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松井 ゆかり

松井 ゆかりの<<書評>>

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接近 黎明に叛くもの FINE DAYS 超・ハーモニー 二島縁起 ロミオとロミオは永遠に (上・下) 人生激場 神の足跡 (上・下) 暁への疾走 グリフターズ

接近
接近
古処誠二 (著)
【新潮文庫】
税込380円
2006年8月
ISBN-4101182329

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評価:★★★★☆
 戦争を書けば戦争小説になるわけではなく、謎を書けばミステリーになるわけではない。下手をすればどちらについても中途半端になりかねなかった難しい題材だと思うが、古処誠二という作家は自ら書きたいと思うものを書ききったのだろう。
 古処作品では現代の高校生たちを主人公にした「フラグメント」(「少年たちの密室」改題)しか読んでいなかったので、(おそらく一般的には古処さんの本領であるとされている)戦争ものであるこの作品にとても興味があった。一読して受けた印象は、思った以上にミステリー色が強く、また登場人物の心情が丁寧に描かれているというものだった。もっと戦争そのものを描き込むために、心理描写などは二の次になっているのではないだろうかと想像していた。
 確かに、誰だったか某文学賞選考委員が「ほんとうの戦争を描けていない」と評したのもしかたのないことかもしれない。でもそんなのは当たり前の話だ、実際に体験していないのだから。この時代に戦争を描こうとする著者の強い意欲それ自体が、意味を持つものだと私は思う。

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黎明に叛くもの
黎明に叛くもの
宇月原清明 (著)
【中公文庫】
税込1000円
2006年7月
ISBN-4122047072
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評価:★★★☆☆
 新刊採点の仕事をさせていただくようになって(特に文庫本班)、このところ時折耳にする「いま歴史小説が熱い」という噂はほんとなのだなと実感した。しかも、作者が史実を自分なりの解釈でダイナミックに描き出した作品がどんどん出てきているように思われる。というか、史実がそのまま書かれたような歴史小説に、もう存在意義はないのかもしれない。
 この「黎明に叛くもの」もそんな作品のひとつだ。もしかしたら歴史小説あるいは伝奇小説に慣れていない方にはやや読み進みづらいかもしれない。しかし、登場人物たちがいかに時代の空気あるいは周囲の思惑(あるいは謎の伝法)に翻弄されていったかが丹念に描かれ、心理小説としても読める。特に明智光秀が追いつめられていく終盤は圧巻。本能寺の変で光秀がどのような行動に出るかはもうわかっているのに、手に汗を握らされた。

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FINE DAYS
FINE DAYS
本多孝好 (著)
【祥伝社文庫】
税込630円
2006年7月
ISBN-4396332971

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評価:★★★★☆
 お見それしました。本多孝好という作家がこれほど多彩な作品を書かれるとは存じませんでした。
 これまでに読んだことがあった本多作品は「真夜中の五分前 side-A/B」だけで、正直あまりピンとこなかったもので、「FINE DAYS」にもそれほど期待していなかった。
 でも読んでみたら!4つの短編すべて雰囲気の違う作品で、ミステリー風味あり、SF風味あり、ホラー風味もあり、最後の作品などO・ヘンリテイストではないか。…とここまで書いてふと気づいたが、すべての短編に共通しているのは“恋愛”であった。いや、帯にも裏表紙にも書いてあるって。というか、もともとのイメージが「本多孝好=恋愛小説家」というものだったのだが、もっとこう、ベタベタのラブストーリーを書くものと思い込んでいたのだ。いいじゃないですか、どの作品も!この中からどれか1作選ぶとしたら、迷うけど「シェード」かな。

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超・ハーモニー
超・ハーモニー
魚住直子 (著)
【講談社文庫】
税込440円
2006年7月
ISBN-4062754444
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評価:★★★★★
 同じ著者の作品で、6月の課題図書にもなった「非・バランス」もよかったが、この「超・ハーモニー」はさらに気に入った。主人公の兄である将樹の造形がいい。
「家出していた兄ちゃんが『女』になって帰ってきた!」と、帯にある。しかしすでに3人の息子の母親となった私にとってありうべき現実は、“息子が女性になって帰ってくる”というものだろう。あるいは、主人公響が陥ったように“息子が無気力になり自分の殻に閉じこもろうとしている”もありうる。
 息子の心は女性であることをどうしても受け入れられない父親、理解を示すふりをしながら考えることさえ拒絶する母親。自分だってそうなるかもしれない、響と将樹の両親を責められない。でも、たとえ家族が自分の期待とは違う道を選んだとしても、この家族のように少しずつでもわかり合おうとできたらいいなと思う。歩み寄ることすらできないのだったら、せっかく家族になった意味がないもの。

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二島縁起
二島縁起
多島斗志之 (著)
【創元推理文庫】
税込700円
2006年7月
ISBN-448846002X

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評価:★★★★☆
 そう、そうなんだよ!最近の小説には"今まで会ったことかないほどの美貌"だの"思わず息をのむほど端正な顔立ち"だのと形容される美形がぞろぞろ出てくるけれど、実生活でそんなにしょっちゅうハンサムや別嬪さんに会ったことないよ!この小説の主人公はさえない中年男。妻子と別れ、海上タクシー業を営んでいる。浮いた話もないし、電話で話してる間に作りかけていたラーメンが伸びきってしまう描写に代表されるように、生活全般に彩りがない感じ。実際の日常なんてこんなものでしょう!助手の若い娘ではなく、夫を亡くし女手ひとつで小学生の息子を育てている同業者(あ、この人はけっこう美人らしいが)の方にやや気を引かれる風情なのもリアルだ。
 その彼が、瀬戸内海の2つの島をめぐる謎を解決するにあたっては、一転鋭い推理の冴えをみせる。「それがいちばんリアリティないだろ」と言われればそれまでなんですが。

