第116回:窪美澄さん

作家の読書道 第116回:窪美澄さん

初の単行本である『ふがいない僕は空を見た』が刊行当時から多くの人から絶賛され、今年は今年本屋大賞2位、さらには山本周五郎賞を受賞という快挙を達成した窪美澄さん。新人とは思えない熟成された文章、そして冷静だけれども温かみのある世界に対するまなざしは、どのように培われてきたのか。影響を与えられた本、小説を書くことを後押ししてくれた大切な本とは?

その5「硬質な鉛筆でゴリゴリ書いたものが好き」 (5/5)

マゼンタ100 (角川文庫)
『マゼンタ100 (角川文庫)』
日向 蓬
角川書店
432円(税込)
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傷を愛せるか
『傷を愛せるか』
宮地 尚子
大月書店
2,160円(税込)
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あおい (小学館文庫)
『あおい (小学館文庫)』
西 加奈子
小学館
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さくら (小学館文庫)
『さくら (小学館文庫)』
西 加奈子
小学館
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白いしるし
『白いしるし』
西 加奈子
新潮社
1,404円(税込)
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円卓
『円卓』
西 加奈子
文藝春秋
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終点のあの子
『終点のあの子』
柚木 麻子
文藝春秋
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――新人賞に応募する際、なぜ「女による女のためのR-18文学賞」を選んだのでしょう。

:たまたま最初に書いたもののタイトルに「マゼンタ」という言葉が入っていたんです。それで、似たタイトルの小説ってあるのかなと検索したら、日向蓬さんが『マゼンタ100』という小説で「R-18文学賞」の第一回の大賞を受賞されていたんですね。それでこんな小説の賞があるのかと思って。実は第二回くらいにも応募しているんです。この賞は枚数の上限が50枚なので、それなら仕事や家事をしながらでも書いて応募していけるかなと思って。テーマが性にまつわることとはっきり書いてあったことも大きいですね。ライターってテーマを与えられると燃えるじゃないですか(笑)。ほかの応募作はガーリーな話が多かったので、助産院の話だと面白いかなと考えたんです。でも毎回書いていたわけじゃないんです。2回目に応募して、次に応募したのは6年くらい経ってから。その間にほかの文学賞にも1回か2回は応募したんですが、箸にも棒にもひっかかりませんでした。家庭が揉めはじめたので小説どころではなくなってブランクができてしまったんですが、40歳を経てようやくこれは本気を出さないと、と思って「ミクマリ」を書きました。

――その「ミクマリ」で大賞を受賞して、それを第一話として連作集にしたのが『ふがいない僕は空を見た』。最初は連作にしようと思っていなかったそうですね。

:まったく考えていませんでした。「ミクマリ」は勢いだけで5日くらいで書いたんです。受賞した時に「来年の授賞式までには本を出さないとね」「そうすると2か月に一度、短編を仕上げていかないとね」とスパルタ風に言われて(笑)、それでプロットを立ててみて連作にすることにしました。それまでにも、自分は子供が産めないけれども人の出産になるとしゃかりきになる助産師の女の子の話は書いていたんです。そこに書いたことはある程度『ふがいない~』でも使っていますね。

――その初の単行本が本屋大賞2位、そして山本周五郎賞を受賞という快挙。忙しくなったと思うのですが、生活のサイクルに変化はありますか。

:子供が高校生なので、朝はお弁当を作らないといけないし、晩御飯の時間も決まっている。その時間だけは変わらないんです。それで朝はやく起きるんですが、眠くなると小説が書けない。起きてすぐのフレッシュな頭でないと書けないんです。それで、お弁当と晩御飯の時間以外は、2時間ずつ寝たりして細切れに小説を書いています。本を読むのはお風呂に入っている時。集中すると、小説だと1冊くらいは読めるので。

――最近はどのような本を読んでいますか。

:宮地尚子さんという精神科医の方が書いた『傷を愛せるか』というエッセイ集がよかった。PTSDのことやジェンダーのことを研究されていて、心の傷について語っているんです。たくさんの人に読んでほしいと思うくらい、素晴らしい本です。最近はそうした傷とか痛みといったことに興味が向いていますね。「モモちゃん」シリーズの松谷みよ子さんの『小説・捨てていく話』というのがあって、これはご主人と別れる話なんです。松谷さんご自身、劇団をやっていたご主人のためにお金を稼ぐのにご主人はばんばん浮気をする。結局松谷さんのほうから別れるんですけれど、「モモちゃん」を読んでこれを読むと背筋が凍ります(笑)。あのシリーズの背景にはこれがあったのね、という。すごく温度を低くして、「私はそれを~~しました」「私はこれを~~しました」と淡々と書かかれているので、よりいっそう怖いです。

