『ベルリンうわの空』刊行記念 香山哲が選ぶ 自分をビルドする20冊

 香山哲さんの魅力を言葉にしようとするとすごく難しい。香山哲という人が生み出す作品の魅力を言葉にするのもまたとても難しいのだが、ややましだ。
 『ベルリンうわの空』が刊行される。この本で香山さんを知ることができる読者には、瑞々しい沃野がひらけている。自身が主宰するレーベル、ドグマ出版から多くのすばらしい作品を発表している。あなただけの未知なる読書体験を提供するお宝が必ず見つかるはずだ。
 『ベルリンうわの空』はディープな世界の入口にすぎない、と断言する。だけどもとても間口が広くて、快適で親しみやすいエントランス。
 滞在先のベルリンで過ごす日常を追体験するのがとても心地よい。大きな目的とか野心があるわけじゃないから考えごとをする時間がたくさんある。それを共有できる感じがとても良いのだ。小さな気づきや発見、日本との違いなどにおもいをめぐらす。自分をとりまく世界の輪郭がくっきりとうかびあがってくる。
 香山さんの描くキャラクターの造形は実に多様だ。そしてベルリンは多様であり、世界は多様性に満ちている。居場所は自分で決めることができる。どこにいてもだれとでもつながっていくことができる。その自由をうたうことに説得力があるのだ。
 
 で、フェアを行いたい。

 香山さんに20冊の本を選んでいただいた。コメントと書下ろしエッセイを書いていただき、収録した冊子の製作もお願いした。いわゆる著者選書フェアだ。頻繁に行っている。私は月替わりの催事コーナーを管理している。これぞ、という新刊の刊行に合わせて様々な著者に協力してもらってきた。その全てにおいて予算をクリアしている。大幅に上回ったこともある。著者選書フェアは「売れる」のだ。
 メリットはそれだけではない。遣り取りをした著者との縁はフェアがおわっても切れない。自分が書いた本と自分が選んだ本がともに並ぶ体験を奇貨におもってくださることも多い。
 
 というわけで全国の書店員ならびに本に携わる仕事をされてるみなさん、香山さんの選書フェアをやりませんか?

 選書リスト、コメントはオープンソース。付記いたしますので、それぞれにご活用ください。冊子の配布を希望される方は、http://www.kayamatetsu.com/event/20201/へのアクセスをお願いいたします。
 いろんな場所で突発的に香山さんのフェアが行われる現象は、『ベルリンうわの空』という本の性質にマッチしている気がするのです。
 「#ビルド選書」でフェアについてSNSに投稿してください。
 どんな規模でもいいです。例えば『ベルリンうわの空』のとなりに冊子を置いているだけでも成立するとおもいます。選書リストの中からお店に合うものだけをピックアップする作業もたのしそう。

 かつてテレビで流行した言葉に手を加えた香山さんの名言にこんなものがあります。

いつやるか?
人それぞれでしょ!


『刑務所の中』
1動作ずつ細かく描かれた規律や罰、そんな生活の中での貴重な喜びやありがたさ。すばらしい絵と言葉で、追体験以上のものを味わえる。

『洞窟オジさん』
厳しい時代に親の虐待を逃れ、長年山奥で愛犬とサバイバルを続けた記録。水や食料の獲得、罠の工夫、物を売って現金獲得、社会復帰...戦後日本の発展を山奥から見る、すごい記録。

『チュウチュウカナッコ』
中華料理屋で働く女の子が、いまいちうまくいかなかったり、しないでいい嫌な思いをしてしまう。それでも自分のバランスを取ろうとする小さな抵抗や挑戦が、漫画らしいスタイルで配置されている。生きづらさについて描かれた漫画は世にたくさんあるが、なにか特別な漫画だと思う。

『総員玉砕せよ!
水木戦争漫画は総員必読。

『明治のサーカス芸人は なぜロシアに消えたのか』
明治期に海外で活躍したサーカス者たちを、各国に散らばって消えかかった記録を頼りに追跡していく。戦争や革命に巻き込まれながら、過酷な芸の訓練を繰り返し、家族以上のつながりを持ち続けたサーカス団の人々。謎に満ちた人生の中に、強く希望を負い続ける人間の精神を感じる。

『お嬢さん放浪記』
何よりも強くおすすめ。どこかからなんとかお金を工夫して、ぜひこの本を買って手元に置いたり、この本が必要そうな人を見つけたらすぐに貸してやったりしてください。
犬養毅(元総理大臣)の孫でありながら、親の援助をほとんど受けずに自力でアメリカからヨーロッパにかけて滞在した各国の記録。
同じく貧しい他国の留学生などと協力して「友達をつくるクラブ」を作ったり、見学に行った貧民街の人にコーラをごちそうになったり、病気で倒れたり、そこまで強くもないのに激しく熱意を持って動き回る犬養道子は、いつも僕に勇気をくれる英雄だ。知性を信じ、善を重んじ、どんな文化や精神にも敬意を持ち、おいしい食べ物や風景を愛する。素晴らしい動きをする素晴らしい人たちの、考えや言葉やふるまいがいきいきと書かれていて、自分の精神の美しさを磨こうとする気持ちや勇気を保つ、大きな助けを与えてくれる。
10ほどのエピソードはバラバラに読むこともできるし、読みやすい本。書かれている世界の時代はすこし古いけど、むしろ変わらないものを感じ取るのに都合がいい。

『帰ってきたヒトラー』
現代のドイツに再び現れたヒトラーが、SNSの時代でも、やっぱり人気者になってしまうという恐ろしい物語。お笑い、アイドル、ポップアイコンに大衆が狂騒していく仕組みが政治に転用されている日本では、特に読みがいがある。

