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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年8月の課題図書ランキング

いい子は家で
いい子は家で
青木 淳悟 (著)
【新潮社】 
定価1470円(税込)
2007年5月
ISBN-9784104741021
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  小松 むつみ
 
評価:★★☆☆☆
 昨今流行の家庭小説(というカテゴリーがあるのか否かは、よくわからないが)かと思いきや、読み進めていくと、なんとも摩訶不思議、ヘンテコリンなことになっていく。
 表題作を含めて三篇からなる作品集だが、多少のズレはあるものの、ひとつの家庭を3つの角度から描いたような構成になっている。変なところを褒めるようだが、主婦の視点からみた、家庭の中の細かな事象、それに対する主婦の心理描写も、実にリアリティがあり感心した。

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  川畑 詩子
 
評価:★★★★★
 質の高い生活を目指すがゆえに、家事に追われてぎすぎすする母親。口癖は「片付きやしない」。しかし、実際のところ片付けが完成されたことはあるのかと、作家は鋭く問いかける。家庭管理を担う者と、周りの家族との軋轢に作者は非常に敏感だ。「最近お前の靴下がやけに汚れている」……こう言われたときのげんなり感は、想像に難くない。だが、言われたら激しく共感できるのだが、自分では発見できないと思う。繊細とも違う、「過敏」が近いのか、仮にしゃべっても、相手には理解されそうにない微妙かつ決定的な心の動き。それを文字にできる鋭さと手腕がすごい。
 さらに、あるある、わかるわかるの共感を超えて、その視線は対象を冷徹にとらえる。なんたって、家族関係を物語るのに、鍵や自動車保険、戸籍の記載が引っ張り出されるのだ。遺跡から古代の生活を探る考古学のノリではないか。あるいは家族という、一番人間くさい対象を、ピンセットでつまんで顕微鏡でしげしげと観察したり、様々な試薬で分析しているような奇妙な感じともいえる。そこに透視、幻視、俯瞰のような非日常的な視線も投入されて、超リアルなのに幻想的、という離れ業が実現している。新・真家族小説だ!

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  神田 宏
 
評価:★★★★☆
 フラットな視線が家を見つめる。そして、そこには感情がない。見つめる先は下駄箱だったり、冷蔵庫だったり、そして物理的な建造物である家そのものだったり。そこに住まう父や母、兄を見つめる目線も物を見つめる目線と一緒でフラットである。その目線は例えばこんな感じだ。「門扉のわきには郵便受けとともに表札が備わっており、漢字二文字をよこ書きにした、一家の苗字が確認できる(中略)そしてこれらは家族のイメージと結びつきやすい。家の新築時にはこの構図で家族の写真さえ撮られている。(中略)玄関まわりをフレームに納めんがために道路上にしゃがんでカメラを構えた父親の、その意図をもふくめた一枚としたい。」と。「意図」を認識した上で払拭するかのような唯物的な視線。それは保坂和志が著者の『クレーターのほとりで』について述べたように、「メタレベル」のない目線である。部分=ディテールを描きながらも、それを統合する目線を欠いた俯瞰を拒否する姿勢。『青木淳悟の小説は、暗示や象徴がいっぱいにちりばめられているが、それを統合するメタレベルは書かれていない。それはいわゆる「読者の解釈に委ねられる」のではなくて、もっと非−人間的で、カフカと同じように、すべてを記憶するしかない』(保坂和志『小説の自由』)と過不足なく指摘されるその視線は、俯瞰的視座(神の視座)になれ親しんだ私たちが、主体−客体の2項対立的思考から自由になるための思考の実験である。そこにやや、難解さを感じさせるのだが、『クレーター』や『四十日と四十夜とのメルヘン』と違って家という題材をとったことによって、難解さも軽減しているように思える。現代思想のとりうる思考スタンスの小説としての表現。そんな、アクロバットにチャレンジする著者を知る上での入門書といえる一冊だ。