――小説の好みや選び方に変化はありますか。

:地震の後は顕著だったんです。現実のほうが越えちゃってるじゃん、という気持ちがありました。しばらくの間、本が読めなくて、どういう本だったら読めるだろうとなった時、自分と誰かの間の深い感情の揺れを書いている人の本は読めるなと思って。それが西加奈子さんや今村夏子さんの本でした。大きい話じゃないけれど、深い話なので、ストンと腑に落ちてきた。深い感情を見てちゃんと切り取っている人たちだなと思います。

――西さんはどの作品を。

:最初の頃の『あおい』や『さくら』も読んでいるんですが、昨年の『白いしるし』を読んでびっくりしました。お風呂で読み終えて真っ先に西さんの担当編集者にメールをしたくらい。こんなにギリギリとした恋愛を硬質な筆致で描くんだと思って。硬くて濃い鉛筆でゴリゴリ書いているような感じ。恋愛のひとつひとつのエピソードが素晴らしくて、翌日も電車の中で思い出していました。そのあとの『円卓』も素晴らしかった。硬質な鉛筆で書いているのになんでこんなに感情が刺さるんだろうと思う。

――三島由紀夫賞を受賞した今村夏子さんの『こちらあみ子』のことは、ツイッターなどでも激賞されていましたね。

:ショックだったんです。新しい火山が生まれたというくらい。新しい潮流が来た!小説が変わった!と思いました。あれが認められたということは2011年の大きな出来事だと思っています。受賞の記者会見は今村さんは電話でのインタビューになりましたが、「次の作品は」と訊かれて「わからない」と答えた、あの正直さを大事にしてほしい。10年かかってもいいんで書いてほしいと思っています。めちゃくちゃ上からの目線ですが。もう、マネージャーのように今村さんを守る気分になっています(笑)。今村さんも使っている鉛筆は柔らかくない。硬度も高いけれど濃い。2Bとかじゃなくて、Hの鉛筆で筆圧高く書いている小説という気がします。そういうのが単純に好みなんです。あとは柚木麻子さんの『終点のあの子』。自分もずーっと女子校にいましたから、あの感じはすごく分かる。感情の揺れをものすごい動体視力でつかまえて書いているなと思います。「R-18」にでかい風穴を開けましたよね、あの人は(笑)。

――あれ、柚木さんは「オール讀物新人賞」の出身ですよね。

:「R-18」にも応募されていて、「R-18」出身の同年代の作家たちと仲がいいんです。今そのチームで「文芸あねもね」という同人誌を作って、売上を震災募金しています。「R-18」出身の人たちはみんな小説が大好きで、盛り上げていきましょうという気概を感じる。硬派なんです。女の子のいいところが出ていますよね。「R-18」フェアをやってくださるありがたい書店さんもあるし、何かムーヴメントが生まれたらいいんじゃないかって思っています。

――窪さんは今、どんなものをお書きになっているのですか。

:今、新潮社の書き下ろしを集中して書いているんですけれど、年内か年度内に単行本で出そうと思って進めています。内容は『ふがいない~』とそう遠くなくて、スムーズに生きている人ではなく、なんか生きにくいな、ということを感じている人たちが出てくる話です。長い目では考えられないけれど、明日くらいまでは頑張っていこうっていう、ほんのちょっとの希望があるものにしたい。3人の人がメインで出てくるんですが、一人目の視点人物の話が9月売りの「yomyom」に掲載予定です。あとは短編が「紡」の9月号に掲載されます。タイトルは「リーメンビューゲル」。赤ちゃんが股関節脱臼した時のギプスの名前なんです。なぜそんなタイトルなのかっていう(笑)。女子高生が2人出てくるんですが、柚木さんや「R-18」の人たちの女子校ものを読んで、自分も書いてみたくなった短編です。

(了)