第149回:千早茜さん

作家の読書道 第149回:千早茜さん

小説すばる新人賞受賞のデビュー作『魚神』で泉鏡花賞を受賞。当初からその実力を高く評価されてきた千早茜さん。小学生時代の大半をアフリカのザンビアで過ごし、高校時代の頃は学校よりも図書館で過ごす時間が長かったという彼女。その時々でどんな本との出合があったのでしょう? デビューの経緯や、最新刊『男ともだち』のお話も。

その3「依頼を受けてはじめてストーリーを作る」 (3/4)

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――大学ではどのようなことを専攻したのですか。

千早:文学部で、一応美術系です。人文総合インスティテュートの人間と表現という専攻で、西洋美術史や芸術表象論をやっていました。美術はずっと好きだったんです。アフリカンアートも好きでしたし。家に美術書もいっぱいあります。

――読書傾向は変わりましたか。

千早:大学に入った頃は村上春樹大旋風だったので、私も読みました。やっと生きている人も読んでいいと自分に許しを与えて(笑)、読みたいのに我慢していた中上健次、赤江瀑、団鬼六を読みました。小川洋子さんと川上弘美さんに夢中になりました。村上春樹さんもやっぱり好きで、みんなでずっと春樹作品について喋っていましたね。『ノルウェイの森』のショートケーキ論とか。ショートケーキを食べたいと言ったら買いにいってくれて、戻ってきた時に「もう要らない」って言っても、また別なものを買いに行ってほしいということをミドリが言いますよね。あれは実際に買いに行くかどうかではなくて、それくらい大きな愛がほしいということなのにどうして男子は分からないんだろうね、って女子のみんなでキャーキャー話していました(笑)。その頃になってようやく、同じ趣味の友達と喋る幸福を味わうことができたんです。

――日記はどうなりましたか。

千早:高校生になってから復活しました。親には提出しませんでしたが、書かずにいると思っていることを吐きだせなくて苦しいので、不定期で書くようになりました。日記と、思っていることを書くノートと、大学生になってから映画ノートをつけるようになって、それは今も続いています。他に雑文帳と打ち合わせノートも。一時期は詩を書くノートもありました。

――千早さん、メモ魔ですよね。映画を観ながらもノートにメモするんですよね、たしか。

千早:映画の冒頭のシーンや印象的な台詞をメモしますね。映画は大学生の時に京都みなみ会館などのミニシアターにすごく通ったんです。文章ではじめてお金をもらったのも、大学生の時に『明日に向かって撃て!』を観て映画会報誌に書いたものでした。好みはそれほど偏っていないと思いますが、スプラッタ系のホラーは駄目。『セブン』のように死体がリアルだったり、猟奇系の『羊たちの沈黙』は好きです。『羊たちの沈黙』はレクターとクラリスの関係にくらくらしました。あれは恋愛映画として観ました。

――小説の創作はいつはじめたのですか。

千早:大学生の頃、絵を描いていて、カフェで個展をやったこともあったんです。絵に詩をつけていたんですが、そうしたら詩のほうが評判がよくて。絵は向いていないんだなと思いました。映画部の友達に「ストーリーを作ってよ」と言われて作ったのが、はじめての創作かもしれません。鈴木清順が好きな男の子だったんですが、彼岸花とセーラー服となんとかとなんとかを入れて...と要望を出され、それに合わせてストーリーを作りました。

――書いてみて、いかがでしたか。

千早:書けるんだなって思いました。その男の子は小説の趣味が似ていてよく話していたんですが、女の子が失禁する映画なんかを撮って「変態」って言われたりしていたんです。すごくプロ意識の高い子で、私が「恥ずかしくないの?」と訊いたら「恥ずかしくないよ、つくりものだもの」って。ああ、恥ずかしがらなくていいんだと思って、それで私も頼まれたストーリーを書くことにしたんです。それから小説を書くようになりました。最初は短い散文っぽいものばかりで、いちばん長く書けたので応募したのがデビュー作になった『魚神』でした。それが29歳の時です。

――その間、大学卒業後はどうされていたのですか。

千早:就職したり、ケーキ屋さんで働いたり、医療事務をしたり、美術館でアルバイトをしたり。いろんな職業を転々としました。ずっと京都です。働いていたカフェの人たちが家族みたいな感じで居心地がよくて、いまだにその人たちと仲がよかったりします。卒業後の読書は、軽いものも読むようになりました。パティシエになろうと考えていた時期もあったので、食のエッセイを読むようになりました。『壇流クッキング』や、伊丹十三の本とかも。

――小説すばる新人賞を受賞した『魚神』は遊女屋が並ぶ小さな島を舞台にした幻想的な作品で、泉鏡花賞も受賞されましたが、この作品の発想はどのように?

