8月2日(火)

 出社時より猛烈な暑さ。果たして私は今日、無事帰宅することができるのだろうかと心配になる。

 午前中、企画会議。暑さのせいか人に会ってないせいか、いまいち閃きがなく、消化不良。

 午後、直納と営業。さすがに街中には人影少なく、ただ訪問した本屋さんは避暑地となっているのか、お客さんがそこそこいらしてほっとする。

 夜、まったく気温下がらぬ中どうにか無事帰宅すると、娘からドイツの寮が決まったと報告を受ける。

 娘はこの秋からドイツのハイデルベルクというところに一年間研究留学することになっているのだけれど、不甲斐ない父親である私はハイデルベルクがどの辺にあるのかすらもわからず、ここ最近娘が相談してくることになにひとつ答えられずにいるのだった。

 寮費のドイツへの送金の仕方なんて日本の銀行の振込すらままならならない私にわかるわけないのだ。

 娘は私の回答なんてまったく期待しておらず、ドイツ語で書かれた資料を手に次々と申請をし、3時間後には入寮の手続きを終えていた。

 もはや私が彼女に教えられることなんてなんにもないのだった。教えることどころか資金面でもほぼすべて娘自身がアルバイトで貯めたお金で留学するため、やはり私の出番はないのだった。まあ出番ですよと声をかけられたところで捻出できるとは思えないのだが。

 こうして子育ては終わっていくのか。一人では食事もトイレも寝ることすらできなかった子供が、こうして羽ばたいていくのだ。子育て、面白かったよ。娘よ、ありがとう。

8月1日(月)

  • アムンセンとスコット (朝日文庫)
  • 『アムンセンとスコット (朝日文庫)』
    本多 勝一
    朝日新聞出版
    1,089円(税込)
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    honto

 暑さのせいか、一昨日51歳になったせいか、それとも昨日高野秀行さんのオンラインイベント「辺境チャンネル」を配信したせいか、月曜朝から疲労困憊。朝食をとって一休み、顔を洗って一休み、トイレに行って一休みと、家を出るまでに何度ベッドの端に腰掛けたことか。

 どうにかして外に出れば激暑。コロナ関係なく夏はどう考えてもテレワークのほうが仕事が捗りそうだけれど、我が仕事はそうもいかず、日陰を探して出社する。

 本日、8月26日発売の向井透史『早稲田古本劇場』の入稿なのだ。ギリギリまでゲラをチェックする。

 昼、デザイナーの松本さんより入稿データが一式届き、無事入稿。おもしろい本が作れたぞという満足感に浸る。

 午後、会社に山本貴光さんと吉川浩満さんをお招きし、「本の雑誌」10月号の特集(あなたの知らない索引の世界)に向けて対談を収録。山本さんの白シャツ&ストローハット姿があまりに素敵で、自分にも似合うだろうかと瞬間的に想像するも、中身が違うことに気づき、即却下となる。

 吉祥寺のブックス・ルーエさんからフェア用としてご注文いただいていた、橋本倫史『東京の古本屋』と藤井基二『頁をめくる音で息をする』のサイン本を届ける。

 期間限定でパルコに出店している「TOKYO BOOK PARK」を覗く。こちらは東京を中心に各地の古書店が本を持ち寄るユニットショップなのだが、それぞれのお店のカラーが棚ごとに反映されており、自分の趣向に合うお店の棚では思わず真剣に眺めてしまう。

 夕刻になってもまったく気温下がらず、チョコモナカジャンボを買い食いしつつ、帰宅。本多勝一『アムンセンとスコット』(朝日文庫)を読みながら、疲労回復のため早々就寝。

7月1日(金)

  • ドリフターズとその時代 (文春新書 1364)
  • 『ドリフターズとその時代 (文春新書 1364)』
    笹山 敬輔
    文藝春秋
    968円(税込)
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 笹山敬輔『ドリフターズとその時代』(文春新書)読了。これは評伝の傑作である。

「ザ・ドリフターズはその存在の大きさに比して、正当に評価されていないのではないか。私はずっとそう感じてきた。」という文章からはじまる「はじめに」をとにかく読んでしい。