『謎の独立国家ソマリランド』
なかなか行くのが大変な場所に関するノンフィクションをたくさん書いている著者。戦乱激しいソマリア近くのソマリランドを旅してみようと、ウィキペディアを検索するところから始まる。この、僕らでもできる行為から始まるところがぐっとくるのだ。

『ニューヨークで考え中』
2008年からニューヨークに移住し、そこで感じたことや驚きを描いていった漫画。落ち着いて、部屋を借りて、その地に根付こうとした彼女が心に起きたことなどをすこしずつ説明していくところが素晴らしい。"

『河童が覗いたヨーロッパ』
ヨーロッパのたくさんの国で泊まり歩いた数々の宿を、見下ろし図で描きまくった唯一無二の旅行記。自分のためにメモしておくような細かすぎる家具の記録が、空気感や素材感、光やホコリまで感じさせる。

『ハッカーと画家』
Yahoo! storeの元になったサービスを作り、数々のソフトウェアビジネスを生み出したプログラマが、生き方や考え方、感覚のコントロールや社会の中での動き方について、力強く書いたエッセイ集。多くの人にとってはあまりに遠い存在かもしれないが、理屈や法則というのは、立場や時代を超える。

『地下鉄道』
アメリカには、黒人だというだけで奴隷の生活を強制された時代があった。比較的自由がある州や、地下で奴隷解放を計画する組織が活動していた場所もあった。主人公の奴隷が物理的・精神的に、できるだけ遠くへ逃げる話だ。馬車で追ってくる賞金稼ぎや、監視を強める白人住民たちに対応して、柔軟に計画を変えながら生き延びようとする。僕は、様々な登場人物の誰にも近くない人間だが、それだけに、全員の立場や思いが自分の中で吹き荒れる思いがした。

『女の子は本当にピンクが好きなのか』
子どもたちが強く自分の好みや考えを発揮して、社会の中にある選択肢から何かを選び出せるようになるずっとずっと前の段階から、社会には偏った刷り込みが存在している。本当は数学が得意な女の子は、周りの大人の期待する子ども像を演じるために「ケーキ屋さんになりたい」と言うし、本当はきれいなドレスを見るのが好きな男の子は「サッカークラブに入ってみたい」と言う。必ずではないが、そういうエフェクトが社会全体にかかっているのだ。しかしすでに世の中ではたとえばバービー人形の科学者や宇宙飛行士モデルが売り出され、体型や肌の色も多様なバリエーションが登場して久しい。ピンクを主軸として、子どもを取り巻く環境の、将来への影響を書いた本である。特にアメリカの例示が多く、興味深い。

『ぼくらはそれでも肉を食う』
WWF、世界自然保護基金のロゴには、パンダが描かれている。それと関係があるかどうかわからないが、ある調査によると、動物保護の寄付に集まる金額は、保護対象の動物の目の大きさに比例するという。愛護、虐待、生産、消費...さまざまな形で人間は毎日多くの動物と関わるが、その基準やパターンはめちゃくちゃである。親密さと残虐さをランダムに自然に向ける人間が、どんな存在なのかに迫ろうとする1冊。

『プリズン・ブック・クラブ』
他人の立場を想像する力や社会性の欠けている人が、文学を読むことによってそれを補えるという研究結果がある。この本はカナダの刑務所で実際におこなわれた読書会活動の1年を追った本だ。暴力や麻薬など様々な事物に囚われた個性的な人間たちが、本に引き込まれ、人間性を回復させたり、あいかわらず困難を抱えたりする。書物というものの本質と、人間との関わりについて新しい発見を与えてくれた。

『経済と人間の旅』
表紙のひげの人は宇沢弘文という人で、大変な経済学者である。戦後間もない頃に東大の数学科を卒業し、64年にはシカゴ大学の経済学部教授に。帰国後も日本政策投資銀行の顧問を務め、東大の名誉教授でもある。そのような人が何を考え、何に至ったか、一言でいうと「人間ひとりひとりの命や尊厳と、地球環境を大切にすることが何よりも社会にとって重要」ということである。この本では宇沢の人生を振り返っていく構成になっているが、もし考えから触れたい場合は講演を元にした『人間の経済』も読みやすい。

『しないことリスト』
昔から自分は、「何をするか」ではなく「何をしないか」が人間を大きく決めると思っている。それは「主義」や「教義」においてもそうだ。法律や市場競争だけではなく、自分で自分の人生ルールをデザインすることは、弱い人にほど有効な手段かもしれない。

『ひきこもらない』
ありとあらゆる古い考えや、人を縛るだけの習慣。そういうものから自分をスムーズに、音も立てずに離脱させる生活を書いたエッセイ集。「しなければならない」から、力まずに抜け出すアイデアが散りばめられている。

『バイトやめる学校』
中高生でも実感できる表現やテーマで、「工夫を重ねて自分の気に入る生活を組み上げる」ことについて多角的に書いた本。気に入らない仕事をちょっとずつでもやめて、サバイバルしていく気合に満ちた本。しまいには「この本をメルカリで売れ」とまで書いてある。

『タイポさんぽ改: 路上の文字観察』
グラフィックデザイナーである著者が、店舗や施設の看板などにデザインされた文字を観察する図録や分析。専門職として色々なものを頭脳や肉体に長年蓄積した自分自身を、日本各地に物理的に移動させるだけで実に様々な出会いや思索が発生する。移動することの本質的な面白さを、親しみたっぷりに感じさせてくれる。

開催日時 2020年2月1日から3月1日
会場 ブックスルーエ一階雑誌フェア台
問い合わせ先

0422(22)5677 ブックスルーエ担当花本