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水野 裕明

水野 裕明の<<書評>>

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接近 黎明に叛くもの FINE DAYS 超・ハーモニー 二島縁起 ロミオとロミオは永遠に (上・下) 人生激場 神の足跡 (上・下) 暁への疾走 グリフターズ

接近
接近
古処誠二 (著)
【新潮文庫】
税込380円
2006年8月
ISBN-4101182329

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評価:★★★★☆
 枚数は少ないのに重い、読むのが鬱陶しく気が重くなる作品であった。その分内容は深く、いろいろ考えさせられるのではあるが……。ちょうど8/15頃にこの作品を読んだので、テレビでは終戦記念の特集をしたり、新聞で戦争責任の追及などが行われていて、なおさらページを繰るたびに暗い気持ちにさせられた。
 物語としては、アメリカ軍の日系スパイが日本の軍人になりすまし潜入し、撹乱・情報支援を行っている沖縄戦を舞台に、11歳の少年と規律正しい軍人の交流や悲惨な戦争の姿がリアルに描かれ、誰がスパイなのかを疑うミステリとしての興味もある佳作になっているが、何にもまして軍人のうさんくささや、いかに人間が卑劣な存在になれるか、戦争における弱者への残酷さなどが強く描かれた良作と感じた。
 著者プロフィールに1970年生まれとあるので、完全な戦後派であり戦争などまったく体験していないにもかかわらずこれだけの短い枚数の中でここまで戦争を描ききるその筆力にはちょっと脱帽である。が、読んだ時期が悪かったのか……。どうにもやり切れない気持ちが残った1冊であった。

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黎明に叛くもの
黎明に叛くもの
宇月原清明 (著)
【中公文庫】
税込1000円
2006年7月
ISBN-4122047072
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評価:★★★★★
 絢爛豪華、奇想横溢、虚構満載。これぞ物語の醍醐味という作品で、毎日毎日読むのが楽しく、久しぶりに読み終わるのが残念に思えた。斎藤道三と松永弾正久秀が実は京の山深くにある、波斯の暗殺教団で刺客として養われた兄弟弟子であったということを骨格に、信長や秀吉、明智光秀などが登場するが、何と言っても主役である松永弾正久秀が魅力。遠くイスラムの暗殺教団を源にする波山の法や怪しい傀儡、霊薬などを自在に操り戦国の世を縦横に生きたそのキャラクターはこれまで持っていた、なんとなく卑怯で陰険という松永久秀のイメージを一変させてしまった。夢枕獏の「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」もまた歴史上の事実を使いながら想像の翼を広げ物語の愉悦を満喫させてくれたが、ほんの少しの歴史的事実とふんだんなフィクションという感じであったのに対し、本作は事実と事実の間に奇想を織り込んで読みごたえ満点。この作者の「信長―あるいは戴冠せるアンドロギュヌス」も信長が実は両性具有であったという奇想を元にした楽しい作品でおすすめである。

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FINE DAYS
FINE DAYS
本多孝好 (著)
【祥伝社文庫】
税込630円
2006年7月
ISBN-4396332971

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評価:★★★☆☆
 帯にはラブ・ストーリーと書かれ、カバーには著者初の恋愛小説とあったし、カバーデザインはなんとなく片岡義男風なのでおシャレな都会派恋愛作品か、と読み出したがこれは“看板に偽りあり、帯に勘違いあり”ではないだろうか。タイトルにもなっている“FINE DAYS”は人淡い恋愛感情をもった女子高生には人を殺したと噂があり…という作品で、他の3作品もタイムスリップや絵に描いたことが事実となる超能力がキモになっていて、いずれもほのかな恋愛感情や関係を描いているが、なんとも不可解な現象や説明の結末があって、上手くまとめられた質のいい幻想小説かホラー中短編のようであった。特に最後の短編“シェード”は現代と過去の恋人同士のエピソードが上手くリンクし、しかもその話を語り手である骨董店の老婆が創作したようでもあり、不思議な気持ちの良い読後感を醸す佳品であった。それから「眠りのための暖かな場所」の主人公である女性は大学の助手と言う仕事や語り口、キャラが北森鴻のフィールドワークシリーズの主人公蓮杖那智によく似ていると感じたのは私だけだろうか……?

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超・ハーモニー
超・ハーモニー
魚住直子 (著)
【講談社文庫】
税込440円
2006年7月
ISBN-4062754444
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評価:★★☆☆☆
 同じ作家の作品「非・バランス」が前々回の課題図書で、女子中学生と年上の女性との交流といじめによる心の傷とその癒しを描いていたのに対し、小学校から中学校へと進む男の子の悩みとギクシャクとした友人や家族関係を描いた本作品。家族構成とかシチュエーションとかがかなり近く、いじめという問題もよく似ているが、対処方法や悩みの内容がそれぞれに違い、しかもその違いがリアリティをもって描き込まれているところは見事な感じで、上手いなぁと感心してしまった。2冊を比べながら同時に読み進めるのも良いかもしれない。でも……。同じ作家の作品が2冊課題図書となるのは桐野夏生とこの作者だけで、桐野夏生はベストセラー作家で映画にもなった作品ということで2冊が選ばれるのは分かるのだが、毎月大量の文庫本が出版されているのに、この作者の作品が2冊も挙がるのはどうしてなのでしょうか?ちょっと疑問でした。

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二島縁起
二島縁起
多島斗志之 (著)
【創元推理文庫】
税込700円
2006年7月
ISBN-448846002X

