200部。大丈夫だろうか。
 私は会社に戻る電車のなかで悩んでいた。
 しかしこれは出さないわけにはいかない。いや売ると言っているんだから佐野さんは売るんだろう。
 そうしてそのまま削ることもなく納品したのだが、私の心配などどこ吹く風ですぐに売り切れ、その後何度も佐野さんから追加注文の電話が入った。私はそのたびに本を持って、笹塚と神保町を往復していた。

 しばらく佐野さんと話していると別の方が佐野さんに話しかけ、佐野さんはそちらの輪に加わった。

 私はその背中に向かって深々と頭を下げた。

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