 そこから伝わってくる深い愛情はもちろん、たった4ページでありながらたいへん客観的な視点でもって、示唆に富む考察鋭い文章なのだった。そしてこの『ドリフターズとその時代』は、それが全編に渡って貫かれている一冊なのである。

 ドリフターズがすごいのは、誰か一人というわけでなく、みながそれぞれ、人によっては地味ながら輝いていたというか、そもそもバンドなので全員のアンサンブルによってコントが成り立っていたわけで、この本は見事にそのアンサンブルを描いている。誰か一人を中心とした評伝ではなく、いかりや長介、荒井注、加藤茶、仲本工業、高木ブー、志村けんといったドリフターズ全員を、あるいはその舞台を作る裏方である6人目のドリフターズも過不足なく取り上げられており、網羅的にドリフターズを知ることができる、まさしく決定版の傑作評伝であろう。

 土曜の8時、欽ちゃん派の兄といつもケンカして、そのうち母親が隔週ごとに変わりばんこに見なさいと解決策を提示し、それでも兄貴に「先週、全員集合見ただろ!」と騙され、不貞腐れながら欽ちゃんを見ていた六畳間の畳のヘリの柄まで、まざまざと思い出したのだった。

 紀伊國屋書店新宿本店さんに西村賢太『誰もいない文学館』を直納。地下通路を通っていけるので、非常にありたがい。

6月30日(木)

 ゲラを届けに行って、ゲロを吐きそうなる。

 というのも本日、8月刊行の古書現世・向井透史さんの『早稲田古本劇場』の再校ゲラが出来上がったのでお届けにあがったわけだが、それと同時に都内某所への買取のお手伝いすることになっていたのである。その買取が向井さん曰く、「これ以上ない」レベルの困難極める買取であり(実際日下三蔵さん家も真っ青な魔窟であった)、しかも気温が35度を超える激暑であり、さらにそこはエレベーターのないマンションの2階なのだった。

 せめてもの救いはそれでも2階ということなのだが、2階とはいえ10数段のステップを登り降りするわけで、そこを70本、約1400冊の本を運び下ろしていると、Tシャツは絞れるほどびしょびしょとなり、毎日ランニングして鍛えているはずのふくらはぎもパンパンとなり、意識朦朧としてくる。まるで中学校の部活が如く、「あと●本」とカウントダウンしながら最後の本の束を運び下ろしたときの達成感たるや、やはりそれも中学校の部活以来の達成感なのだった。

 夕刻、車で早稲田の古書現世に戻り、すべての本を店内に運び下ろす。向井さんはここからさらに本の束をひもとき、改めて組合の交換会に出品できるよう整理し直すわけである。おそらくそれは朝方まで続くのだと思われる。

 古本屋さんの本を愛する様子は、あきらかにわれわれ新刊流通の仕事に関わっている人間とは異なる。なにやら深く、そして広大な感じがする。面白いとか面白くないとか、たくさん売れるとかテレビで紹介されたとかそういうものとまったく関係なく、もっと長い年月を通じた本というものと対峙している感じがある。

 向井さんは『早稲田古本劇場』のなかで、「古本屋というのは表面的には小売業だが、実は流通業でもあるのだ。店というのはいろいろな形で本を動かす拠点なのだ。」とおっしゃっているのだが、それはまた換金する方法が様々あり、それを日々本を目の前にして選択していく仕事でもあるのだろう。

 どうにかゲロを吐かずに肉体労働を終え、心地よい疲労を覚えつつ帰宅。

6月29日(水)

 猛暑続く。9時半に出社。続いて出社してくる社員を、フル・マラソンを終えたランナーの如く拍手で出迎える。無事出社できてコングラッチュレーション!

 2時過ぎまで避暑という名のデスクワークをし、その後、池之端の古書ほうろうさんに納品に伺う。いつ来ても素敵な古本屋さんでしばし棚を眺める。大塚和義『草原と樹海の民』(新宿書房)を購入。

 根津神社にて、内澤旬子さんの『カヨと私』が無事出来上がったことをご報告し、売れ行き繁盛及び重版祈願のお参りをする。

 往来堂書店の笈入さんとお話。やはりあまりの猛暑に人出が減っているらしい。

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