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川合 泉の<<書評>>

お縫い子テルミー
お縫い子テルミー
【集英社】
栗田有起
定価 1,470円(税込)
2004/2
ISBN-4087746887
評価:B+
 照美の、流しの仕立て屋としての淡い恋と宿命を描いた「お縫い子テルミー」と、同級生の友人に劣等感を抱く小学生の、ひと夏の経験を描く「ABARE・DAICO」。
「お縫い子テルミー」は、作品内の時間の流れがゆったりとしており、照美の性格が上手く醸し出されている。叶わぬ恋とわかっていても、ホステス(!)として働く彼のために、心を込めてドレスを縫い上げるテルミーは、15歳とは思えないほど大人だ。「ABARE・DAICO」は、主人公の男の子がとても純粋で、思わず嬉しくなってしまう。誰でも一度は抱いたことのある友人に対する劣等感。それを自分なりに消化し、次の行動をとることで、人というのは成長していくのだと感じた。
芥川賞候補作だった「お縫い子テルミー」に劣らず、「ABARE・DAICO」も良い!自分らしく生きていくことの大切さを教えてくれる一冊。

残虐記
残虐記
【新潮社】
桐野夏生
定価 1,470円(税込)
2004/2
ISBN-4104667013
評価:B+
 失踪した作家の残した原稿。そこには、作家自身が被害者であった25年前の少女監禁事件の「真実」が赤裸々に描かれていた。
一年を同じ屋根の下で暮らした若い男と少女の異様な関係、解放後の被害者の内面がノンフィクションばりのリアルさで迫ってくる。この小説のすごさは、監禁時の描写以上に、救出された後の少女の精神面に、より重点を置いていることだ。周りの人間の好奇の視線、想像を膨らませることで精神状態を保つ少女の内面を、真正面から抉り出している。ただ、これだけ重いテーマの割にはページ数が少なく、やや唐突に終ったという印象を受けた。精神的残虐さがあまりにリアル故、吐き気すら感じた一品。どうぞ、桐野ワールドの深みにはまってみて下さい。

家守綺譚
家守綺譚
【新潮社】
梨木香歩
定価 1,470円(税込)
2004/1
ISBN-4104299030
評価:B
 征四郎は、学生時代亡くなった親友・高堂の実家の守をしている。その家の周りでは亡友を筆頭に、河童や小鬼など、異界のものが入れ代わり立ち代わり現れている。冷静沈着な高堂と少し抜けている征四郎のキャラをはじめ、夢枕獏氏の「陰明師」の世界観を彷彿とさせる。しかし、この小説で怪異として描かれるもののほとんどは、サルスベリの木や白木蓮などの自然のものである。まさに、生きとし生けるもの全てに魂は宿るのだ。さらに異界と読者との橋渡し役として、隣のおかみさんや犬のゴロー等、現実の世界で生きるも
の達が一役買っている。
一つの単元が、5ページ程度とサクサク切れているので、通勤電車の中や休憩時間などの短い時間にちょこちょこ読んでいくのもアリな一冊。

やんぐとれいん
トリップ
【光文社】
角田光代
定価 1,680円(税込)
2004/2
ISBN-4334924255
評価:B
 ある町に住む人々がお互いに微妙に交差しながら、各々の悩みに揺れつつ生きる10の物語。
どちらかといえば不幸せの方に人生のベクトルがふれているそれぞれの主人公。どの短編も、唐突に思える出だしの一文が、グッと読み手を引き寄せる。この短編集のすごさは、女子高生、プータローの青年、主婦等々、年齢も性別も様々な人達を主人公に据えていることだ。多くの作家さんは、自分の書きやすい年齢層や性別の主人公にどちらかというと偏りがちだが、この作品はどのタイプの主人公に対してもそのキャラにあった文章が繰り広げられ、違和感を全く感じなかった。
この物語のような日常は、私達の周りでも普通に起こっているかもしれません。思い浮かべて下さい。今日家の前ですれ違ったあの人、いつものスーパーで出会うあの人。もしかすると彼らは、小説のような、いやそれ以上の波乱や悩みを胸の内に抱えているのかもしれません。

食べる女
食べる女
【アクセスパブリッシング】
筒井ともみ
定価 1,470円(税込)
2004/3
ISBN-4901976087
評価:B
 18篇全てのキーワードはもちろん「料理」だが、フォアグラやキャビアが出てくる訳ではない。しかし、素朴だけれど高級料理よりずっとおいしそうな料理がわんさか出てくる。まさしく、今見直されているスローフードに光を当てている。食べ物が、優しく丁寧に描写されており、本当に食べたくなってくる。読んでいて気付くのは、男性が女性に料理を作るというパターンが圧倒的に多いことだ。男性が主人公の「食べる男」に収められている三篇も、料理を作っているのは男性。男が女に作る料理というのは、女が男に作る料理よりはるかに美味で、はるかにエロティックなのかもしれない。
一人暮らしの働く女性に特にお薦め。ほかほかのご飯と、湯気の立ったおみそ汁が恋しくなること間違いなしの一冊。

トゥルー・ストーリーズ
トゥルー・ストーリーズ
【新潮社】
ポール・オースター
定価 2,100円(税込)
2004/2
ISBN-4105217089
評価:B
 まさしくトゥルーストーリー。ポール・オースターの周りでは、有り得ないような偶然の連鎖が重なり、やがて必然となっていくのです。ポール・オースターがこのエッセイを書いた理由も、きっと「偶然というものは常に起こりえること」だということを伝えるためだと感じました。そして、このエッセイのもう一つの見所は、オースターがいかにカツカツの状態で生きてきたかという話。誇張ではなく、本気で明日の食べ物にも困るような毎日が赤裸々に綴られています。ただ、このエッセイ、作者のどん底人生についてはこれでもかというぐらい書かれているのですが、成功体験はほとんど書かれていません。もちろん、有名になっていった過程は多くの人々の知るところかもしれません。しかし、その時のオースターの気持ちは一体どのようなものだったのか、このエッセイを読むとそこのところが気になります。
個人的に気になったのは、オースターが発明した野球カードゲーム。遊び方まで細かく解説されており、これは是非、実際に作って欲しいほしいです。