千早:イタリアにガラス職人を閉じ込めた島や娼婦を流した島など、たくさんの島があるという話を聞いたことがあって、そこからです。好きだった寺山修司の影響も受けていますね。頭の中で映像化したものを言葉に落としていった感じです。

――デビューを果たしてからの読書はいかがですか。

千早:ノンフィクション系の本や寄生虫や細菌の本はよく読みますね。動植物の善も悪も正も誤もない感じも、やはり好きです。デビューして最初の頃は、意識して小説を読まないようにしていたんです。はじめてちゃんと書いたものでいきなりデビューしてしまったので、自分の文体が分からなくて。見つけようと頑張ったんです。川上弘美さんとかを読んでしまうと、好きすぎて引っ張られてしまう。有名な童話をアレンジして書いた『おとぎのかけら』が練習台となりました。結局何を書いても自分のものになるんだなと気づきました。

――その後、繰り返し読んでいるものは何でしょうか。

千早:安吾の『青鬼の褌を洗う女』と『白痴』。どうしても分からなくて時々読み返すのは『ビルマの竪琴』です。高校生の時にはじめて読んですごく感動したんですが、でも水島の行動理念が分からないんです。なんで日本に帰らないんでしょうか。現地で死んだ日本兵たちのためにといっても、私は「水島帰ろうよ」と思ってしまう。でも水島の真っ直ぐさには打たれてしまうんですよね。それがなぜなのか分からなくて、たまに読み返します。ああいう答えの出ないものもいつか書いてみたい。他には、漫画がたくさんあります。うちは漫画だらけなんです。保存版にしているのは、萩尾望都さんの『メッシュ』と『半神』、『ギャラリーフェイク』全巻、杉浦日向子さんの『百日紅』などなど。それから恥ずかしくて誰にも言わずにきたのは山中音和さんの『ロリータの詩集』、望月花梨さんの漫画、誰にも触らせないのが川原由美子さんの『観用少女(プランツ・ドール)』...。これらの漫画はもう、完全保存版です。高校の時、文学少女を気取りながらもこういう少女漫画も好きだったんです。なのでこうして言うのが恥ずかしい(笑)。萩尾望都さんや清水玲子さん、樹なつみさんのようなSF寄りの少女漫画は好きといっても恥ずかしくないんですが。SFでいうと市川春子さんの漫画も好きです。他にはもりもと崇さんの『難波鉦異本』。これは大阪の守銭奴の遊女の話で、生きる指針にしています。生きるとはこういうことなのかなと思います。

――前に、本棚を人に見られるのが恥ずかしいと言ってましたよね。

千早:恥ずかしいですね。なので、今の本棚は二段構造になっていて、手前には人に見られてもよい本を並べ、奥に自分にとって大事な、でも人に見られたくない本を置いてあるんです。手前の村上春樹さんの本を取ると、奥に小川洋子さんの本があるといったように。春樹はみんな持っているだろうから恥ずかしくないんです。

――え、小川さんも恥ずかしくないでしょう??

千早:夫にも基準が分からないと言われます。赤江瀑が手前にあって、その奥に川端康成があるとか...。川端が並んでいるのを見られるのが恥ずかしい...。

――うーむ、基準が分かりません(笑)。本はどういう時に読むのですか。

千早:寝る前に読むことが多いのですが、文芸を読むと興奮して眠れなくなるので、ノンフィクションが多いですね。犯罪ルポとか目黒寄生虫館の図鑑とか調香師の本とか。漫画は本棚の前を通るたびに一冊抜き出してぱらぱらとめくっています。

――執筆の時間は。

千早:日中ですね。夫がいない間に書いています。終わらなければ、夫が寝てから。

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