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浅谷 佳秀

浅谷 佳秀の<<書評>>

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接近 黎明に叛くもの FINE DAYS 超・ハーモニー 二島縁起 ロミオとロミオは永遠に (上・下) 人生激場 神の足跡 (上・下) 暁への疾走 グリフターズ

接近
接近
古処誠二 (著)
【新潮文庫】
税込380円
2006年8月
ISBN-4101182329

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評価:★★★★★
 70年生まれの作者は、極限状態にある人間の心理や行動を描くことにこだわり、「ルール」「分岐点」に続いて本作と、次々に臨場感溢れる戦争小説を著している。  本作の舞台は連合国軍の総攻撃も間近な、戦火の下の沖縄。本土からやってきた皇軍は住民に協力を求め、過酷な使役を強いる。軍国少年の安次嶺弥一は、国を守る兵隊さんに進んで協力するのが自分の務めだと信じる純粋な十一歳。だが日々戦況が悪化していくなか、住民の中にスパイがいる、日系2世のスパイが軍の中にいるといった疑念が住民と兵隊の、更には部隊を異にする兵隊同士の間に不穏な空気を醸し始める。そんなある日、弥一少年は、何者かと争って負傷した中尉と、その部下である上等兵と出会う。2人の兵隊は少年にとって信頼するに足る「兵隊さんらしい」兵隊さんだった――。  誰もが疑心暗鬼に陥いるような状況下で、それでも他者を信頼するということにどういう意味があったのか。そして、そういう状況を生み出した沖縄戦とは、どんな戦いだったのか。ラストでの弥一少年の行動は衝撃的だ。

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黎明に叛くもの
黎明に叛くもの
宇月原清明 (著)
【中公文庫】
税込1000円
2006年7月
ISBN-4122047072
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評価:★★★★★
 ぶん、と平蜘蛛の茶釜が鳴るたびに、ケシの花の咲き乱れる中で帰蝶と遊んでいる光景が明智光秀の脳裏に蘇る。なんとも幻想的なシーンだ。全編を通して現実と幻の境界が朧で、映像的な美しさに彩られている。
 物語は、戦国時代のフィクサー松永久秀と、悲劇の武将明智光秀の2人を軸に進行する。織田信長という輝く日輪に光を吸収される暁の星に甘んじることを拒み、自ら日輪たらんと欲して破滅してゆく男たちの、いわば敗北の美学を描いたこの作品、登場人物の各キャラが実に濃い。非情さと鷹揚さが同居する、美濃の蝮こと斎藤道三。道三を無邪気に兄者と慕う一方で、その道三と張り合いながら手段を選ばず権力を追求する蠍の久秀。久秀に操られながらも反抗したり、久秀の本音を人前で暴露したりするコミカルな傀儡。道三の娘・帰蝶に狂おしく恋焦がれる明智光秀。そこにもってきて、道三と久秀がともにイスラムの暗殺教団の秘術を受け継ぐ兄弟弟子であるという奇想天外な設定を導入しているのだから、面白くならない筈がない。虚実ないまぜになった夢幻の世界に迷い込みつつ、伝奇小説の醍醐味を心ゆくまで堪能できた。

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FINE DAYS
FINE DAYS
本多孝好 (著)
【祥伝社文庫】
税込630円
2006年7月
ISBN-4396332971

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評価:★★☆☆☆
 クラシックの名曲をイージーリスニングに編曲して聴かせる按配で、ハルキ師匠のスタイルを作者流に易しくアレンジしてなぞっている。が、それもここまで露骨だと痛い。読んでて何だか恥ずかしくなってしまった。もっとも師匠の難解さを敬遠する向きには、こちらの方が受けがいいのかもしれないけど。 「FINE DAYS」では黒髪の彼女の行く末も気になるところだが、それよりも、あれだけ強烈なキャラである彼女の名前を覚えていないという「僕」はやばいぞ。若年性アルツハイマーは30代で発症することもある。まあ、内容的にはこれが一番面白かった。 「イエスタデイズ」は山田太一「異人たちとの夏」風味、薄味仕立て。 「眠りのための暖かな場所」では語り手「私」のイメージが、もろに平本アキラの「アゴなしゲンとオレ物語」の月形にかぶった。タイトルはまさしく師匠風。 「シェード」はオー・ヘンリー「賢者の贈り物」風味、センチメンタル仕立て。師匠スタイル全開で、さすがに辟易。それにしても雄弁かつよどみないその語り口や恐るべし、中古家具屋の老婆。

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超・ハーモニー
超・ハーモニー
魚住直子 (著)
【講談社文庫】
税込440円
2006年7月
ISBN-4062754444
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評価:★★★☆☆
 この作者の作品を読むのは7月の課題図書だった「非・バランス」に続いて2作目。周囲から孤立する主人公がいて、主人公の価値観を揺さぶる他者との出会いがあり、主人公が自分の置かれている閉塞的な状況を自分の手で打ち破って成長してゆく、という物語の構造は「非・バランス」と全く同じ。ただ「非・バランス」に比べると、本作の方が屈折した主人公の駄目っぷりや、両親のステレオタイプの偏見が単純明快。性同一性障害の兄も「非・バランス」のサラさんに比べて自己肯定が強く、物語に明るいトーンを与えていた。そのためか、本作の方がいくぶん読みやすかったように思う。響が親の目の前で感情を爆発させてプランターを破壊するクライマックスにも大いにカタルシスを得られた。ただ、ラストは少々お行儀がよすぎるかも。
 それにしても「非・バランス」といい本作といい、いかにも中学校や高校の図書館の推薦図書に指定されそうな作品だなあ。いや、だからどうだというわけじゃないですけど。

