第8回

「この会社って"社内恋愛禁止"って聞いたんですけど」
 校正の手を休めて、人の良さそうな哲也さんに尋ねる。
「よく知ってるねえ。誰から聞いたの」
「「噂の真相」のデスクからですけど」
「流石は「噂の真相」だねぇ」

 年末に「噂の真相」の仕事をした際、川端さんが教えてくれたのだが、アダルト系の出版社らしからぬ規則に「??????」だったのだ。入社したら真っ先に聞いておこうと思っていた。別に社内恋愛をしたかったわけではないが、なんとなくミスマッチな感じがして、喉の奥の小骨状態だったからだ。哲也さんも理由までは知らないようだった。

「結婚するならともかく、別れちゃうと女のコが辞めちゃうからじゃない? ウチはアダルト系だから、女のコなかなか入ってこないからさぁ」
 判ったような、判らないような答えだが、それ以上の詮索はしなかった。そんな小骨なんてどうでもよくなってしまうような事態が、新入生歓迎会でオレを待ち構えていたのだ。

 午後4時。1Fの会議室兼スタジオで、新入社員歓迎会が行われた。勤務時間中ということもあって、スーツを着ているのは役員と事務方だけで約8割は、私服。フロア内では、一通り紹介されていることもあって、"歓迎"という雰囲気はほとんどなく"遅めの昼飯"もしくは"早目の夕飯"を食べに来た雰囲気の方がずっと濃かった。入ったばかりの会社で話し掛ける人もなく、グラスを片手にボォーとしていると、後ろから「おい」との声。振り向くと、ちょっとぽっちゃり目で口調はつっけんどんだが愛嬌のある笑いを浮かべた男と麻原彰晃似(当時はオウム真理教が選挙に出る前ですが)の薄毛だがまだ40歳にはなってなさそうな男が二人。穴見英士さんと石井始さんだった(助っ人の先輩として名前は知っていたが、正式に会うのは初めて)。

「俺も助っ人やってたし、「投稿写真」も創刊からやってたから何でも聞いてくれ。こっちは石井さん、知ってるだろ。あと、高橋さんとか新堀名人もいるから」
 穴見さんの言葉に、トリプルクロスカウンターを受けたような衝撃!! 

(するとサン出版って...)
 ここは『戒厳令下のチンチロリン』の舞台となった会社だったのだ!! もちろん、作品は読んでいたものの、どこの出版社かなんては気にしていなかった。麹町から四谷3丁目に移ったばかりで、麹町時代は貸しビルの2フロアだったことも聞いてはいたのだが...。
(そういえば)
 内定貰って目黒さんに報告に行った時、机に向ったままオレに目を合わすこともなく、「そうか」
 と一言だけで妙にヨソヨソしかったのを思い出した。道理で目黒さんと一緒に仕事したことがあるって人が多いわけだ。てっきり実力でもぎ取ったと思っていた内定は、半分コネみたいなものだったのだ。
(えっ、えっ、え~~~~~~~~っ!!)
 歓迎会の後も仕事が残っていたので、セーブ気味に飲んでいたビールの酔いを、お釈迦様ならぬ目黒考二の手の上で、無邪気に遊ぶ孫悟空になったような気分が、一瞬でフッ飛ばした。