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池田 智恵の<<書評>>



オーデュボンの祈り
オーデュボンの祈り
【新潮文庫 】
伊坂幸太郎
定価 660円(税込)
2003/12
ISBN-4101250219
評価:AA
 「小説、まだまだイケルじゃん」と言った「重力ピエロ」の編集者の言葉は正しいようだ。何が新しいってわけじゃないが、伊坂幸太郎は違う。何といえばいいのか、一度小説に飽きた人が書いているような感じなのだ。思い返せば数ヶ月前、私の新刊採点第1回時の印象は、「うわ、小説ダサイじゃん」だった。(私は普段は小説を読まない)新刊採点用に選別された何点かだけで判断するのは早計とはいえ、なんだか時代と併走していない感じがしたのである。だから、西尾維新や舞城王太郎の挑戦的な作品を読んだときに、「そうか、時代と戦っている人もいるんだな」と思った。対する伊坂幸太郎の作品は、一見スタンダードだ。だけど、やっぱり何かに挑戦している人のような気がする。それは、「カカシがしゃべる」等の設定上のことではなく、志の点での、新しさであると思う。好きです。ロマンチックだし。

ロマンス小説の7日間
ロマンス小説の7日間
【角川文庫 】
三浦しをん
定価 620円(税込)
2003/11
ISBN-4043736010
評価:B+
 「健康である」というのは、おそらく男性が思う以上に女性にとって大切なことだ。そして、常に肉体的にも精神的にも健康でいるのは、そう簡単なことではない。三浦しをんの書くものが心地よいのだとしたら、それは、必ずしも健康ではいられない日常の中で、当然の権利のように健康であろうと努める健全さゆえなのだと思う。本書の主人公は、20代後半の翻訳家だ。いきなり会社を辞めてしまった彼氏に怒った彼女は、ついつい翻訳中のロマンス小説を我流に改造してしまう……。という物語そのものは別にそんなに面白くないのだけれど、全体を通した後に、気の合う友人と天気のよい日にじっくり話し合ったような気分になるのはそのためなのだろう。とりあえず、女性にとっては爽快な作品だと思う。男性にとってどうかはわからないが……。

白い部屋で月の歌を
白い部屋で月の歌を
【角川ホラー文庫】
朱川湊人
定価 580円(税込)
2003/11
ISBN-4043735014
評価:A
 きれいなイメージを心の中に持っている人だな、と少々少女趣味的なことを思う。表題からしてコレですもの。しかし、ロマンチックな表題作より、もう一編の「鉄柱」のほうが私は好きだ。鉄柱はクロガネノミハシラと読む。とある小さな田舎町にある、公認の首吊り自殺用の柱のことである。こういうことを言うのは軽率だけれど、「公認の自殺場所がある」という設定は、他の人でも思いつくことが出来そうな気がする。だけれど、そういう物の存在が周囲にどう作用するかを、時に社会学的視点から、時に個人の感情から、丁寧に検証して、物語に仕上げるのはものすごく力量のいることだと思う。私は意外にも、ホラー小説でちょっと泣いてしまった。背表紙に書かれた新感覚というのはあながち嘘ではないと思う。

風転
風転(上・中・下)
【集英社文庫】
花村萬月
(上)定価 720円(税込), 2003/09, ISBN-4087476146
(中)定価 760円(税込), 2003/10, ISBN-4087476251
(下)定価 700円(税込), 2003/11, ISBN-4087476375
評価:C
 小説家の息子である主人公の少年は、ある日不幸な誤解の積み重ねで父を殺してしまう。そこで、偶然知り合った逃亡中の元ヤクザとツーリングの旅に出かける。ヤクザとの様々な経験を通して、頭でっかちだった少年は次第に成長してゆくが……。花村萬月って単純だなー、とつくづく思った。本当にこういう風に人間という生き物を見ているのか、小説の名を借りた中年のお説教だから単純な人間が出現するのかは謎だが、純文学のヒトとは思えない。「親殺すより、体動かした方がイイよ」と、いうのは正しい。けれど、それでは解放できない感情を書くのが純文のヒトの仕事だと思っていた私は、この単純さにびっくりした。それとも、純文の人だから、その一般的な正しさを珍しがるのだろうか?でも、この人の甘ったるい女性の書き方と併せてみると納得できないこともない。マッチョなんだよなあ、つまりは。

ソクラテスの口説き方
ソクラテスの口説き方
【文春文庫 】
土屋賢二
定価 490円(税込)
2003/12

ISBN-4167588072
評価:C
 週刊文春での連載中は、時々目を通して、時々笑っていた。なのに、今回まとめて読んでイヤになってしまった。彼は哲学の方法論を使って身の回りのことをいじくりまわして、笑わせようとする人である。その方法を気が利いていると感じるか、屁理屈と思うかは人それぞれだ。ただ、それまでその方法にこれまで好意的だった私がうんざりしてしまったのは、これらが、日常のことを書いているはずなのに、実はそうではなくなってしまっているからである。というのも、まとめて読むと、彼の描く世界が、哲学的解釈というレンズを通した世界であり、さらに言うと作り物になってしまっているのが際立ってしまっているからだと思う。日常の些事が繰り返される虚構。飽きるよなあ。でもまあ、好きな人は好きかも。