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延命 ゆり子の<<書評>>
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さみしさの周波数
さみしさの周波数
【角川スニーカー文庫】
乙一
定価 480円(税込)
2003/1
ISBN-404425303X
評価:A
 様々なジャンルの短篇が四つ。秀逸なのは『未来予報』だと思う。「イイ話」ではあるのだが、根底に漂うのは、虚無感、である。小学校のときにある女の子と結婚する未来を予報されるフリーターの「僕」は、その女の子を意識しながらも何も行動を起こせない。何もできない自分がみじめで、将来が不安で、自分がこれから今以上豊かになることも無いことを多分知っている。しかし、彼女との短い交流の思い出をこれからの糧に生きていくことを決意する二十歳の男。深いあきらめの境地。その中でなんとか希望の光を見つけようともがくいじらしさ。なんだか若者の溌剌さが全く感じられず、それが今の時代を表している気がして、まさにさみしさを感じた短篇でした。

恋

【新潮文庫】
小池真理子
定価 740円(税込)
2003/1
ISBN-4101440166
評価:A
 奔放に何人とも関係を持ち、セックスを見られることによって昂揚感を味わい(上品に)、酒、麻薬、同性愛、何でもやり放題な年上の夫婦。それはフランスの高級サロンの様相も呈していて、70年代の普通の女の子である主人公は、倒錯したその世界に溺れていく。モラルから逸脱した世界に身を投じるのであればいくばくかの覚悟があって然るべきだが、主人公はほわほわとその雰囲気を楽しむだけだ。私がこの主人公に共感できない理由は自分の寂しさから逃避していることにある。あこがれるだけじゃなくてもっと悩めよ!と言いたくなる。だからこそ、その世界を崩壊に導く青年の、「セックスすればするほど寂しさや虚しさが増殖されていく」というあまりに常識的な一言に打ちのめされてしまうのだ。結局、最後に愛は勝つ(KAN)ということなのかしら。官能的な世界をあれだけ魅力的に描いといて、そりゃないよう。しかしなんだかんだ言いつつぐいぐいと読まされてこの世界に入り込んでしまった私でした。

お父さんたちの好色広告
お父さんたちの好色広告
【ちくま文庫】
唐沢俊一
定価 735円(税込)
2002/12
ISBN-4480037799
評価:B
 男の人って良いなあと思う。自分の性欲を笑いに変えることができるもの。女だとなかなかそうはいかないですよね。誰も気にとめていなかった『エロ広告』というジャンルを切り開いたのが、面白い。私が気になるエロジャンルは、お父さんの夕刊紙に掲載されている風俗店体験ルポの文体である。「チン」と「マン」を、これでもかとちりばめることによって醸し出すあのお下劣感。どうしたってアハハと笑わされてしまう。性(セックス)とは素晴らしいものだけど、同時に可笑しみや哀しみをも内包している。なにやら人生のそのものようです(キレイにまとまりました)。

オールド・ルーキー
オールド・ルーキー
【文春文庫】
ジム・モリス
ジョエル・エンゲル
定価 620円(税込)
2002/12
ISBN-4167651270
評価:C
 この本は映画化されるそうだが、多分映画のほうが感動するような気がする(身も蓋もないですが)。ジム・モリスという人がやってのけたことというのは確かにすばらしいことで誰にでもできることじゃない。夢を追い続ける男。35歳。3人の子持ち。大リーグに挑戦。影で支える妻。自分の可能性を信じなきゃダメ!ビバ!夢と希望!てな感想を期待されているのであろう。しかし、これがまた、全然伝わってこないんです。むしろ話が自慢げで、言い訳が多く、結構色んな人の悪口をさりげなく書いている。はっきり言って私はこのジムが嫌いだ。そもそも前半部分のジムの青年期の話が長すぎるのだ。この話は子供たちとのふれ合いが一番のポイントであろうはずなのにそこはサラリと流しているのが勿体無いと思う。しかし、この本を一冊読むよりもジム・モリスの実際のプレイを見たほうがよっぽど心をうたれるのかも知れぬ。事実を言葉にすることの難しさを感じた本でした。

鉄の枷
鉄の枷
【創元推理文庫】
ミネット・ウォルターズ
定価 1,155円(税込)
2002/12
ISBN-448818703X
評価:A
 死んだ老婦人の存在が非常に魅力的。意地が悪く残酷で辛辣で、誇りは高く、人を寄せ付けないが、ユーモアのセンスに溢れている。ある人には嫌われ、一部の人からは熱狂的に好かれ、実は愛情深い。そんな人に私はなりたい・・・。犯人探しや謎解きも勿論面白いが、私が感じたのはそこはかとない女という性への作者の恨みの感情だ。老婦人とその娘と孫娘の関係性を軸にして話が進んでいくのだが、それは抑圧の歴史でもある。男からは性を抑圧され(強姦&近親相姦&虐待)、社会的には女性性を強要されて、自由に生きられない。母は娘に嫉妬し、自分より幸せにさせまいとする。彼女たちは愛情がどういうものかもわからず、自分を貶めていく。筋とは関係ないところでも考えさせるところ大。

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