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二島縁起
二島縁起
多島斗志之 (著)
【創元推理文庫】
税込700円
2006年7月
ISBN-448846002X

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評価:★★★★☆
 地味そうな話だなあと思いながら読み始めたが、たちまち物語に引きずり込まれてページを繰る手が止まらなくなった。物語の舞台は小さな島々が浮かぶ瀬戸内海。島々の独特の風土や文化、荒っぽい気質の住人たちなど、実に生き生きと描けている。今治の方言が飛び交う会話もテンポがよくて実に巧いし、洗練された文章は抑制が効いていて無駄がない。
 登場人物では特に竜王の女性船長越智一江のキャラが抜群。その鉄火肌ぶりたるやハンパではない。脱サラで海上タクシーの運転手となった主人公の寺田は、いささか侘しさの付きまとう中年男。一江に終始圧倒されているなど少々ふがいないところはあるが、誠実で好感が持てる。助手の弓ちゃんも機転が利いてなかなか魅力的だ。
 まず夜の海を舞台に一波乱(この描写がまた物凄く映像的で素晴らしい)、続いて本格的な事件が起き、対立してきた島同士の歴史を掘り起こしながら、物語は緊迫していく。寺田が事件解明に足を突っ込む動機が少々弱い気がするものの、序盤から引きつけ、中だるみするところもなく終盤まで一気に盛り上げてくれた。終盤に明かされる犯人も意外な人物で驚かされた。文句なし一級品のサスペンスだ。

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ロミオとロミオは永遠に
ロミオとロミオは永遠に (上・下)
恩田陸 (著)
【ハヤカワ文庫】
税込672円
2006年7月
ISBN-4150308551
ISBN-415030856X
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評価:★★☆☆☆
 学園暗黒ドラマに消費文明批判、20世紀サブカルチャーへのノスタルジアなどをごちゃまぜにしながら脱出活劇へとなだれ込むSFエンターティンメント。
 随所に面白い趣向が散りばめられていて、テンポよくすらすら読める。でも全体としては内容から浮きまくっているタイトルに象徴されるように、大味で中途半端で、行きあたりばったり感が漲っている。テストが毎回命がけのようなゲームになっているのに死者が出ないとか、脱走学生は処刑されることになっているのに、脱走未遂を何回も繰り返している学生たちが大勢いるなど、ツッコミどころ満載。また主人公アキラは格闘技の天才の筈なのに、その彼の肝心の格闘シーンがほとんど無い。悪役リュウガサキもあんまり出番がなくて、そのうち尻つぼみになってしまう。生活指導のタダノもカリカチュアライズされすぎて薄っぺら。
 どうせリアリティなんか蹴飛ばしているんだから、バトル・ロワイアルみたいにもっと思い切り血生臭くした方がかえってすっきりしたんじゃないかなあ。

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人生激場
人生激場
三浦しをん (著)
【新潮文庫】
税込500円
2006年8月
ISBN-4101167532
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評価:★★★☆☆
 元気のいい気取らない文章で、たわいもないけど小気味良い内容。ただ微妙に私とはノリが合わないというか、笑いのツボを外しているところがなくもなかった。女性のお笑い芸人が、ネタを躁状態でしゃべりまくってすべっている感じというか。何となくだが、こういうノリは女性には受けるんじゃないかなと思う。彼女のエッセイの面白さは、男脳で理解するのにはあんまり向いていないような気がする。
 が、かくの如くいささか独りよがりなノリではあっても、読者を楽しませようという気概はビンビンに伝わってくる。乳パッドが水着からはみ出ているのをダイビングのインストラクターに見られただの、一昔前の避妊具についてお祖母さんに根掘り葉掘り訊いてみただの、身体を張ったようなネタでがむしゃらに笑いを取りにくる作家魂には敬服せずにはいられない。やはり直木賞を受賞されるだけのことはある。また小説を書くのに、主役級の登場人物の名前を決めるのに死力を尽くすあまり、脇役の名前が適当になるという話は興味深かった。

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グリフターズ
グリフターズ
ジム・トンプスン (著)
【扶桑社ミステリー】
税込700円
2006年7月
ISBN-4594051960


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評価:★★☆☆☆
 読みにくい文体だ。妙に上滑りするかと思うと、突然引っかかるような表現が多く辟易した。それどころか、ほとんど意味不明の箇所もちらほら。ゴワゴワ・ゾーンってのがダンスとどう関係あるんだろう。訳者は意味が分かったうえでお下品なのでぼかしているのか、分からなくてとりあえずそのまま直訳しているのか。
 で、結構難渋しながら読んでみての感想であるが、私はこの作品とはあまり相性が合わないようだ。どの登場人物にも共感できなかったし、ストーリーも地味で面白いと思える要素がほとんどなかった。会話もジョークもピンと来ない(これは前述のように、訳のせいもあるかもしれない)。ラストも殺伐とし過ぎていて好きになれない。
 あんまりないないづくしじゃ申し訳ないので、肯定的に評することができそうなところを強いて挙げるなら、主人公とその母親リリイの、愛憎を皮肉のオブラートで包んだ乾いた会話。何とも苦い味わいがあった。また、リリイがボスのボボ・ジャスタスにリンチされて痛めつけられたあとに、何事もなかったかのようにボボと会話を交わすシーン。これはなかなかクールだった。

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