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ロミオとロミオは永遠に
ロミオとロミオは永遠に (上・下)
恩田陸 (著)
【ハヤカワ文庫】
税込672円
2006年7月
ISBN-4150308551
ISBN-415030856X
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評価:★★★★☆
 戦前もしくは戦中派の人々に戦争体験があるように、団塊の世代に学園闘争があるように、我々にはサブカルチャーがあったということか(切実さがずいぶん異なる気はするが)。昭和は遠くなりにけり。
 日本人だけが地球に残ったという未来(「日本沈没」の逆バージョンみたいですね)。果たしてこれほどまでに80年代文化が珍重されるだろうかという疑問はやや残るが、各章に付けられた往年の名画の題名や巻末の「20世紀サブカルチャー用語大辞典」はおもしろい。
 それに加えて、なんといっても「大脱走」へのオマージュのような作品なんだもの!私も大好きなのだ、あの映画が。恩田さんの小説ではどちらかというと「ネバーランド」や「ユージニア」のような静かな作品が好みなのだが、こういう動きのある作品もいい。不信や裏切りもある。無情も死もある。しかし自分のすべてを賭けることのできる友情や信頼もまたそこに存在するのだ。

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人生激場
人生激場
三浦しをん (著)
【新潮文庫】
税込500円
2006年8月
ISBN-4101167532
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評価:★★★★★
 祝・直木賞受賞!最近のご活躍に、デビュー当時からのファンである自分も目頭を押さえる日々だ。
 さて、エッセイのおもしろさには定評のある三浦さんだが、この本は比較的どなたにでも自信をもっておすすめできる作品だ。なんといっても初出誌が「週刊新潮」ですから。ほら、媒体によってはオタク度が高過ぎたりボーイズラブ魂全開だったりというエッセイもあるんで(そうは言っても、胸毛の話とか祖母に聞く“昔の避妊具事情”とか、やっぱ特殊か。それに全開ではないにしても、やっぱりオタク話やBL関係の話題もちょっとあったな…。でも三浦エッセイを読み慣れた今となってはおとなしい内容に思われる)。あ、それに前回のワールドカップの話題なんかが載っててタイムリーといえばタイムリーだ(4年ずれてるが…)。
 えーと、先ほどの自信もやや揺らいできたが、おもしろいことには変わりなし!

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神の足跡
神の足跡 (上・下)
グレッグ・アイルズ (著)
【講談社文庫】
税込940円
2006年7月
ISBN-406275441X
ISBN-4062754673
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評価:★★★★☆
 これきっと映画化しようとしてる関係者いるな。スリル、サスペンス、そしてロマンスとハリウッド映画に必要な要素がすべて揃ってるもん。緻密なようでいて適度に大ざっぱなストーリーもぴったり。
 スタンリー・キューブリック監督の不朽の名作(眠くなるが)「2001年宇宙の旅」を思わせる、人類vs人工知能の争いを描いた話だ。コンピューターの中で永遠に存在し続けたり、全世界のコンピューターネットワークを自らの手中に収めたりするのがそれほど魅力的なこととも思えないのだが、いざ死を前にしたり絶大な権力を手にしたりしたら気持ちも変わるのかもしれない。
 それでも、引っぱりに引っぱっての結末がこれ、というところに筆者アイルズの人のよさを感じた。もとが人間の意識であるトリニティと完全なる人工知能ハルとの違いなのだろうか。

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暁への疾走
暁への疾走
ロブ・ライアン (著)
【文春文庫】
税込810円
2006年7月
ISBN-4167705281

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評価:★★★☆☆
 物語の前半はあまりの逆玉の輿&シンデレラボーイぶりに「ドリーム入りすぎだろ!」と思わず突っこんでしまったが、実話が基になってるんですね、この話。花形レーサーだった主人公とその好敵手がレジスタンスに身を投じていく心情がいまひとつつかめなかったが、スパイものの王道的作品で楽しめる話運びになっている。
 そうは言っても戦時中のヨーロッパが舞台となっている以上、気楽なばかりの内容というのはあり得ない。前半の華々しいカーレース風景(車好きの方にはたまらないのではないだろうか。名車もたくさん出てくるようである。40代を目前にしてようやく、あのエンブレムのおかげでベンツだけは見分けられるようになった人間には、到底ありがたみはわからないが)から徐々に暗雲立ちこめる戦争の直中に身を投じていく主人公たち。せめて、車を駆っているときにはこの世の憂さをすべて忘れられる瞬間があったのならいいのだが。

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グリフターズ
グリフターズ
ジム・トンプスン (著)
【扶桑社ミステリー】
税込700円
2006年7月
ISBN-4594051960


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評価:★★★★☆
 ずいぶん前のことになるが、映画化されたこの作品を観たことがある。当時かなり話題になったし、評価も高かったのだが、個人的にはあまりピンとこなかった。今回本書を読んでみて、まず配役がイメージと違う(ロイ役が善人っぽ過ぎ、リリイ役がロイと14歳しか離れていないようには見えない)という問題がかなり大きかったのだなと感じた。
 登場人物たちは、はっきり言ってろくでもない連中ばかりである。真面目に働けばいいのに…という偽善者(私も含めて)たちをあざ笑うかのように、物語は皮肉な結末を迎える。うーん、後味は悪い。しかし、これを痛快ととる人もいるだろう。物語の中でだけなら、ワルの心情になりきるのも乙かもしれない。ジム・トンプソン人気むべなるかな?

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