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評価:★★☆☆☆
 それまでの生活が嫌になって妻子を捨ててフラッと東京を離れ、いつしか瀬戸内海で船のタクシーをしている主人公が謎の乗客たちを乗せたことから、二つの島で起こる事件に巻き込まれていく。島に関わる昔の因縁話も絡まってきて、まるで火曜サスペンス劇場とかの2時間サスペンスドラマの原作にぴったりのような作品。ただただ読みやすく、通勤の行き帰り電車の中で読みだけで読み切れてしまった。もう配役も目に浮かぶようで、主人公には渡瀬恒彦か船越英一郎、船の助手の女性は島崎和歌子か遠藤久美子、主人公をラストで救う女性船長には木の実ナナといったところでしょうか?島の伝説や因習が比較的作り物めいていて、途中でプロットも見えてしまうのがちょっと残念で、もう少し創りこんで枚数も増やせばもっと楽しめたのにと感じた。

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人生激場
人生激場
三浦しをん (著)
【新潮文庫】
税込500円
2006年8月
ISBN-4101167532
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評価:★★★☆☆
 エッセイって世代が同じとか、面白いと思う事柄が似ているとか、同じような食べ物が好きとか、何か共通点がないとなかなか面白く読めないものだと思っていたのだが、この作者は女性で、若くて、しかも直木賞作家なのに面白く読めてしまった。週刊新潮に連載されたものをまとめたものなので、続けて読むと短いページ数で話が変化しすぎてなかなかに読みづらいので、寝る前にちょこちょこと呼んでいると楽しかった。サッカーワールドカップのシーマンについて書かれたあたりはそう面白いとは感じなかったが、日常の生活や旅の話は読んでいてニヤッとしてしまったり、うなずいたりばかり。本当にこの作者は若い女性なのだろうか?大きな勘違いをしていて実は男性のオヤジ作家なのでは?と思ってしまうほど。このざっくばらんさが受けるのだろうか?でも読み続けていると週刊新潮連載ということで、ちょっと無理してオヤジ風にしているのかな?とも感じたりして……。

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神の足跡
神の足跡 (上・下)
グレッグ・アイルズ (著)
【講談社文庫】
税込940円
2006年7月
ISBN-406275441X
ISBN-4062754673
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評価:★★★★☆
 人工知能開発中の天才ノーベル賞学者が死んでしまい、同僚がその死を疑って探索を始める。開発を行っている会社の警備体制も、盗聴など当たり前という軍や諜報組織も顔負けのもので、のっけからハイテンション&スリリングな展開で、一気に物語の世界に引き込まれる。いかにもアメリカのサスペンス・エンターテインメント作品で、ストーリーがぐいぐいと進んでいく。人によってはB級サスペンスというかもしれないけれど、このスピード感というかドライブ感もまた、読書の楽しみの一つだと思う。人工知能のアイデアはあまりにもSF的で素直に読み込むことはできなかったが、といって、このフィクション自体を損なうこともなく、上下2巻とかなりな枚数の作品ながら、一気に読んで楽しむことができた。webを使ったサイコキラーを描いた『神の狩人』も上下2巻の長篇ではあったが同じような楽しさがあって、おすすめです。

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暁への疾走
暁への疾走
ロブ・ライアン (著)
【文春文庫】
税込810円
2006年7月
ISBN-4167705281

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評価:★★★★☆
 イギリス伝統の冒険活劇小説。良くも悪くもこの一言で本作品を言い表すことができそう。ナチスドイツは残酷で卑劣で人間らしい暖かみもない悪であり、それと戦うイギリスやフランス・レジスタンスは正義の行いをしている。ということらしいのだが、今回の課題図書である『接近』を読んだ後に本作品を読むと、そのあっけらかんとした画一的な位置づけにちょっと考えてしまった。ユダヤ人をガス室へ送り人種抹殺を行おうとしたナチスドイツは許しがたい存在であることは確かだが、といって戦争を行っている一方が悪で一方が善であるとは断定しかねる部分はあろうかとも思うのだが……。とは言え、この作品は冒険小説としては非常に面白かった。戦争が始まってレジスタンスを援護するためにそれまで培ってきたレーシングドライバーの技術を活かして車で走り回る戦闘場面よりも、古き良き時代のル・マン耐久レースの様子やラブロマンス、レーシングドライバーとして有名になっていく前半の方がある意味読んで楽しく、私はこれだけで十分だと感じてしまったのだが……。

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グリフターズ
グリフターズ
ジム・トンプスン (著)
【扶桑社ミステリー】
税込700円
2006年7月
ISBN-4594051960


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評価:★★★☆☆
 グリフターズ──詐欺師たちというタイトルから、様々なイカサマの手口の種明かしをして興味深く読ませた4月の課題図書“ファニーマネー”のように、詐話のテクニックを明かしながら詐欺事件に絡むミステリーを思い浮かべていたが、どちらかというと先月の課題図書“魂よ眠れ”に近い、社会の底辺で生きる小犯罪を繰り返す、いわゆるチンピラを描いたノワールノヴェルになっていた。各章各章それぞれ印象深いシーンがあって、ビジュアル的な構成になっているのだが、文体のためなのだろうか、例えば「ロイはモイラ・ラングトリに電話した。ここでも出端をくじかれた。ロイはびっくりさせられると同時に、苛立ってしまう。ロイにはモイラがちょっと腹を立てているだけなのではないか、という気がする。」というように、地の文なのかロイの一人称なのかが分かりにくく、会話以外全編がこういう感じで、どこか映画の梗概や脚本を読んでいるようでなかなか小説世界に浸り切れなかった。映画になったら面白いフィルム・ノワールになるだろうなとは感じたのだけれど……。

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