WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年8月のランキング>川畑 詩子

川畑 詩子の<<書評>>
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ミサイルマン 夜明けの街で いい子は家で カシオペアの丘で 鯨の王 浅草色つき不良少年団 ミノタウロス ゴーレム100 解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 フロイトの弟子と旅する長椅子

夜明けの街で
夜明けの街で
東野 圭吾(著)
【角川書店】
定価1680円(税込)
2007年7月
ISBN-9784048737883
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評価:★★☆☆☆
 不倫や恋愛の、はからずも滑稽な面が浮き彫りになって身につまされる。
 主人公「僕」の幼稚さに最後までイライラさせられた。雰囲気に流されて不倫相手に離婚をほのめかすなんて不用意だし、家族を傷付けていると悩むものの、どれだけ真剣にとらえているのか、ポーズにしか見えなかった。
 物語の軸となる殺人事件と、この恋の顛末が一つにまとまる様はスリリングだったし、展開は予想外だったとはいえ、彼にとって都合よく収束したみたいで不満が残る。「最善は尽くしたが、仕方がありませんでした」的ご都合主義というか。
 彼は、奥さんに対して妻や母としては申し分ないのに、と心で詫びながら不倫を続ける。そして、もう女としての魅力を感じないのだという。あるいは彼の友人が言うに、結婚して炊事洗濯の面倒は見てもらえるが、失う物は大きかったと。さて、妻に求めるものやイメージは人様ざまだと思うが、ではここでいう妻とは、家をフィールドにする自分専属の家事担当者なのだろうか?……本筋とは別のところで鼻息が荒くなってしまい、どうも後味悪し。

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いい子は家で
いい子は家で
青木 淳悟 (著)
【新潮社】 
定価1470円(税込)
2007年5月
ISBN-9784104741021
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評価:★★★★★
 質の高い生活を目指すがゆえに、家事に追われてぎすぎすする母親。口癖は「片付きやしない」。しかし、実際のところ片付けが完成されたことはあるのかと、作家は鋭く問いかける。家庭管理を担う者と、周りの家族との軋轢に作者は非常に敏感だ。「最近お前の靴下がやけに汚れている」……こう言われたときのげんなり感は、想像に難くない。だが、言われたら激しく共感できるのだが、自分では発見できないと思う。繊細とも違う、「過敏」が近いのか、仮にしゃべっても、相手には理解されそうにない微妙かつ決定的な心の動き。それを文字にできる鋭さと手腕がすごい。
 さらに、あるある、わかるわかるの共感を超えて、その視線は対象を冷徹にとらえる。なんたって、家族関係を物語るのに、鍵や自動車保険、戸籍の記載が引っ張り出されるのだ。遺跡から古代の生活を探る考古学のノリではないか。あるいは家族という、一番人間くさい対象を、ピンセットでつまんで顕微鏡でしげしげと観察したり、様々な試薬で分析しているような奇妙な感じともいえる。そこに透視、幻視、俯瞰のような非日常的な視線も投入されて、超リアルなのに幻想的、という離れ業が実現している。新・真家族小説だ!

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カシオペアの丘で
カシオペアの丘で(上下)
重松 清(著)
【講談社】
定価1575円(税込)
2007年5月
ISBN-9784062140027
ISBN-9784062140034
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評価:★★★★☆
 とにかく、どの人の生き方もすごく丁寧。
 再会した幼なじみのシュンは、余命わずかと宣告されていた……。残された命が短いから、間違いが無いように、どの人も真摯に一生懸命にシュンに向き合う。精一杯いい人であろうとする。いや、根っからみんないい人なのだ。それが、さらにいい人、真摯な人であろうとする。あまり多くを語らない文章なのに、行間から、その気合いが濃厚に立ち上って、ちょっと息苦しいくらいだ。
 舞台は、かつては炭鉱で栄えて今では人口が減った町。慰霊の観音像と人の入りが悪い遊園地がある。架空の町なのに、歴史の重みが感じられてリアルだ。かつての炭鉱事故や、幼なじみの事故、恋人とのつらい別れなど、彼らの人間関係は複雑にからんでいる。人を傷付けたこと、傷付けられたこと、それらすべて含めて幸せだったと思えて、愛しい人たちにちゃんとさよならを言うために、愚直なまでにまっすぐに過去と向き合い、人と向き合う。お互いがかけがえ無い存在で、慈しみあっていることを2巻かけてたたみかけてくる。
 命、許す許されること、これらの重いテーマを、ストレートになげかける力作。

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浅草色つき不良少年団(1・2)
浅草色つき不良少年団
祐光 正(著)
【文芸春秋】 
定価1550円(税込)
2007年5月
ISBN-9784163259406

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評価:★★★★☆
 浅草を闊歩する不良少年たち。情に篤い熱血漢のジョージや、頭が良くて口の悪い美形の百合子。少年たちは活きが良くて、根は純情。謎解き部分もテンポが良くて痛快で、江戸川乱歩も少し顔を覗かせて楽しい。猟奇殺人や密室殺人など血なまぐさい事件も、少年探偵団や明智小五郎が出てきそうな雰囲気を楽しめた。それとともに戦災や高度成長で失われた、かつての浅草を懐かしむ思いが織り交ぜられて、全体にそこはかとなく寂しさが漂っている。
 圧巻は最終章。震災と戦争で多くの親しい人を失い、浅草の壊滅を二度も目の当たりにした神名火老人−かつてのジョージ−の心情がここで明らかになる。色々盛り込んで力みが感じられる部分はあったものの、この最終章で、すべての物語が鮮やかに焼き付けられた。まるで本当に神名火老人から話を聞いているような、そんな気持ちになった見事な幕切れ。

