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【単行本班】2007年8月のランキング
>神田 宏
神田 宏の<<書評>>
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>>課題図書一覧
ミサイルマン
平山 夢明(著)
【光文社】
定価1680円(税込)
2007年6月
ISBN-9784334925574
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評価:★★★★☆
破滅的な暴力が極限までレベルを上げるとき、そこには無機的な寂寥感の裏に辛辣な現代文明への嫌悪と批判が立ち上がる。それは、近未来における臓器代替器官として生きるクローンの悲哀として。肉体改造への狂気じみた執着へのイロニーとして。不老不死の人狼の悲劇として。オカルトじみた力の、<顕現>を通じて。死体嗜好者の破滅的な疾走の中に。病んだ文明を暴きたてる表現装置としての本書は、フィルムとしての隠喩が似つかわしい。高速度で明滅する無慈悲な暴力の炸裂の開放によってのみ印画されたポジとして間接的に表現され得る現在の病。そしてその像をさらに明瞭にするには、光度を上げるしかなかったかのように辛酸極める無慈悲な暴力は、やがて読者のリビドーの横溢をうながして止まない。毒を毒で制した感のある危険な書である。
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夜明けの街で
東野 圭吾(著)
【角川書店】
定価1680円(税込)
2007年7月
ISBN-9784048737883
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評価:★★★☆☆
建設会社のサラリーマン渡部は「不倫するやつなんて馬鹿だと思っていた」という家庭を持つまっとうな夫であり、父であった……はずなのだが、派遣社員である秋葉とあれよあれよというまに不倫関係に、「クリスマスイブは君と一緒にいる。」と渡部。「本気で言っているの?」と秋葉。「本気だ」。「もし冗談なら、とんでもなく悪質だよ。でも許してあげるから、冗談なら冗談と今すぐにいって」。「冗談なんかじゃない。」「そんなこといわれたら期待しちゃうじゃない」……って昼ドラかい?と思うようなベタな展開。このベタさ加減に食傷し、おえっ!ってな具合になりかけたとき、そこは売れっ子の著者のこと、秋葉の過去にある殺人事件を通じての大どんでん返し。その手管のあでやかさに、してやられたと思うもつかの間、食傷気味のもたれた胃には秋葉の意趣返しに更なるえずきを感じてしまう有様。うっぷ。でも、渡部よあんたの認識は間違ってやいなかった。あんたが一番「馬鹿」である。今、流行の強い女性にしてやられた。ああ、女性上位時代よ。と嘆息しつつ、またえずきが、うっぷ!
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いい子は家で
青木 淳悟 (著)
【新潮社】
定価1470円(税込)
2007年5月
ISBN-9784104741021
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評価:★★★★☆
フラットな視線が家を見つめる。そして、そこには感情がない。見つめる先は下駄箱だったり、冷蔵庫だったり、そして物理的な建造物である家そのものだったり。そこに住まう父や母、兄を見つめる目線も物を見つめる目線と一緒でフラットである。その目線は例えばこんな感じだ。「門扉のわきには郵便受けとともに表札が備わっており、漢字二文字をよこ書きにした、一家の苗字が確認できる(中略)そしてこれらは家族のイメージと結びつきやすい。家の新築時にはこの構図で家族の写真さえ撮られている。(中略)玄関まわりをフレームに納めんがために道路上にしゃがんでカメラを構えた父親の、その意図をもふくめた一枚としたい。」と。「意図」を認識した上で払拭するかのような唯物的な視線。それは保坂和志が著者の『クレーターのほとりで』について述べたように、「メタレベル」のない目線である。部分=ディテールを描きながらも、それを統合する目線を欠いた俯瞰を拒否する姿勢。『青木淳悟の小説は、暗示や象徴がいっぱいにちりばめられているが、それを統合するメタレベルは書かれていない。それはいわゆる「読者の解釈に委ねられる」のではなくて、もっと非−人間的で、カフカと同じように、すべてを記憶するしかない』(保坂和志『小説の自由』)と過不足なく指摘されるその視線は、俯瞰的視座(神の視座)になれ親しんだ私たちが、主体−客体の2項対立的思考から自由になるための思考の実験である。そこにやや、難解さを感じさせるのだが、『クレーター』や『四十日と四十夜とのメルヘン』と違って家という題材をとったことによって、難解さも軽減しているように思える。現代思想のとりうる思考スタンスの小説としての表現。そんな、アクロバットにチャレンジする著者を知る上での入門書といえる一冊だ。
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カシオペアの丘で(上下)
重松 清(著)
【講談社】
定価1575円(税込)
2007年5月
ISBN-9784062140027
ISBN-9784062140034
