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谷家 幸子の<<書評>>
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すべての雲は銀の…
すべての雲は銀の…
【講談社】
村山由佳
本体 1,800円
2001/11
ISBN-4062108860
評価:A
村山由佳は、恋愛小説界の人だと思ってた。
そんなわけで、恋愛小説(食わず)嫌いの私としては、11月課題の唯川恵とともにわりと意識的に手に取ってこなかった作家のひとりだ。
いやー、やっぱ読んでみなきゃいかんよね。こういうの、めちゃくちゃ好きです。恋愛小説というより青春小説、さらにいえば北上次郎氏いうところの「普通小説」の傑作。
恋人の裏切りに傷つき、大学生活を捨てて信州にやってきた「僕」。その「壊れた心にやさしく降り積もる物語」(帯の惹句)。正直言って、普段なら手に取ってレジに向かわせるほどの力は、ここにはない。でも確かに、「降り積もる」ようにじわじわと染みてくる手応えを感じる。
「僕」は、別に「一生懸命働いて立ち直らなきゃ!」などと考えているわけではない。自分で自分の傷ついた心ををもてあましつつ、それでも目の前にある仕事は仕事として、淡々とこなしているだけだ。そして、そこで出会う人たちとも、ごく自然にかかわっていく。腹を立てたり、とまどったり、笑ったりしながら。
だけど、そうやって「生活していく」ことこそが、立ち直る道筋になっていることがとてもよくわかる。なにか劇的なことが起こるわけではなく、なにかを少しずつ積み上げることで獲得するもの。そうやって手にしたものは、きっとゆるぎないだろう。
なんだか、自分も一緒に再生された気分になった。

あくじゃれ瓢六
あくじゃれ瓢六
【文藝春秋】
諸田玲子
本体 1,619円
2001/11
ISBN-4163205500
評価:B
こういう「色男」はいいっすね。よく考えると条件揃いすぎという気もしないではないが、とにかく魅力的な主人公の造形が、この小説の最大の勝因。
時代小説は恋愛小説と共に、食指の動かないジャンルだった。それが、宮部みゆきの作品を読んで(それも、他は全部読んでしまったので仕方なく手を出したって感じだった)、かなり見方が変わった。なんだ、別に年寄り向けってわけじゃないじゃん、って感じ。なんかアホみたいですけど。しかし、偏見がレベルダウンしただけで、やっぱり積極的に手に取ろうと思うジャンルにはなっていなかった。
でも、こういうおもしろい時代小説を読むと、またさらにハードルが低くなった気がする。少なくとも、この「瓢六もの」がシリーズ化された暁には、必ず発売と共に買って読むと思う。弥左衛門の恋の行方も気になるし。そう、脇役もいいのだ。また会いたくなる脇役がこんなにいる小説って、いいよね。

クリスマスのぶたぶた
クリスマスのぶたぶた
【徳間書店】
矢崎存美
本体 1,200円
2001/12
ISBN-4198614520
評価:C+
恋愛小説とは別の意味で、自分では絶対手に取らないと思う本だ。
タイトルといい、装丁といい、帯といい、ここまで臆面もなく「かわいい」を発散されるとねえ。いや、「かわいい」ではなく、「かっわゆーい!」か。ぬいぐるみってのも苦手だし。ピンクの服もまず着ないし。
しかしまあ、そういった「むずがゆさ」をとりあえず横においておけば、お話自体はなかなか悪くない。あざといと言えば言えるけど、そのさじ加減はセンスがいいと思う。「桜色のぬいぐるみに会った10人の女の子のお話」(帯の惹句)、なかでも由美子、奈々、貴子のところがよかった。それぞれの女の子が持つ大小さまざまの屈託が微妙にリアルで、ぬいぐるみの「ぶたぶた」の登場がなぜだか違和感がない、よくできたメルヘン。
なんだがしかし。やっぱり自分じゃ買わないよな。贈られても困惑かも。

雪虫
雪虫
【中央公論新社】
堂場瞬一
本体 1,900円
2001/12
ISBN-4120032159

評価:C-
「刑事になったんじゃなく刑事に生まれた男」にしちゃ、この主人公若すぎ。せめて30代後半、出来たら40代にはなっててくれないと。20代では、どうもリアリティに欠けるというか、そんなに何もかも分かったような気になってんじゃねーよ、と言いたくなってくる。まあこれは、私の年齢によるものかもしれないが。
ひとり暮らしの老婆の殺人事件の捜査を軸に、警察署長の父との確執や優秀な刑事だった祖父との交情、目撃者として現れた、中学時代に好きだった女性との恋愛が訥々と語られる。
一見とらえどころのない事件が、少しずつ現れる小さな事実によって、だんだんと形を成していくさまは警察小説としての王道、ではある。地味ともいえる起伏のなさも、奇をてらわないがゆえと言うことはできる。
しかしなあ。その割には、結構都合の良すぎるところが多い。だってさ、結局捜査のポイントとなる事柄って、全て主人公が直接かかわってるし。だからなのか、警察小説といいながら「捜査」って感じが希薄。ラストも、あんなことになるわりにはどうもふに落ちない。刑事として生まれたくせになんでそんなにすぐやめちゃうわけ?とか言いがかりつけたくなる。


危険な道
危険な道
【早川書房】
クリス・ネルスコット
本体 1,200円
2001/9
ISBN-4150017077
評価:A
翻訳物の小説って、私にはどうもとっつきが悪いことが多い。それは主に、文体によるところが大きい気がする。読み進むにつれ、物語に引き込まれてあまり気にならなくなることももちろんあるが、文体に感じる違和感が障害となって物語に入っていけないこともある。あと、独特の比喩や、延々と続くディテールの書き込みなんかにも閉口することが多い。ただ、これは原文そのものの持つものなのか、それとも訳文から来るものなのかがわからないので、いつも判断に悩むところがあったわけだけど。
この小説は、普段感じるそういった逡巡を全く感じさせなかった。非常に読みやすい、流麗で簡潔な文体。比喩も癖がなく、抵抗が少ない。
依頼を受けて調べ始めた依頼人ローラの両親の過去が、主人公の黒人探偵スモーキーの過去と交錯してゆく過程は心地よい緊張感があって読み応えがあるし、実在の人物マーチン・ルーサー・キング博士のエピソードの織り込み方も自然で無理がない。
先月の課題でもあった「ボトムス」が受賞した、アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞の候補作だったとのことだが、私にとってはこっちのほうが断然いい。翻訳もの嫌いの人にも絶対おすすめ。

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