第28回

 9月号には、佐藤恵美のフォトコンテストの追加告知のほかにもうひとつ告知が載っている。「投稿写真」TVCF放映のお知らせだ。大手の雑誌ならともかく、この手の雑誌のCFが、関東エリアのみの深夜枠(ちなみにフジテレビ)とはいえ、流されたことは当時としては画期的なことだった。ちなみにそのCFに採用されたのは、オレの書いたコンテだった。

 6月の中旬、下版も終わってホッと一息ついた頃、編集長が突然、こんなことを言う。
「今度TVCFをやることになったらしいんだ。それで、本来なら代理店の仕事なんだけど、編集部からもアイディアを出してくれって言われてさ。大橋も2、3本でいいから、コンテ描いてくれよ」
 TVCFをやることにも驚いたが、そのコンテを書けというあまりに畑違いの命令にキョトンとしながらも返事をするオレ。
(コンテって、どんなふうに描けばいいんだ?)
 言葉は知っているものの、実際に見たことなど一度もない。おそらくは、映画やアニメの書き割りと似たようなものだろうと慣れない部分の脳細胞をウンウンとひねりながら、30分ほどかけて、3本のコンテ(らしきもの)を描き上げた。字は下手だが、絵はもっと下手なので、幼稚園児が書いた4コマ漫画とどっこいの仕上がりで、
(素人のアイディアが採用されるわけないだろうし、こんなもんで許して下さい)
 と祈りながら、編集長に渡した。編集長も対して期待はしていなかったのだろう、なんの批評もなく、編集長自身が描いたコンテと一緒に封筒に入れ、席を離れた。

 ひと月くらいして、アイドルのアポ撮りで頭がいっぱいで、CFコンテを描いたことなど、とっくに忘れてしまっていたオレに
「TVCF、大橋の案が採用されたぞ」
 編集長から告げられた。広告代理店にプランナーとして働いているのならともかく、なんの感動も湧きあがってはこなかった。むしろ、
(いいんですか、あんなので!?)
 戸惑う気持ちの方が大きかった。どんなのかというと。

 街の少し古びた写真屋(もしくは写真館)にカメラ小僧が入っていく。
カメラ小僧 「すいません。「投稿写真」下さい」
店員    「何でしょう?」
カメラ小僧 「「投稿写真」がほしいんですけど」
店員    「はあ?」
 表紙のカットと「毎月25日発売! 考友社出版」のテロップ
ナレーション「「投稿写真」は書店・コンビニエンスストアでお求めください」
店員    「ウチには置いてないようなんですが」
 ガックリするカメラ小僧。

 「投稿写真」の"写真"と写真屋の"写真"を引っ掛けただけ、"木魚"を買いに魚屋へ行くようなもので、落語の与太郎ならともかくも常識のある人間がそれをやったら、バカバカしすぎて笑えるもんじゃない(と自分でも思っていた)。唯一の取柄は、短い時間の中で何度も誌名が連呼されることぐらいなものだ。
 実際に放映されたCFは、アレンジされていて、「「投稿写真」を下さい」と言われ、唖然としている店員('86年4月号の表紙モデルの長嶋美幸が演じていた)をカメラ小僧が店に入るなりシャッターを切りまくる(そんなヤツ、ありえないし笑えもしない)は、オチの部分で奥から出てきた店主らしき親父が「今度だけだよ」と「投稿写真」を渡す(写真屋で買えちゃいけないのに)はと、もっとハチャメチャな内容になっていた。自分の案が採用されることになって、それを広告のプロがどのようにアレンジして作るのか、ほんのちょっとだけ楽しみにしていたのだが、オンエアを見て愕然としてしまった。
(これがオレの出したコンテを元に作られただなんて、友達とかに吹聴しなくてよかった)
 心底、思った。幸い、CFがオンエアされるのは、9月号発売日後の3日間だけ。
(誰にもそのことは教えていなかったし、気づくヤツもいないだろう)
 そう考えて、このCFのことは忘れることにした。 
 
 ところが、テレビというメディアはやっぱり怖い。
 時は流れて8月中旬、オレは、忙しい合間にエアポケットのように空いた夜の時間を新宿3丁目のバー「キャリオカ」で、当時はまだ「本の雑誌」の助っ人だった塩津正人とズブロッカを舐めながら、馬鹿話をして費やしていた。助っ人時代は毎週のように「キャリオカ」に顔を出していたのだが、忙しさにかまけてこの時が入社以来初だった。
 
 当然のことながら、ママが訊く。
「大橋さんって、今、何やってるの?」
「サン出版、正確には考友社出版の発行ですけど、「投稿写真」の編集です。ペーペーですけど」
 そこに塩津が甲高い声で口を挟む。
「いやいや、コイツは"水を得た魚のように"ガンバってるって評判なんですよ」
 
 誰が何を見てそう言ったのかは知らないが(多分、上原さん)、オレ的には、目の前にこれでもか!! とばかりに積み上げられる仕事をただひたすら、必死の思いで取っ組み合いをしていただけなのだが、OBも含めた助っ人の間でのオレの評判は、そういうことになっていた。おそらく、おとなしくてマジメを絵に描いたようなオレが、アダルト雑誌業界に入ったら、メチャクチャ元気に仕事をしているギャップが面白かったのだろう、というのはウソで「あいつはスケベだから、水が合っているんだろう」と面白がられていたようだ。
「「投稿写真」って、雑誌は見たことないけど、テレビでコマーシャル流してなかった? ちょっと変なの」
 酔いのせいか、舌が軽かった。
「あっ、そのCFのコンテ、オレが書いたんすよ」
「そうそうアレね。コイツのなんですよ」
 酔うとひたすら調子の良い塩津が合いの手を入れる。
(しまった、言っちまった!!)
 塩津、お前知らねーだろ!! と突っ込みを入れるのも忘れて、オレはひたすら忸怩たる思いに沈んでいった。