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評価:★★★☆☆
星降る夜、ふるさと北海道の丘で夢を語り合った、少年少女が時を経て再び丘に集う。しかし、その時、主人公俊介は末期の癌で余命いくばくもない。祖父の『倉田鉱業』の企業城下町として栄えた町も炭鉱の閉鎖で寂れていた。そんな、ふるさとに戻ることにした俊介。そこでの幼少時との友との再会。そして過去の忌まわしい炭鉱事故の責任者である祖父の贖罪めいた行動。夢と贖罪。そして、再生される希望の物語である。著者の『カカシの夏休み』を彷彿とさせる感動の作品であることは間違いない。が、『流星ワゴン』など、過去の作品の再生産のようなうがった見方をしてしまう私にとっては、予定調和に素直に感動はできなかった。
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鯨の王
藤崎 慎吾(著)
【文藝春秋】
定価1890円(税込)
2007年5月
ISBN-9784163260006
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評価:★★★★★
光の届かぬ漆黒の闇。うごめく奇怪な深海生物。魂を脅かすような完全なる静寂。そこを悠然と泳ぐ巨大な生物。海洋冒険譚。まさに、これは少年の時に読んだ『白鯨』ばりの血沸き肉踊る物語りである。米海軍の原潜の乗組員を襲う奇怪な死。深海の鉱物資源の開発のために設置された海底基地に襲い掛かる謎の巨大生物。鯨類学者、須藤が深海で発見した新種の巨大な鯨骨。人知の及ばぬ深海で繰り広げられる生物達の黙示録。現代のテクノロジーとプリミティブな生物達の死闘の背景には、人間のおぞましい姦計が横たわっていた。現代に装いを新たにして蘇った「白鯨」の正体は?この夏一番のエンターテインメント小説として一押しだ。
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浅草色つき不良少年団
祐光 正(著)
【文芸春秋】
定価1550円(税込)
2007年5月
ISBN-9784163259406
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評価:★★★★☆
震災の痛手から復興をとげつつある帝都下は浅草。震災孤児たちがそれぞれの不幸を胸に逞しくも生きていた。その孤児たちの不良集団は組織だって大人たちと渡り合い時には恋に、時には時代の波に揉まれながらも浅草の町を縦横に駆け抜ける。その集団をして「浅草色つき不良少年団」という。「浅草黒色団」、「浅草紅色団」、そして「浅草黄色団」。その「黄色団」の頭目、「似顔絵のジョージ」こと神名火譲二翁が現代の漫画家に問わず語る過日の冒険譚。「浅草六区の活動街から瓢箪池を越えて行きまっすってえと、浅草奥山には木馬館と水族館が並んでいましてね。(中略)エロの殿堂などと銘打って女の足と尻を見せるレビューがあり、オペラ館が閉館するまではエノケン笑劇あり」といった時代である。そこでおこる奇怪な事件に探偵よろしく不良少年団が大活躍。直情愚直な「似顔絵のジョージ」に対して頭脳明晰な「紅団」頭目の美少女(?)「冬瓜の百合子」こと平井兵吉。彼らを頭目として仰ぐ不良少年たちが硫酸で顔を焼かれて死んだ女の謎を追い、仲間を死に追いやったやくざに詰め寄り、と大活躍。ミステリの黎明期として江戸川乱歩もでてきたり、震災から戦争にかけてのつかの間の栄華を誇った浅草の復興の槌音響く活気に負けじと疾走した懐かしくも痛快な青春がここにある。
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ミノタウロス
佐藤 亜紀(著)
【講談社】
定価1785円(税込)
2007年5月
ISBN-9784062140584
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評価:★★★★☆
革命の足音高まるロシアのドニエプル川に広がる肥沃な台地にあるミハイロフカに地主の次男として生まれた「ぼく」。後見人であるシチェルパートフを殺し。見殺しにした友人の葬式の日にその妹と立ったまま姦淫する。大義も名分もあったものではない。そのまま故郷を捨てると、周辺諸国の干渉からロシアに派兵されたオーストリア兵のドイツ人ウルリヒと知り合う。そして、あてどなく大地をうろつく。しかし、その間も暴力と愚劣な蛮行は忘れない。白軍と赤軍の攻防は大地に満ち、軍馬が、装甲列車が、流民となった農民があふれかえる。やがて飛行機を手にしたウルリヒと「ぼく」の蛮行は止むことをしらない。「人間と人間がお互いを獣のように追い回し、躊躇いもなく撃ち殺し、蹴り付けても動かない死体に変えるのは、川から霧が漂い上がるキエフの夕暮れと同じくらい、(中略)静かなミハイロフカの夜明けと同じくらい美しい。」という「ぼく」はまさに血に飢えた牛頭人身の怪獣=ミノタウロスである。人間のおぞましい姿をこれでもかと書ききった本作は大上段に構えることなく革命下に生きる人々の生の姿を描くことに成功している。
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ゴーレム100
アルフレッド・ベスター(著)
【国書刊行会】
定価2625円(税込)
2007年6月
ISBN-9784336047373
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評価:★★★★☆