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ミノタウロス
ミノタウロス
佐藤 亜紀(著)
【講談社】
定価1785円(税込)
2007年5月
ISBN-9784062140584
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評価:★★★★★
 決して厚い本ではないのに、なんでしょうこの重量感。といっても人の命は非常に非情に軽い。人間の尊厳なんて、あったものではない。機動性や力が全てになった世の中で、人を人たらしめているものは何だ? 文化って、教養って、品格ってなんだ? 問いかけが頭の中をぐるぐる回る。300頁足らずの分量で、しかも馴染みのない地名人名が連呼される中で、心をつかみ、頭を揺さぶる破壊力を持つなんてすごい!
 それにしてもロシア革命のイメージが一変した。さらに、その他すべての戦争や革命も、実際のところ、こんな様子だったのではと思わせる。撃つ。殺す。奪う。襲う襲われる。やるかやられるかの弱肉強食……。
 ラストシーンは鮮やかで、そしてなんとあっさりとしたことか。因果応報とも言えるし、人間の個性やかけがえの無さを無視するかのような残酷さが際だっている。

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ゴーレム100
ゴーレム100
アルフレッド・ベスター(著)
【国書刊行会】 
定価2625円(税込)
2007年6月
ISBN-9784336047373
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評価:★★★☆☆
 SFはうといので、その背景や位置付けは分からないものの、とにかくどんどん加速するストーリーが面白かった。しゃれや言葉遊びがちりばめられて、会話も軽妙でポップ。方々に楽譜やバーコード、絵が出てくる試みも実験的で楽しめた。
 はじめは陰惨なホラーの雰囲気。それが無意識の世界に潜っていき、人間の精神を問うスピリチュアルな展開に。ヒロインのグレッチェンは頭脳明晰かつチャーミング。彼氏をリードしながら協力し合って、得体のしれない魔物に立ち向かう……。が、しかしそんな我らがグレッチェンに与えられた驚きの運命! 最初はこれ、実験や妄想部分?と思っていたけど、なんかもう全て了解、OK、OKな気分に。グレッチェンの疾走に伴走いたしました。

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解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯
解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯
ウェンディ・ムーア(著)
【河出書房新社】
定価2310円(税込)
2007年4月
ISBN-9784309204765
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評価:★★★★★
 驚きの連続だ。
 まず、18世紀の医学界の状況に驚く。古い医学を信奉したままで、非科学的で徒弟制と言っていい状況だったとは。中世のイメージがあった瀉血も、この時代に普通に行われていたことに驚く。そして、こんなすごい人物がいたことにも。
 今まであまり知られていなかった、この近代医学の父ジョン・ハンターの業績の偉大さと先見性。解説ではハンターを奇人中の奇人と述べているが、現代人の目から見れば、実験や観察を通して自分の頭で考えよ、という彼の主張は正当なもの。ただ、当時の常識から照らすと、かなり突出した行動だったのだろう。死体泥棒と交流をもち、日夜解剖に明け暮れている、家には標本が溢れている、珍奇な動物をたくさん飼っている、などなど。きっと彼の行動は話題に事欠かなかったはず。 
 そんな他人の物差しに関係なく、彼の探求心は無限で、枠にはまることがない。常識に縛られず自由で魅力的な人物でもある。ただ、彼の眼中に入れてもらえなかった人は嫉妬しただろう。凡人に厳しいというか、保守的な人間に厳しいというか……。凡人側としては拒絶される辛さも分かる気がする。
 本書は、天才あるいは先駆者と凡人の戦いという読み方もできるだろう。

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フロイトの弟子と旅する長椅子
フロイトの弟子と旅する長椅子
ダイ シージエ(著)
【早川書房】
定価1890円(税込)
2007年5月
ISBN-9784152088239
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評価:★★★☆☆
 滑稽だが残酷な物語。西洋と東洋との間で葛藤する知識人の物語ともいえるし、冴えない男子のどたばたともいえる。彼が様々な苦労をするのは、処女を見つけなければならないから。この課題は、憧れの君を救うため、賄賂の替わりに判事から出されたもの。
 舞台は経済発展に湧く地方都市のこともあれば、治安の悪い辺境(ここで、少数民族の山賊に襲撃される)だったり、パンダのいる山中だったりもする。中国出身の作家なのに、外国人が見た中国のようでもある。それは翻訳という過程が加わっているせいなのか。フィルターをかけて見ているようなもどかしさがあった。なるほど彼は夢の分析を生業としているが、彼自身、夢の中のような混沌の中にいるのかもしれない。
 蛇足だが、いつも床がなにやら濡れていて、ところどころには直視したくない物体も転がっているのが印象的だった。そのせいで、つま先立ちしているような落ち着かない気分だった。

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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年8月のランキング>川畑 詩子

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