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古処誠二 (著)
【新潮文庫】
税込380円
2006年8月
ISBN-4101182329

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  久々湊 恵美
 
評価:★★★★☆
とても淡々と進行していくような雰囲気だったのですが、読み手を突き放したような視点で描かれたものではなく、むしろ戦争をテーマにした事で静かに迫り来ます。
緊張感やどうしようもないジレンマと思いが満ちていました。
日本兵、米スパイ、沖縄の住民達が抱えるそれぞれの個人的な葛藤や国家や村などの集団になったときの葛藤が、リアルに表現されていて、この作品を単なるミステリではなく、もっと複雑なものをもったものにしています。
個人的に残念だったのは、少年の繊細で純粋な心ににスポットが当たっている分、その他の人物の心描写がやや少なく思えるため、どうしてそのような行動をとってしまったのか等想像や考えだけでは少しだけ納得に至りませんでした。
それはミステリということに主眼を置いているからなのかもしれません。
それでもなお、これだけ心に残っているのは。この作品の持つ力のような気がします。

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  松井 ゆかり
 
評価:★★★★☆
 戦争を書けば戦争小説になるわけではなく、謎を書けばミステリーになるわけではない。下手をすればどちらについても中途半端になりかねなかった難しい題材だと思うが、古処誠二という作家は自ら書きたいと思うものを書ききったのだろう。
 古処作品では現代の高校生たちを主人公にした「フラグメント」(「少年たちの密室」改題)しか読んでいなかったので、(おそらく一般的には古処さんの本領であるとされている)戦争ものであるこの作品にとても興味があった。一読して受けた印象は、思った以上にミステリー色が強く、また登場人物の心情が丁寧に描かれているというものだった。もっと戦争そのものを描き込むために、心理描写などは二の次になっているのではないだろうかと想像していた。
 確かに、誰だったか某文学賞選考委員が「ほんとうの戦争を描けていない」と評したのもしかたのないことかもしれない。でもそんなのは当たり前の話だ、実際に体験していないのだから。この時代に戦争を描こうとする著者の強い意欲それ自体が、意味を持つものだと私は思う。

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  西谷 昌子
 
評価:★★★★☆
 今までにない感覚を味わった。太平洋戦争中の沖縄で生きている少年と、彼をとりまく大人たちの様子が描かれる。あくまで静かな文章なのに、読んでいると胸のどこかが焼けつくような気持ちになった。
少し突き放して登場人物たちの心理が描かれているせいか、感情移入すればするほど、自分の心の一部が麻痺しているような気持ちになる。それは死体を踏みつけながら走る主人公や、麻酔なしで手術を受ける軍人の気持ちと近いのかもしれない。だが、どこかが麻痺するぶん、普段では味わわない激しい感情が湧き上がっていることに最後のシーンで気付かされる。短いが濃厚な一冊。教訓もお涙ちょうだいもない戦場のワンシーンを鮮やかに切り取ってくれた。

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  島村 真理
 
評価:★★★☆☆
 六十一年前の戦火のなかでどんな生活があって、どんな思いがあったかということを驚くほど知らない。特に沖縄でのこと。アメリカ軍に攻められ、目の前で人が散り散りに砕けたことなど。実は同じ日本人同士でも、地元と本土の人間とには確執があったなどと。
 しかし、明日も見えなくて、大人たちが次第に迷走していく中、まっすぐで純粋な安次嶺弥一はきりりと立っている。スパイとして潜入している日系アメリカ人たちとの出会い、日本軍の軍人との交流、壕で暮らす大人たちとの距離。信じて慕っていた人たちの変身にもめげず、まだ信じぬく姿は美しいけれど身を切り裂く刃のようだ。妥協をゆるさない一途さは狂気を感じた。戦中を題材にしているけれど、約束や信念がある日突然崩壊するときの普遍的な残酷さを感じる。

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  浅谷 佳秀
 
評価:★★★★★
 70年生まれの作者は、極限状態にある人間の心理や行動を描くことにこだわり、「ルール」「分岐点」に続いて本作と、次々に臨場感溢れる戦争小説を著している。  本作の舞台は連合国軍の総攻撃も間近な、戦火の下の沖縄。本土からやってきた皇軍は住民に協力を求め、過酷な使役を強いる。軍国少年の安次嶺弥一は、国を守る兵隊さんに進んで協力するのが自分の務めだと信じる純粋な十一歳。だが日々戦況が悪化していくなか、住民の中にスパイがいる、日系2世のスパイが軍の中にいるといった疑念が住民と兵隊の、更には部隊を異にする兵隊同士の間に不穏な空気を醸し始める。そんなある日、弥一少年は、何者かと争って負傷した中尉と、その部下である上等兵と出会う。2人の兵隊は少年にとって信頼するに足る「兵隊さんらしい」兵隊さんだった――。  誰もが疑心暗鬼に陥いるような状況下で、それでも他者を信頼するということにどういう意味があったのか。そして、そういう状況を生み出した沖縄戦とは、どんな戦いだったのか。ラストでの弥一少年の行動は衝撃的だ。

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  荒木 一人
 
評価:★★★★☆
 戦争小説だが、読みやすい。それなのに、どっしりとした読み応えがある。人の生き方を考えるきっかけになる。読後感は、ひとり閑かに、深刻では無く、深慮してみたいと思う。
 昭和二十年四月、サイパン島玉砕後の沖縄攻防戦。主人公は、国民学校の生徒で、若干十一歳の安次嶺弥一。徴用として、兵隊のところへ足を運ぶ毎日に胸を張り、日本の勝利を信じて疑わない少年。本土の兵隊に嫌悪感を持つ大人達。弥一は、武器搬送の使役の帰り、日本兵同士の諍いに遭遇し、巻き込まれていく。
 誰が悪い訳でも無いのに、皆が苦しみ傷ついてしまう。そう、悪いのは戦争。分かっているのに、止められない。軍人に対する憤り、信頼していた者に対する絶望、複雑な感情を持つ大人達。あくまでも、まっすぐな少年の感情。どちらが正しいのか、それともどちらも間違っているのか、答えは出ない。出ない答えを考える事に意義があるのであろう。
 改めて、沖縄について戦争について、考えさせられる作品である。

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  水野 裕明
 
評価:★★★★☆
 枚数は少ないのに重い、読むのが鬱陶しく気が重くなる作品であった。その分内容は深く、いろいろ考えさせられるのではあるが……。ちょうど8/15頃にこの作品を読んだので、テレビでは終戦記念の特集をしたり、新聞で戦争責任の追及などが行われていて、なおさらページを繰るたびに暗い気持ちにさせられた。
 物語としては、アメリカ軍の日系スパイが日本の軍人になりすまし潜入し、撹乱・情報支援を行っている沖縄戦を舞台に、11歳の少年と規律正しい軍人の交流や悲惨な戦争の姿がリアルに描かれ、誰がスパイなのかを疑うミステリとしての興味もある佳作になっているが、何にもまして軍人のうさんくささや、いかに人間が卑劣な存在になれるか、戦争における弱者への残酷さなどが強く描かれた良作と感じた。
 著者プロフィールに1970年生まれとあるので、完全な戦後派であり戦争などまったく体験していないにもかかわらずこれだけの短い枚数の中でここまで戦争を描ききるその筆力にはちょっと脱帽である。が、読んだ時期が悪かったのか……。どうにもやり切れない気持ちが残った1冊であった。

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