読後、あまりの奇怪さに唖然となる。こりゃバロウズだわ。と彼のジャンキー作家を思い出す(山形浩生氏の解説にも指摘がある)。未来の北米大陸には巨大なスラム街「ガフ」が広がる。そこで暇をもてあそぶ8人の「レディ」が好奇心から降霊術を執り行うと彼女たちの深層に眠る無意識が集合体として怪物「ゴーレム100」を産み出す。その怪物の奇怪な殺人事件に巻き込まれる香水調合師=化学者の日系人ブレイズ・シマと彼の身辺を調査する精神工学者グレッチェン・ナンと「ガフ」の警察官のインドゥニによる「ゴーレム100」の正体を暴く追跡が始まるが……「ゴーレム100」は人々の集合的無意識の特に性的衝動と深く繋がっていて、放射性のドラッグを自らに打ち、その真相に迫るシマとナンであったが、広がるインナー世界に自らの意識も変容が加わっていって……といったところがストリーの概要であるのだが、そのインナー世界の描写が意味不明の文字の羅列や絵文字、逆さ文字、グラフィック、インクのしみ、さらにはロールシャッハテストの文様まで現れ、それが過剰にちりばめられた性的単語のスラング(ガフ風)と饗宴をページ上で繰り広げる。まさにLSDで幻覚めいた光の明滅の上を意識が深層へとむかってらせん状に下降するうちに巨大な集合的無意識の中で主体が溶解するかのような、あのバロウズを彷彿とさせるトリップワールドなのである。やがてその変容は「ゴーレム101」として再君臨をはたすのだが。この言語とグラフィックの暴走の饗宴=狂宴を奇書、怪書と呼ばすにはいられない。しかし、紙媒体に印字された本作品のアナログめいた予言はもはや高速度で消費される情報の嵐の中で個を越えた集合の意識を模索するかのような現在のネット上の意識の変容を見るにつれまだ、良心的に思えてしまうのだ。そういった意味では1980年刊行の本書はデジタルな世界での人々のあり方を予言する未来の書でもあったのだ。
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解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯
ウェンディ・ムーア(著)
【河出書房新社】
定価2310円(税込)
2007年4月
ISBN-9784309204765
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評価:★★★★☆
18世紀末のロンドンに奇怪な医者がいた。ザ・ナイフマンことジョン・ハンターその人である。医術が未だ錬金術まがいの瀉血、促吐、病変した四肢は切断といったまがまがしいものであった時代である。ハンターは生き物に憧憬に似たまなざしを向ける夢見がちが少年から、死体を片っ端から解剖、その内部構造を丹念に観察するといった、やや猟奇的なエキセントリックにも見える大人へと成長していった。がその一見、奇怪な行動の裏には生物の持つ機能を単純な器官として捕らえようとする飽くなき要求、子供のころ目を輝かせてその細部を見つめていた少年の探究心の表れであったのだ。そのことが、彼をして現代外科医の開祖として中世的妄信からの開眼を促す原動力だったのだ。解剖する死体をめぐってのエピソードや閉鎖的な医学会の様相などを交えながら、ハンターの奇怪ではあるが、その飽くなき探究心を描いた評伝である。ハンターのコレクションには世界中の動物、キリンからトカゲはたまた奇形の双頭の牛と並んで人間の解剖された組織がアルコールにつけられて並んでいたという。それはダーウィンに先立つこと半世紀のヨーロッパにあって神の創造物としてのヒエラルキーのトップにあった人間というものを生物器官としての共通性ということでとらえた異端ゆえに当時は理解されえぬ近代的知性の証拠でもあったのだ。時代に早すぎた天才の生涯をユーモアを交えて描いた一冊である。
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フロイトの弟子と旅する長椅子
ダイ シージエ(著)
【早川書房】
定価1890円(税込)
2007年5月
ISBN-9784152088239
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評価:★★★☆☆
パリでフロイトの精神分析学を苦労の末学んだ莫(モー)は、学生時代の同級生、憧れの、胡火山(火へんに山)(フーツアン)への思いを胸に故郷四川に降り立った。しかし、文革の影響で胡火山(火へんに山)は中国警察の拷問写真を国外のプレスに渡したという嫌疑で投獄されていた。そこは官僚の腐敗が進む地方のこと、釈放を願い判事の買収を試みるが、出された条件は「赤いメロンを割っていない、処女」を差し出すことだった。莫は、自転車の後ろに古代象形文字の「夢」の図案と「夢分析」の文字を入れた旗をたて、地方を回る旅に出るが、その実は処女探し……近代的知識と故郷の呪詛にまみれた後進性に挟まれ悩みながらのも、莫のおかしな旅は続くのであった。フランス語によって書かれた本書はやはり一枚のフィルターを通じてみた柔らかな、文革を含めた現代中国への懐疑の書である。しかし、著者自身が文革の苦難の上、ヨーロッパに出たように、未だフィルターなしで文革以降のことを語るのは困難なのだろうか? 著者が現代中国に感じる望郷と嫌悪のブレンドが苦い後味を残した。
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