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内山 沙貴の<<書評>>
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動機
動機
【文春文庫】
横山秀夫
定価 500円(税込)
2002/11
ISBN-4167659026
評価:B
 主人公と同じ視線で物語を走らせることによって読者にリアルな疑問、焦り、不安を体感させる。そしてこっち側の読み手とあっち側の語り手の情報量の差を利用して作中の人物にしか導き出せない解をぱっと用意する。少しずるい。でも“おおそうきたか”と感心もする。また、てんでばらばらな内容の短編集ながらどこか一貫したところがあり、一つ一つの作品はそれぞれのカラーでうまく書き分けてあるのに、一冊の本としてまとまっている。惜しむべくはどの作品も最後が尻切れトンボ気味なこと。臨場感を無理やり断ち切られるような気がしてしまう。しかしなんだかんだ云いつつも、ここまでのめり込める本は、そうない。

てのひらの闇
てのひらの闇
【文春文庫】
藤原伊織
定価 620円(税込)
2002/11
ISBN-4167614022
評価:A
 安泰だった職場生活、斜に構えたもう若くはない瞳。少しだけバカな上司がいて、元気でおせっかいな部下がいて、彼はどこにでもいそうなサラリーマンである。だが普通のサラリーマンだったら人をそうは殴らないし、一流企業の社長に問いは発しないし、進んで希望退職にも応じない。手のひらを反せばそこには闇、漆黒の見てはならない壊れた何かが叫び狂うのだろう。変わらない彼の周りで人々は狂う。核心に近づく度に鋭角の痛みが心を走る。だか手のひらに闇を持つ彼でも根はポジティヴなのである。前向きで鈍重な優しさが痛みを麻痺させ忘れさせてくれる。ちょっとしっとり目のハードボイルド。スパイシィで救いのない所にフタをする、心温まる傑作であった。

黄泉がえり
黄泉がえり
【新潮文庫】
梶尾真治
定価 660円(税込)
2002/11
ISBN-410149004X
評価:E
 死んだ人間がふらっと家に帰ってくる。それは幽霊やお化けではなく、血の通い骨のある、よく見知った生前と変わらぬ人間なのである。ここまではなかなか不気味で恐慌を誘うホラーな内容なのだが、その帰ってきた死者たちが残されていた家族を心配して、安心させたり立ち直らせたりと、なんと、生前よりも優しくて思いやりのある人間性豊富な死者なのである。そんなに人間を美化してしまっては犯罪者だって赦せてしまう。大体人間性豊かなホラーとは矛盾ではないか。この本はホラーではなかった。そしてこの本からホラーの要素を抜けば何が残るのか。心情や内容が上手く描かれている分、非人間性が目に付く本であった。

コールドスリープ
コールドスリープ
【角川ホラー文庫】
飯田譲治・梓河人
定価 630円(税込)
2002/11
ISBN-404349307X
評価:B
 さあて、こちらは紛れもないホラー。滔々と進む文章と意味深で意味不明なシチュエーション。笑える小道具にバカバカしい展開。“誰も思いつかない”をモットーに物語は著者に無謀なきりきり舞をさせられる。ホラーもSFもファンタジーもそれほど厳密に区分する私ではないが、背中をぞっとさせる目的へと一心に向かうのがホラーなのではないかと思う。この短編集はどこかのんびりしたホラーで、急性な展開や突然の転回で奇をてらった脅かしはしないのだが、なんとなく目の離せないシチュエーションで最後まで読ませてしまう。相変わらず変なモノを見つけてきて、平行世界とか超常現象だとか…人に笑われそうだが、小学生の頃の好奇心がまたムクムクと膨らみだす、楽しい小説であった。

青い虚空
青い虚空
【文春文庫】
ジェフリー・ディーヴァー
定価 870円(税込)
2002/11
ISBN-4167661101
評価:A
 虚空に投じた一石が、ゆるい波紋を広げていく。水たまりに落ちた一粒のしずくのように。ハリウッドの(弱点はあるが)無敵のヒーロー並みのタフな登場人物(お約束通り、誰かは倒れる運命にある)や、適度にインテリな(自分の頭が良くなったかのように錯覚させてくれる)テンポの良い会話、伝説を語るような壮大さ(但し登場人物の行動範囲からは出ない世界での壮大さ)などなど、あぁカッコいいと叫んでしまう。だが一番はめちゃめちゃに拡散した物語のキレイな収束であろう。描かれた既知と未知の事実を繋ぎ合わせると完璧な波紋の形の予定調和が浮かび上がってくる。投じられた石の入射角さえも定められた軌道に乗っている。とりあえずハリウッドのアクション映画好きが大喜びそうな小説だった、と云っておこう。(そして私も喜んだひとりである、と。)

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