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  福井 雅子
 
評価:★★★☆☆
 平凡な4人家族の次男坊を主人公に、どこにでもある家庭の日常……と見せて、いつのまにか現実と幻想とが入り混じった、ちょっと捻じ曲がった不思議な世界が描かれる。
 靴や洗濯物など日常生活のディテールが神経症的とも思える詳しさで語られ、平凡なようでどこかゆがんだ家族のその「ゆがみ」が、やがて幻想となって現れる。唐突なようで、その幻想部分が何のメタファーかがおぼろげに見え、小説自体も、変だけれど表現したいものはなんとなく理解できるという不思議な作品である。たとえわからなくても途中で本を閉じることを許さない語りの上手さと、小説としての確かな存在感が、高名な画家の手による抽象画を思わせる。おそらく周到に計算して挿入しているであろう時間軸のゆがみや幻想が、いかにもさりげなく日常生活の描写の中に現れるところに、著者のセンスと力量を感じる。読書に新しい刺激が欲しい方に是非お薦めしたい小説である。

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  小室 まどか
 
評価:★☆☆☆☆
 父と母と息子の短編集。父性を剥ぎ取られたような父、母性が突出している母、個性のない息子。短編ごとに異なる家族が描かれているのだが、気づけばなんだかまた同じ話を読んでいるような……。
 一番まともそうな息子を軸にして、若干不安定な要素を含みつつもとりわけ何が起こるということもなく、どこにでもありそうな家庭の日常を描いていくのかと思いきや、突然に眼前の見慣れた景色がぐにゃりと歪む。
 父とも母とも話が通じない、それどころか家族全体がまったくかみ合わない。家という一番安心できるはずの場所で、繰り返し似たような悪夢を見るような感覚。これは現代の冷え切った家族関係に対する警鐘なのか……? 残念ながら、個人的には響いてくるものが少なかった。

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  磯部 智子
 
評価:★★★★☆
 家族にはそれぞれ家族にしか通じない暗黙のルールがあり、家族のフツーは世の中のフツーと必ずしも一致しなかったりする訳だが、世の中自体のフツーも揺らいでいるから拠り所がない。表題作の靴を洗うことに執着する母も、定年退職した父も、仕事を辞めゲーム機と共に引きこもる兄も、女友達のマンションに通う次男・孝裕も、家族の日常の中に埋もれている。それが当たり前じゃなくなる時、と言っても事件が起こるわけではなく、ただ今まで日常に過ぎなかった家族を、改めて眺めてみると、ゲームをする兄の手は白のセラミックの筒だし、父の耳や鼻や口からはウンコのようなものが飛び出し、孝裕自身四つ足で床のバターに頭から突っ込み、母は返事もせずじっと壁を見つめていることが解ってくる。これはイカレてしまったというより、普段全くお互いが見えていなかったのが、突然見えてしまったことのように思える。『ふるさと以外のことは知らない』は、同じ家族構成で、「家」を中心に据え、その象徴として鍵を守る母親がいて、兄弟も太郎と次郎と言う犬のような名前に変り、彼らは傍目には幸福な家族生活を送っているが、前述の家族と一体どこが違うのか? 幸福と破綻の線引きを曖昧にし、家族が背負う使命の厄介さを、面白い切り口でみせてくれた小説だった。

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  林 あゆ美
 
評価:★★☆☆☆
 ひとつの行為の裏にひそむ、ささやかな母親のたくらみをここまで言語化できるものかと、その表現方法に新鮮さを覚え、描き方から表出される家族を読んでいく短篇集。ただ、物語における話の深さを楽しむものではないように思えた。書き方の技を楽しめば、きっとページを繰るのも、るるるんとうれしくなるような気もしたが、そこまでたどりつけなかった。「もし仮に「父鳴るもの」が屋根の上に置かれているとしたら「母なるもの」はきっと家の中にあるのだろう」こう書いてあるように、ひたすら書かれる母の行動に、ぷぷっと笑ったあと、自分が笑われているようなじゃりっとした感じも残るからだろうか。

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